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明かりの見えた辺りまでくると、雲が切れて月明かりがのぞいた。その明かりに照らされ、一軒の寂れた小屋が浮かび上がる。小屋には窓があり、ほんのわずかに開いていた。
「……暗いね」
びくびくしながら朗が言う。小屋の中は真っ暗で、ひとつの明かりも見えない。
「誰もいないのかな」
そう言いながら小屋に近づこうとした、その時……。
「……うわあああっ!」
けたたましい叫び声とともに、小屋の戸が乱暴に開かれた。がたんがたんと、粗末な小屋全体が揺れている。一人の男が小屋から飛び出すように出てきた。その時に体をあちらこちらにぶつけたのだろう。小屋の揺れ具合からも相当痛そうだと思ったが、男はそんなことに構うことなく、暗い道をひたすらに逃げて行ってしまった。
「……何か、いるのか?」
冷静に様子をうかがいつつ、読真は隣を見る。そこには、読真の腕にしがみついた朗が、瞬きも忘れたように固まっていた。
「朗。おい、朗!」
ばしっと頬を叩かれた朗は、ぱちぱちと、忘れていた分だけの瞬きを繰り返す。そして、
「……なに? 人? ……が出て行ったの? なんで? あそこに、何かいるの?」
がちがちと歯を鳴らして疑問を口にする。
「……行ってみるか」
ぼそっとつぶやいた言葉に、朗はぽかんとした顔を読真に向けた。何を言われたのか、理解が追いつかないといった表情だった。
「あの小屋に何がいるのか、見てこよう」
「……、無理っ!」
ぶんぶんと首を振って激しく異議を申し立てる朗に、
「なら、お前はここにいればいいだろ」
読真は朗の手を振り解き、一人で小屋に向かって歩き出す。一人残された朗は、途端に肌寒さを感じた。背筋にひんやりとしたものが伝う。
「……やだ! それも無理だってえ!」
そう叫ぶと、朗は読真のあとを追って小屋の前まできてしまっていた。
さっきまでの騒動がなかったかのように、小屋はしんと静まり返っている。開かれていた戸も、しっかりと閉められていた。それがまた不気味さを増幅させている。
「……なんで、戸が閉まっているの?」
「……さあ?」
「さっき、開いたよね?」
「うん」
「出てきた人、開けたまま逃げて行ったよね?」
「……」
「ねえ……アニキ、なんで……?」
「だから……中に、いるんだろ」
「いる? いるって、なに? 何がいるの?」
「さあな」
「さあって、なに?」
「うるさいな! 俺だってわからないよ。でも、入ればわかるだろ!」
「え、入るのっ?」
その勢いのままに、読真は小屋の戸を引いた。すると……。
「アーヒアー!」
「ワオーン!」
「ニギャア!」
「コッコッコォ!」
天井に届くほどに背の高い大きな黒い影が、小屋の中からぬっと現れたかと思うと、言葉にならない異様な叫び声を上げたのだ。
「……っ、わああああ!」
黒い大きな影を前に、朗も負けじと大声を張り上げる。
「おに……鬼っ!」
朗の言うように、影の頭には鬼のような角が二本生えているように見えた。
くるりと踵を返した朗だが、その襟元を読真がぐいっとつかむ。喉を押され、「ぐえっ」という声が朗の口から漏れ出た。
「何するんだよ! アニキ、逃げなきゃ……」
「待てよ」
「待てないよ! これ、この世界にきてから一番のバケモノだ。さっきの人だって襲われてたじゃんか!」
「この子たちはバケモノじゃないよ」
「この子たち」という言葉に、朗は少しばかり落ち着きを取り戻し、そして改めて影を見上げた。
「え……あれ? この子たちって、もしかして……」
「うん。あの人たちが探していた子たちだよ。きっと」
読真と朗は、大きな黒い影を前に、昼間に出会った人たちのことを思い出していた。
二人がこの世界に着いたのは、太陽が真上に差しかかった頃だった。辺りは明るく、人通りも多く、街は賑わい活気に溢れていた。
そんな中、中年の男性に出会った。
「やあ、君たち」
そう声をかけてきた男性は、少し焦っているようで、それでいて安心しているような複雑な表情を浮かべている。
「……を見なかったかい?」
男性がそう尋ねた。
「……?」
「見てませんよ」
兄弟が答えると、
「そうか」
と、男性は目に見えて肩を落とす。
「いなくなっちゃったの?」
と朗が尋ね、
「一緒に探しましょうか?」
と読真が提案する。しかし、
「いや、いいんだ」
男性が言った。
「いなくなったなら……逃げてくれたなら、それでいいんだ。私には、もう……あの子を養うことはできないのだから」
男性はそう言うと、とぼとぼときた道を戻って行ってしまった。
次に会ったのは、ロバを探していた男性よりも、もう少し年を取った男性だった。彼も落ち込んだ様子で、何かを探すように歩いていた。そのあとも、白髪の目立つおばあさんに会ったし、中年の女性にも会った。みんな、どこか物憂げな表情を浮かべている。何かを探しているようで、けれども見つからないことを願っているようにも見えた。




