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朗は、雪の上に倒れていた。その横では、一羽のカラスが心配そうに朗の顔をのぞき込んでいる。
「何しているの?」
そこへ、声があった。カラスが頭を振って見上げると、一人の女の子が不思議そうにこちらを見つめている。
「やあ、お嬢さん。こんにちは」
カラスはくちばしを器用に動かして挨拶をした。
「こんにちは、カラスさん」
と、女の子もにこやかに返す。
「いやね、この坊やが飛んでいるおいらの前に落ちてきたんだよ。餌かと思ってついつい咥えてしまったら、もうびっくりさ」
「飛んでいるあなたの前に……落ちてきたの? いったい、どこから?」
「さあね」
「その子、怪我とかしてない?」
「よくわからないけど、たぶん大丈夫じゃないかな。落とさないように、おいらが咥えながらここまで運んできたからさ。おかげで顎が外れるかと思ったよ」
「そう。それはたいへんだったわね」
「そうさ。なんたって気を失っているんだから。すごく重かったよ。でも、途中で暴れられなかっただけ良かったのかもしれないけれどね」
「そうだわ、カラスさん。あなたに聞きたいことがあるのよ」
女の子の真剣な表情に、カラスも背筋を伸ばし、身を引き締めて次の言葉を待った。
「あなた、カイちゃんを見なかったかしら?」
カラスは首を傾げる。
「あたしと同じ年頃の男の子なんだけれど」
「知らないねえ。おいらが会った男の子と言えば……ほら。ここで寝ている男の子ぐらいしか心当たりはないよ」
それを聞くと、女の子はがっかりした様子で、なんとなく倒れている朗の顔をのぞき込んだ。
「……カイちゃん!」
突然の大声に、びくっとしたカラスは首をすくめて女の子を見ている。
「もしかして、この子がお探しのボーイフレンドかい?」
尋ねるカラスをよそに、女の子は朗を見つめたまま、わずかな安堵と喜びを滲ませながらも、どこか困惑したような表情を浮かべていた。
朗は、硬いベッドの上で目を覚ました。起き上がると、体中がきしきしと痛む。見渡してみると、そこは木の板を繋ぎ合わせて建てられた簡素な部屋であることがわかった。
びゅうびゅうという音が部屋中に響いている。板の隙間からは冷たい風が入り込み、時折、一緒に雪も入り込んでくる。
外は、激しい吹雪のようだ。
「お目覚めかい?」
突然の声に見上げると、梁の上から一羽のカラスが朗を見下ろしていた。
「え……カラス? もしかして、今、話しかけてきたのは君なの?」
「ああ、そうだが? なんだ、何をそんなに驚いているんだい」
「カラスが話したら、誰だって驚くよ」
「なぜ?」
「なぜって……」
「カラスが話せないだと? そんなこと、いったい誰が決めたんだ?」
そう言われてみる、自分の方が間違っているような気がしてくる。朗は、少し考え込んでしまった。
そこへ、
「カイちゃん、起きたのね!」
扉を開けて女の子が入ってきた。その手には、少しばかりの薪が抱えられている。
「え……? 君は?」
「私よ。ゲルダよ。カイちゃん、忘れちゃったの?」
朗が眉間にしわを寄せて困惑していると、ゲルダは不安そうに朗の顔を見つめる。
「あなた、カイちゃんよね? だって、こんなに似ているのだもの」
「僕は、カイなんて名前じゃないよ。天月朗って言うんだ」
「……あま……え?」
「朗だよ」
「ロー……? カイちゃんじゃ、ないの?」
ゲルダは、ひどくがっかりしたように、手にした薪をばらばらとその場に落とし、膝を着いた。
「大丈夫?」
朗が歩み寄ると、ゲルダはゆっくりと顔を上げる。
「……本当に、カイちゃんじゃないのね?」
「……うん。ごめん」
ゲルダの頬を一滴の涙が伝った時、カアっという声が上がった。振り向くと、カラスが羽をばたつかせている。
「思い出した! 思い出した!」
カラスがそう言って鳴くので、
「何を思い出したの?」
朗とゲルダはそろってカラスに問いかけた。すると、
「王子様だ!」
とカラスが告げる。
「隣の国の賢い王女様が、最近結婚したのさ。そのお婿さんの王子様も、たいへん賢い人のようでね。お似合いのカップルだと、国中の人々が噂し合っているという話だよ」
「その王子様が、カイちゃんだというの?」
「たぶんね」
「どうしてそう思うの? カイちゃんは普通のおうちの子よ」
「隣国の王女様は、身分にはこだわらないようだよ。結婚相手に求める条件はただひとつ、いい話し相手になること。賢い王女様の話に合わせられるような、豊富な知識を持った人を募集していたのさ。王宮にやってきた時、王子様はぼろぼろの衣装で、それはみすぼらしい姿をしていたようだよ」
「それは、きっとカイちゃんだわ!」
ゲルダは両手を叩いて歓喜の声を上げた。
「だって、カイちゃんったら、その辺の子たちとは全然違うの。とても賢いのだもの。ねえ、カラスさん。お願い! あたしをカイちゃんのところまで案内してちょうだい」
ゲルダの必死なお願いにより、カラスはゲルダを隣国まで案内することになった。朗は一人残ってもよかったのだが、残ったところで行くあてはない。それに、ゲルダとカラスには助けてもらった恩もある。そこで、朗もゲルダとカラスの旅につき添うことにしたのだった。