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神様をさがして  作者: 高山 由宇
第1章 魔法の木靴
4/52

―2―


 朗は灰色の世界にいた。

 高い壁がずっと先まで続いている。

 白いものが、ちらりと視界をよぎった。見上げると、灰色の空が見える。狭い空だ。そこから白い粒が舞い降りている。

 ぶるりと身震いをした。

 芯から冷え込むような感覚に下を向く。

 朗は靴を履いていなかった。靴下のままで、硬く冷たい地面に立っていたのだった。

 しかし、幸いなことは、その地面が雪に埋もれていなかったことだ。背後の壁には、ちょうど朗一人が入れるだけの出っ張りがあり、傘の役目を果たしてくれていた。

「寒い……このままじゃ、凍えちゃうよ」

 足をもじもさじとさせながら、両手で自分の体を抱きしめる。朝から部屋の中にいた朗は読真よりもずっと薄着で、半ズボンにパーカーを一枚羽織っただけという格好だった。

 ――せめて、雪だけでもやんでくれないかなあ。

 一向にやみそうもない空を見上げて思った時、くいっとパーカーの裾が引かれた。

「え……なに?」

 空から目を落とすと、目の前に子供がいる。朗よりも小さな子供だ。痩せこけた体、黒ずんだ肌、ぼさぼさに伸びた髪が顔を覆い、男の子か女の子かの区別もつかなかった。

 その子が、片手でパーカーをつかみながら、もう片方の手を朗に差し出している。差し出された手は上を向いていた。

「……なんだよ」

 子供は何も答えない。ただ、伸びきった前髪の向こうで、じっと朗を見ていることは伝わってきた。

「何か、くれってこと? でも、僕、何も持ってないよ」

 けれども、子供はパーカーの裾を握りしめたままだ。そうしているうちに、あちらからもこちらからも、同じような子供たちが集まってきた。みな、一様に、朗に手のひらを差し出している。

「もう、なんなの? 僕、何も持ってないったら!」

 朗は、雪の降り積もる中に飛び出した。くいっと引っ張られる感覚に振り向く。パーカーの裾を握る子供と、その時初めて目が合った。

 ぱしんと、朗はその子の手を払いのける。そして、路地の奥へ駆けて行った。

 しばらく走り続けた朗は、足を刺すような痛みに耐え切れずに立ち止まる。おそるおそる振り返ってみるが、誰も追ってきてはいないようだった。

 高い壁と壁の間に入り込む。そこだけは雪もよけて行くのか、地面が見えていた。そこに座り込む。一瞬、背筋が凍るかと思った。硬い地面は、まるで氷のように冷たい。

 ――でも、ま……雪の中よりはマシだよね……。

 朗は、濡れた靴下を脱いだ。冷たい風が針のように足に突き刺さる。両手で握り込むようにさすると、じんわりと温かくなった。でも、少しでも手を離すと、さっきよりも急激に熱を奪われて行くのを感じる。

「……脱がなきゃよかったかも……」

 つぶやく声も震えていた。そして、脱ぎ捨てられた靴下に目を向ける。それを眺めながらしばらく考えていたが、ふるふると首を振った。濡れた靴下をまた履く気には、とてもなれなかったのだ。

 どうしたものかと頭を悩ませながら、なんとなく顔を上げる。

「あ……」

 白い吐息とともに、思わず声が漏れた。あるものが視界に入り込んだからだ。この状況では、それはまさしく天からの贈り物のように朗には思えた。

 冷たさを堪えながら、硬い地面に足を着ける。爪先が痺れるほどに冷たい。濡れた靴下を、半ズボンのポケットに押し込んだ。そして、できるだけ雪に足を着けなくて済むように、大股で、飛ぶように雪道に躍り出たのだった。

 ぴょんぴょんと、冷たいのを我慢しながら、なんとか目的の場所へと辿り着いた。

「やっぱり……見間違いじゃなかった」

 朗は、喜んでそれに足を入れた。

 雪の上にそろえて置かれていたのは、大きな、大人用の木靴だったのだ。

 歩くたびに抜けそうになるほど大きいが、裸足よりはずっとマシだ。それを履いて行こうとした時、

「泥棒!」

 後ろから声が上がった。

「それは俺のだぞ!」

 振り返ると、朗と同じか、もっと小さくも見える男の子が怒りを露わに声を上げている。

「これ、君の……?」

 あまりに大きな靴なので、本当にその男の子の物なのか疑問に思って尋ねた。すると、

「そうだよ! さっき、誰かが落としていった物をもらったんだから!」

と男の子が声を荒げる。

「それって、君の物じゃないじゃん」

 朗がそう言うと、

「返せよ! 俺が拾ったんだから俺の物だ!」

 男の子が、勢いよく朗に手を伸ばした。朗は、それをなんとかかわす。そのまま、くるりと踵を返すと、大股で駆け出した。

「待てよ! 泥棒!」

 後ろからは怒鳴り声が上がる。また、追いかけてくる足音も聞こえた。

「泥棒はそっちじゃんか」

 木靴など履いたこともない上に、足に合っていないのでだいぶ走りにくい。何度も抜けそうになりながらも、これを取り上げられてはたいへんだと、朗は必死で走った。


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