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神様をさがして  作者: 高山 由宇
第9章 最期の楽園
41/52

―4―


「ここでは衣食住には困らないかもしれないけどさ」

「……でも、帰れないんでしょ? 帰って殺されるよりはいいんじゃない?」

「それはそうだけどさ……。なんか、あの動物たちを見ててさ、おばあちゃんのことを思い出したんだ」

「おばあちゃん?」

「この間、老人ホームに入っただろ?」

「あ、うん。おじいちゃんは死んじゃっているし、おばあちゃんは足腰が弱くなっているから、一人暮らしは危ないってことで入ったんでしょ?」

「老人ホームってさ、現代の『姥捨て山』だって言う人がいるんだよ」

「なに、それ。それじゃ、おばあちゃんは捨てられたってこと? 誰に? お父さんもお母さんも、おばあちゃんを捨てたりなんかしないよ!」

「わかっているよ。俺だって、おばあちゃんが捨てられたなんて思ってないし、父さんたちが捨てたとも思ってない。だって、母さんなんか頻繁におばあちゃんのところに通っているじゃないか」

「うん! そうだよね」

「父さんも母さんも、おばあちゃんのところによく行っているよ。むしろ、おばあちゃんに捨てられたと思われているとしたら、それは俺たちの方かもしれない」

「え……?」

「俺もだけど、俺以上にお前はおばあちゃんのところに行かないじゃないか」

「だって……もともと、そんなにおばあちゃんの家に行ってなかったよね」

「自分の家にいる時にはいいかもしれないけど、老人ホームを自分の家のようには思えないんじゃないかな。それなら、やっぱりさ、家族の面会が楽しみになるんじゃないかと思うんだよ。それがないと、捨てられたって思われても仕方がないのかなって……今、そう思ったんだ」

「……うん」

「ここは、老人ホームに似ている。動物たちが入居者で、この小屋が老人ホーム。雨風を防げる屋根があって、木の実や草という食料があって、衣食住には困らない。でも、それで、本当に幸せなのかな」

「……なら、どうするの?」

「会いにこれたらいいんだよな。俺たちが、老人ホームにいるおばあちゃんに会いに行くみたいにさ」

「そうだね。一緒に暮らせなかったとしても、みんな動物たちが嫌いになったわけじゃないもんね。ならさ、みんなのところに行って、動物たちがここにいるよって教えてあげようよ」

「どうやって? みんな、道で会っただけだし。どこに住んでいるかなんてわからないだろ」

「会ったところまで戻って、探すだけ探してみようよ。あとは、張り紙してみるとかどう? 探している動物たちはここにいるよって」

「……そうだな」

 読真と朗は小屋を背にした。

「でも、もう夜だし。とりあえずは、どこか休めるところを探さないと……」

 そう言いながら読真がきた道を引き返しかけた時だった。突然、昼間のようなまぶしさが二人を襲った。

「まぶし……っ」

「なんか、見覚えある……光?」

 ぎゅっとつぶった目を徐々に開けていく。すると、

「うちのロバはどこだ?」

「こんなところまで逃げてきたのか?」

「ねえ、どこにいるの?」

「出ておいで。もうスープにするなんて言わないから」

 複数の声が聞こえてきた。その声がどこから聞こえてくるのかが気になって、目を一杯に開く。そこには、大きな光の輪っかがあった。陽だまりのように温かく、金色に輝くそれは、『醜いアヒルの子』の世界でも見た時空を繋ぐ扉だった。

 その輪をくぐり、四人の男女がやってきたのだ。

「おお、君たち!」

 中年の男性が、いち早く読真と朗に駆け寄る。

「おや、また会ったな」

「あんたら、うちのネコを知らないかい?」

「うちのおんどりも、見なかったかい?」

 四人は、口々に兄弟につめ寄った。

「……動物たちなら、その小屋に……」

「ていうか、なんで? どうやってここにきたの?」

 驚きながらも小屋を案内する読真の隣で、朗は四人が突然現れた理由を尋ねる。

「いや……やはり、このままじゃいけないような気がしてな」

「このままお別れしたのでは……」

「養うことはできないまでも、最期ぐらい見届けたいというか……」

「……そう思っていたら、お日様のような輪っかが目の前に現れたのよ」

 四人が口々にそう言った。そして、彼らは、読真が指し示した小屋の戸を叩く。

 小屋の戸が開かれると、そこには、さっき読真と朗を驚かせた背の高い影が立っていた。その影の正体は、ロバの上にイヌが、イヌの上にネコが、ネコの上にニワトリが乗って、バケモノのように見せかけていた動物たちだったのだ。彼らは、来訪者を再び驚かせようと思ったのだろう。しかし、

「ああ……すまない!」

「すまなかった」

「会いたかったわ」

「許してちょうだい」

 驚くどころか、四人は、それぞれ大きく手を広げて影を抱きしめた。

 抱きつかれた影はよろけてよっつにわかれ、一杯に見開かれたやっつの目をそれぞれの飼い主に向けている。

「私のしたことを許してくれ」

 中年の男性が、ロバを抱きしめて言った。

「お前を憎くてしたのではない。しかし、それでも……生活のためには、お前を置いておくわけにはいかんのだ」

 涙ながらに告げる男性に、ロバもこくこくとうなずくと、

「わかっています」

と言った。

「わしは、幸運にも仲間に恵まれた。仲間たちと一緒に、ここで暮らすことにしました。そうすれば、あなたに迷惑をかけることもない。だから、安心して下さい」

 そう言って鼻を鳴らすロバ。その周りでは、他の動物たちと、その飼い主たちまでもがすすり泣いている。

「たまにはさ、会いにくればいいんじゃない?」

 読真が提案した。すると、

「……そうか。そうだな」

「ここは街から離れているから、頻繁にはこれないだろうが……」

「生きている限り、また会うことができるんだね」

「……そうね」

 四人は、涙ながらに動物たちを抱きしめると、また必ず会いにくると約束をかわした。

「……ユートピア」

「ゆーとぴあ?」

 四人と四匹が手を取り合う姿を見つめながら、ふと読真がつぶやいた言葉に、朗が首を傾げて問いかけた。

「楽園のことだよ」

 読真が答える。

「今さ、なんか……そう思ったんだ」

「……ふうん」

「ブレーメンに行かなくたって、ここが動物たちの楽園になれたらいいよな」

「……ブレーメン?」

「え? ああ……。この物語だよ。グリム童話の『ブレーメンの音楽隊』。動物たちは、ブレーメンを目指していたんだよ」

「どうして?」

「ブレーメンに行って音楽隊に入れてもらおうと思っていたんだ。ブレーメンが、動物たちにとっては楽園のように映っていたんじゃないかな」

「楽園、か……。そっか。そうだね。こういう幸せを感じられる人が、もっといっぱい増えたらいいよね」

「そうだな。家に帰ったらさ、二人でおばあちゃんに会いに行こうか」

「うん!」

 その時……。

「コケコッコーっ! 朝日が昇るよ!」

 ニワトリが歌い出す。すると、金色の光が兄弟の目を刺激した。さっきの光の輪と同じぐらいか、それ以上に強い光に目を開けていることができずに、思わずぎゅっと目を閉じる。

 光に包まれている……その感覚だけが兄弟にはあった。

 その光は、どんどんどんどん増幅し、体をすっぽりと包み込んだかと思うと、途端にぱっと消えてしまった。

 包まれていた兄弟もろともに。

 あとには、ただ、静寂とした夜の闇が広がっているだけだった。


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