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のどかな道に出た。その道を歩いていると一本の木が見えてきた。
そのてっぺんに、大きなカラスが止まってこちらを見下ろしている。
それを見て、朗は思わず立ち止まってしまった。それに構わずに、読真はすたすたと先を行く。
「……何か用か?」
いつまでもこちらを見続けて立ちすくむ朗に、カラスが尋ねた。
「……べつに」
そう言って首を振るが、朗はその場に立ったままだ。
「なら、早く先に行け」
「うん……」
「連れは先に行ってしまったぞ」
「……」
「いつまでも何をしているんだ」
「だって……君が、ずっと見ているから」
「俺が見ているから、なんだと言うんだ」
「……怖いんだもん」
「怖い?」
「うん。君、黒くて、大きくて、すごく強そうなんだもん」
朗がそう言った時だった。
「お前も俺をバカにするのか!」
カラスは、夜の闇のような黒い羽を大きく広げると、突然に怒鳴り散らす。今にも襲ってきそうな勢いにびっくりして身構えた朗だが、その後、カラスは何をするでもなく飛び立ってしまった。
「朗、いつまでも何しているんだよ?」
道の先で、読真が朗を呼んでいる。朗は、読真のもとに駆け寄ると、さっきのカラスの話をした。
「今、木の上にカラスがいたんだよ」
「カラス?」
「うん。強そうだねって言ったら、『お前も俺をばかにするのか!』って言って、飛んで行っちゃった」
朗の話を聞いた読真は、少し考えてからこんな話をした。
「『カラスとキツネ』って知っているか?」
「童話? 知らない」
「童話というより、寓話だよ。さっき通ってきた『ウサギとカメ』と同じ。これもイソップ物語だよ」
「それって、どんな話?」
「木の上にいる肉をくわえたカラスを、通りかかったキツネがおだてるんだよ。黒い羽が素敵とか、鋭い爪がかっこいいとか。あなたこそ鳥の王様に相応しい、とか言ってさ。そのうちに、歌声も綺麗なんでしょうねって言われて、得意になったカラスが歌声を披露しようとして口を開けたら、くわえていた肉を落としてしまうんだ。それを、下にいたキツネに奪われるっていう話。おだてに乗っていい気になりすぎちゃだめっていう教訓がついた話だよ」
「キツネって悪賢いんだね」
「そうだな。物語にキツネが出てくると、だいたい知恵の働く小悪党って描かれ方をしているよな」
「でもさ、カラスだって賢いよね」
「え、うん」
「カラスとキツネなら、どっちが賢いのかな」
「……さあ? この話では、キツネってことになるんだろうけどな」
「うん。でも、僕は、違うと思う」
「なんで?」
「だって、カラスは頭がいいもの。キツネは悪知恵は働くかもしれないけど、僕は、カラスの方が本当は頭がいいんだって思う。だから、カラスはきっと知ってたんだよ」
「キツネの思惑を、か?」
「うん!」
「なら、どうしてキツネの言葉に乗ったんだよ」
「優しいからじゃない?」
「カラスが?」
「うん。キツネが一生懸命だから、それに乗ってあげたんだよ。それなのに、キツネは自分がカラスに勝ったと思って、カラスをバカにしたんでしょ。だから、あのカラス、ちょっと悲しい目をしていたのかも」
朗は、歩きながら振り返る。カラスが止まっていた木を見つめながら、
「君の優しさを、僕は知っているからね」
とつぶやいた。その時、カアっと、どこからともなくカラスの鳴き声が上がる。
「おい、前を見て歩けよ」
読真が振り返りながら朗の手をとる。
「うん」
朗は、から返事をしながら空を仰ぎ見た。カラスの姿でも探しているのだろうか。
よそ見をしながら歩いている二人は気づかない。前方に、金色に輝く扉が出現したことを。
二人は、それと気づかないうちに、次の「物語」への扉を開けたようだった。




