取り戻す
「ん? 何か飛んできたぞ」
ドラセナの言う通り下から急接近してきた光を、ウェンディは片手で受け止める。
光は無事受け止めてもらえたことに安堵しぐったりするも、空を飛ぶドラセナの翼を見て驚いたように形を膨張した形へ変形させた。
「……ああ、もしかしてコイツが”魔女の記憶を継いだ奴”か。絵本での自己紹介の通りだな」
「なんか君見てビビってるけど」
「だろうな、変な形になってるし。……おい」
ドラセナは輪郭を波打たせる光をウェンディの手から奪い掴むと、睨め上げながら低い声で脅す。
「お前、私について何か知ってるな? 答えろ、全部」
光は萎縮しながらも不良少女の脅しに従い、自身の体の一部をちぎった。
ちぎられた光の一部はドラセナへと近づき、頭の中へ吸い込まれるように消えていく。
「……ドラセナ? 大丈夫?」
「――――――――ああ。乱暴な思い出し方で、少し疲れただけだ」
少し声の元気が無くなったドラセナの様子に心配を寄せながらも、目的地である泥の竜もすぐに着く距離であるため、ウェンディは気持ちを切り替え敵へと意識を集中させる。
それと同時に、竜が生み出す泥にも動きがあった。
濁流のように流れ出てる泥の一部が水泡のように膨れ上がると、その殻を破るようにして中から二匹の巨大魚が姿を現す。
魚と言っても顔は竜のソレであり、小さな翼と手足もあるため竜と魚の中間点のような姿だ。
その二匹はウェンディたちへ巨大な牙を見せると、そのまま食いちぎらんと迫る。
「ドラセナ、かわせる…………ああ、大丈夫みたい」
「?」
ウェンディは自身を抱え飛ぶドラセナに回避を頼もうとしたが、視界の端に映ったものを見てその言葉を止めた。
映ったのは、黒い弓を携える級友の姿。
そして、彼女から既に放たれた一条の矢。
「落ち着いてって光さん。大丈夫、私の友だちはすごいよ」
余裕を見せるウェンディへと迫る大きく開かれた巨大な口。
その頬へ、遠方からの矢が勢いよく突き刺さり巨大魚の体制を崩した。
だが、巨大魚はもう一匹。
二匹目の口が、矢による妨害を受けずに開かれる。
「良かった。当たったみたいだ。それじゃあ……”いってらっしゃい”」
被弾を確認したノアは、下降中のラマを見下ろしながらその言葉を告げる。
同時にラマの姿がその場から消え、代わりに矢が突き刺さった巨大魚が現れた。
ノアが行使した魔術は術式を刻んだ二つの対象の位置替え。
その仕様は当然、妹である彼女も知っている。
「フゥー……ッ!」
空中でありながら、切れの良い拳が巨大魚を捉える。
同時に拳から爆炎が生じ、敵を地上へと叩き落とす。
「ほらね?」
自慢げに光へ問うウェンディだったが、光は腰が抜けたようにふにゃふにゃになっている上、もとから口が無いので言葉は返ってこない。
ただ、代わりに後ろから返答があった。
「確かに助かったが、このまま突っ込んでいいのか? お前が乗りきだから来たが、あの本には具体的な方法は載ってなかったぞ」
「いいんじゃない? ……ん? 何? ……あー……『飛んでる子はダメ』だって」
「なんでだ。ドラゴン差別か?」
「ふむふむ……『君は泥の中にあった魂があの子の魂と混ざらないよう取り出したもの。器である肉体の中に入ったら取り込まれるかもしれない』だってさ」
「どうりで力が出せないワケだわ。魂だけって」
そうこうしているうちに泥の竜はすぐそこまで迫り、敵からも攻撃が届く距離となる。
ドラセナはため息を一つ吐くと、抱えているウェンディから手を放し、服を掴んで振りかぶった。
「じゃあ、投げ飛ばせってことだな!」
「よろしく!」
何か言いたげな光を無視し、ドラセナは全力でウェンディを打ち放つ。
流星のように竜の頭部へと落ちていく光と魔女。
泥による迎撃の隙間を縫って、ついに着弾へと至った瞬間、閃光が二人を包みその姿を隠した。
それが成功の証だと理解したドラセナは、安堵の息を吐きながら、眼下に存在する泥の竜を見下ろす。
「いくつもの恨みが生んだ泥の怪物に、竜である私の遺骸が混ざって生まれたバケモノか。……醜いな、随分と」
呟きながら懐から取り出したのは、ウェンディの使い魔であるホロア。
ホロアが彼女の手へ噛みつくと、空気を焼くほどの大量の魔力が溢れ出した。
「……想像以上だな。どこにこんな魔力隠し持ってたんだ、アイツ?」
炎の中、ドラセナは肩から生えた巨大な翼をはためかせる。
空気が揺れ、炎が霧散し、現れるは真の竜。
人の形でありながら、竜としての力を取り戻した姿がそこにはあった。
「悪いけど、八つ当たりに付き合ってもらうよ」