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神様をさがして  作者: 高山 由宇
第12章 正しく見る
47/52

―3―


「出て行け! この……っ、狼め!」

 赤ずきんの少女に連れられて向かった先では、騒動が起こっていた。

 赤ずきんのおばあさんの家に着いた時、その家の中からは口汚く何かを罵る声が、家の外まで聞こえていた。慌てて家の中に入る赤ずきんを朗も追う。

「どうしたの、おばあさん?」

「赤ずきんや、こっちへきてはいけないよ!」

 病気の体に鞭打って、おばあさんがベッドから起き上がる。そして、ベッドの脇に置いてあった拳銃を手に取った。

「狼め! この、悪魔め! さっさと出て行け!」

 おばあさんは、今にも拳銃の引き金を引きそうな剣幕だった。

「やめて、おばあさん! そんなに興奮したらだめよ。安静にしてないと」

 狼を背にかばうように前に出た赤ずきんに、

「危ないよ!」

 朗が声を張り上げた。ちらりとおばあさんを見ると、赤ずきんが邪魔で引き金を引けないらしい。赤ずきんの背に守られている狼は、黒くて、赤ずきんや朗よりもずっと背丈があり、大きくて頑丈な体つきをしている。そして、意外にもおとなしかった。

「赤ずきんや、おどき! どかないと、お前もその狼に食べられてしまうぞ」

「おばあさん、もうやめて」

「赤ずきんや。前に話したことを忘れたのかい? 私の娘は……お前の伯母さんは、真っ黒な狼に食べられてしまったんだよ。その狼の仲間にね!」

「ちがう……」

「違うものか。そこをどくんだよ。お前も食べられてしまう前に!」

「違うわ! 伯母さんは狼に食べられたんじゃない。私、知っているのよ」

 その時、赤ずきんの小さな背に守られていた狼が、彼女の肩を引いた。驚いて振り返る赤ずきんを自分の背後に隠す。……ぱんっと、乾いた音が響いた。火薬のにおいが鼻につく。

「……っ、ああ!」

 狼が倒れ、赤ずきんが寄り添う。おばあさんが持つ拳銃の銃口からは煙が立ち昇っていた。そこで朗は、狼が撃たれたのだとようやく理解した。

「しっかりして! ……ごめんなさい」

 狼を気遣う赤ずきんを見て、朗も倒れた狼に寄り添った。

「まだ息があるね。赤ずきんや、早くその狼から離れるんだ!」

「狼なんかじゃないわ!」

 それは、これまで聞いたこともない、赤ずきんが発した大声だった。

 一瞬、おばあさんも、朗も、その動きを止めて赤ずきんを見る。彼女は、悔しそうに、それでいて悲しそうにおばあさんと狼を交互に見つめていた。

 そこへ、

「その通りだよ!」

 家の外から声が上がった。突然のことにみんな驚いていたが、朗は特にびっくりして扉を凝視する。

「……っ、アニキ!」

 朗の予想通り、開かれた扉の向こうには読真の姿があった。

「あ、アニキ、後ろ!」

 扉を開けた読真の背後には、黒い狼が立っている。読真に続いて家に入ってきたのだ。それを知らせようとして声を上げた朗に、読真は歩み寄るとおもむろに両手を上げた。

「……え、なに?」

 困惑する朗の目の前で、ぱんぱんぱん……と、三回、大きく手を叩いたのだ。

「うわ! なに、いきなり?」

 驚いた朗が目をしばたたかせる。そんな朗に、

「よく見るんだ」

 読真が言った。

「この森に、狼なんかいないんだ」

「え……?」

 朗は、まるで冷水をかけられた気分だったろう。さっきまで真っ黒な狼に見えていたものが、見る間に人の形をなしていくのだから。幻かと思い目をこする。何度もこすった。けれども、こするたびに、それははっきり人の形だとわかるように……変わったのだ。

「……人?」

 背丈が高く頑丈そうな体つきのその人は、黒人の若い男性のようだった。

「なに、これ……。幻覚? アニキ、何したの?」

「柏手だよ。邪気を払ったんだ。初めてやってみたんだけど……効いたか?」

「え、うん、たぶん? って……なに? 邪気って?」

「お前、狼を見たって言っていただろ? でも、俺は見てないんだ。それに、あの子たちがこの森には狼なんかいないって言ってたし。それでわかったんだよ。きっと、お前が見たのが幻覚だったんだって。狼なんか初めからいなかった。黒くて大きくて強そうな人を見て、怖いと思う気持ちが幻覚を作り出していたんだよ」

 ふと、呻き声が聞こえた。振り向くと、赤ずきんのそばで倒れた狼が苦しそうに唸っている。しかしそれは、やっぱり狼じゃなかった。こちらも黒人の男性だった。

「赤ずきんや! 離れなさい!」

 拳銃を構えたまま、おばあさんが叫ぶ。けれども、赤ずきんはかぶっていた頭巾を脱ぐと、撃ち抜かれた黒人の腕をその布で手当てした。

「赤ずきん!」

「やめて、おばあさん! この人たちは……」

「人なものか! 狼だよ、そいつらは。危険な存在さ。私の娘だって……あの狼にさらわれて殺されたんだ!」

 おばあさんはひどく興奮した様子で、読真のあとから入ってきた黒人を物凄い剣幕で指差した。しかし、

「違うわ!」

「違う!」

 赤ずきんと読真の声が重なった。

「伯母さんは死んでなんかいないわ」

「それに、この人がさらったわけでもない」

 その言葉に、

「まさか、赤ずきんや……お前、あの子に会ったのかい?」

 おばあさんが、わなわなと震えながら赤ずきんを見つめている。

「ねえ、どういうこと?」

 一人置いてかれてしまった朗が、読真、赤ずきん、おばあさん、二人の黒人の順番で、それぞれの表情を見回しながら首を傾げた。

「昔、赤ずきんのおばあさんの娘……赤ずきんの伯母さんが、黒人の使用人と駆け落ちしたんだってさ」

「駆け落ち……?」

「お互いに好きなんだけど、周りの人からは認めてもらえないから、家出するみたいに逃げて、その先で結婚しちゃったってこと」

「どうして認めてもらえなかったの? 使用人って、お手伝いさんってこと? なら、身分が違うから?」

「赤ずきんのおばあさんは、白人至上主義者なんだと思う」

「……え?」

「日本では考えられないけどさ、世界では肌の色での差別っていうのが結構あるらしいんだよ」

「……色白とか、色黒とか?」

「そういうのじゃなくて。世界には、おもにみっつの肌色があるんだ。白、黒、黄色。俺たちは黄色の肌を持つ黄色人種だ」

「……へえ」

「聞いたことぐらいあるだろ?」

「ないよ」

「あるよ。社会科でやるから」

「あー……」

「やったはずだ」

「だから、僕、社会科苦手なんだって」

「ちゃんと聞いとけよ。日本は黄色人種の国だから、人種差別には馴染みがない。でもさ、たとえばアメリカなんかには、白人もいれば、黒人も黄色人種もいる。今は緩和しているようだけど、アメリカでも少し前までは黒人に対する差別が酷いものだったらしいんだ」

「差別って、いじめみたいなもの?」

「え、あ、まあ、そうかな。単なるいじめとは規模がだいぶ違うけど」

「僕、いじめとかするヤツ嫌い! アメリカとは友達になれない!」

「でも、アメリカは日本と友達だよ。同盟国だし」

「……」

「だから、今は緩和しているんだって。完全になくなったわけじゃないけど、いい方に変わってきているんだ。ただ、たぶん……赤ずきんのおばあさんは、今もそういう思想を持っているんじゃないのかな」

「……汚らわしい!」

 低く、呻くような声にそちらを見る。おばあさんが、こちらに向けて銃口を向けていた。

「ちょっ……!」

 どっと冷汗が溢れる。

 銃口は、読真を通して、その後ろにいる黒人の男性に向けられているようだった。

「……やめて、おばあさん」

 赤ずきんが声をかけるも、おばあさんは聞こえていないのか、それとも聞こえていないふりをしているのか、拳銃の安全装置を……下ろした。

「おばあさん!」

 叫ぶ赤ずきん。

「朗、伏せろ!」

 読真は、朗の頭に覆いかぶさるようにして地面に伏せた。伏せながらも、読真はおばあさんの動きを見ていた。おばあさんのその指が拳銃の引き金にかけられる。いよいよ覚悟を決めた時、

「待って!」

 またも扉が開かれた。そして、入ってきた人物を見て、おばあさんは手にした拳銃をその場に落とした。


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