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神様をさがして  作者: 高山 由宇
第11章 献身の美
43/52

―1―


 満月の美しい夜だった。

 その白い輝きに目を奪われていると、突然の冷たさが全身を襲った。

 ぼちゃんという水音とともに、視界が遮られる。そこにきて、川か、池か、あるいは湖か……どこかの水の中に落ちてしまったことを知った。

「ごぼっごぼ……っ」

 手足をばたつかせる。しかし、水の中から出ることができない。もがけばもがくほどに、水面が遠のいていくようだった。

 ――苦しい……っ。

 息がもたずに諦めかけたその時、誰かに両脇をつかまれた。そのまま、ぐいぐいと引っ張られ、体が浮上していく。

「……ぷはあ……っ」

 水面に顔が出ると、読真は全身を使って酸素を体内に取り入れようと荒い呼吸を繰り返した。その隣では、朗も同じようにしている。ぜいぜいという呼吸音が鼓膜に痛い。

 少しして呼吸が落ち着いてくると、辺りを見回すだけのゆとりが生まれた。読真はきょろきょろと首を巡らす。しかし、辺りは真っ暗で何も見えなかった。見えるのは、頭上の白い満月と、満月の光を受けてきらきらと揺れる水面だけ。

「……ここ、海?」

 そこは、川や池などとは比べようもなく広かった。湖でもない。唇を舐めたら塩辛い味がした。

「……アニキ、いるの?」

 月明かりの下で、朗が目をこすっている姿がぼんやりと見える。

「うん、いるよ。無事か?」

「うん、たぶんね」

 朗の無事を確認した読真は、ふと視線を水面に向けて……ぎょっとした。

「ろう……っ、朗!」

 指を差して伝えようとしたが、そこで違和感に気づく。腕が思うように上がらないのだ。

 ――脇の下に……何か……。

 おそるおそる見てみると、そこには、白い手が……。

「うわ……っ、うわあ……!」

 叫んで暴れようとするが、ほとんど身動きが取れない。見れば、脇、腰、肩などに、無数の白い手が絡みついていた。それは朗も同じで、読真以上の叫び声を上げながら、体をよじってはなんとかつかんでくる手を離そうとしている。

 その時だった。

「もう、うるさいわね」

 耳元で、若い女性の声が聞こえた。

 振り向くと、髪の短い、美しい女性の顔がそこにあった。

「少しは静かにしてよね」

 もう片側からもそう囁かれて振り向く。同じように、髪を短く切りそろえた美しい女性が、読真のすぐそばに浮かんでいる。彼女たちは、読真の両脇をしっかりとつかんでいた。

「そうよ。せっかく助けてあげたっていうのに」

「これだから人間は嫌いなのよ」

 朗の体を支えているのも、こちらと同じように短い髪をした美女たちだった。

「でも、お前たちはまだ子供のようだからね」

 同じように美しく、また同じように髪の短い女性が、読真と朗の目の前に現れた。月明かりに照らされた彼女の背後には、尾ひれが見え隠れしている。

「……人魚?」

 彼女たちの正体に気がつくと同時に、波が走る音が近づいてきた。

 それは、大きな船だ。

 波しぶきを上げながら、暗い海の上を、月明かりだけを頼りに走る大きな旅客船。

「あの船にね、私たちの可愛い妹が乗っているのよ」

「それって、人魚姫のこと?」

 目の前の人魚の言葉に尋ねると、

「人魚の姫なら、私たち全員がそうよ」

と返された。そして、

「私が長女よ」

と続ける。その後、読真の右側にいるのが次女で、左側にいるのが三女。朗の左側にいるのが四女で、右側にいるのが五女ということがわかった。

「あの船にいるのは、末の姫。六女のメルジーナよ」

「え? 人魚姫って言ったら、アリエルじゃないの?」

 突然の言葉に、人魚たちは一斉に朗を見る。

「それか、メロディでしょ?」

「だから、それはディズニーなんだって」

 読真が呆れたように答える。

「『人魚姫』はアンデルセンの童話で、ディズニーの『リトル・マーメイド』はそれを元にして作られたものなんだ。原作では、もともと人魚姫に名前はついてないんだよ。でも、人魚の伝説っていうのは世界各地に遺っていて、ルクセンブルクっていう国に伝わる人魚の名前がメルジーナっていうんだ」

「じゃあ、ここは、その……ルク……っていう国なの?」

「……さあ? アンデルセンはデンマークの人だし、ルクセンブルクの人魚伝説とは話の中身も違うんだけどね」

「じゃあ、なんで?」

「知らないよ。ここは本の世界だから。物語を書く時に、名前が欲しかったとかじゃないかな」

 言い合っていると、

「ああ……っ」

 人魚たちから叫び声が上がった。それとともに、ぽちゃんという音が耳に届く。見ると、音のした水面には波紋が上がり、その中心が不気味な赤い色を帯びている。

「なんということを……っ」

 次女と三女が手を取り合って嘆いている。

「メルジーナ、どうして……っ」

 四女と五女が悲痛な叫びを上げながら船を見上げた。

 甲板に人影が見える。逆光で顔はわからなかったが、細身の女性のようだった。金糸のような長い髪が風になびいている。その女性を見たとたん、朗はびくりと肩を震わせた。

「メルジーナ、私がナイフを拾ってくるわ。だから、次は確実に王子を殺すのよ」

 そう言って海に潜ろうとした長女に、

「無駄だよ。メルジーナは、王子様を殺せない」

と読真が言った。

「メルジーナは王子様と生きたかったんだよ。愛しているから。王子様を殺してまで生きたいとは思っていないんだ」

「子供に何がわかると言うの!」

 そんな喧騒の中、

「みんな! 話を聞いてよ!」

 朗が大声を上げた。

「……なんのだよ?」

「なんのって……今、人魚姫が話しているじゃない」

 その一瞬、読真も、五人の人魚たちも、みな一斉に静まった。

「何を言っているんだよ。人魚姫って、メルジーナのことか? 話せるわけがないだろ」

「え……?」

「メルジーナは、口が利けないんだ。人間の足と引き換えに声をとられてしまったんだから」

「声、とられた……?」

「そうだよ」

「じゃあ、これは何?」

「え?」

「誰が話しているの?」

 朗の言葉に、読真もメルジーナの姉たちも、再び耳を澄ませてみる。しかし、やはり、何も聞こえてはこなかった。押しては引く、穏やかな波の音以外には。


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