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「ねえ、あんちゃん。夜になっちゃったね」
「……ああ」
「見て! 空! 僕、あんなにいっぱいの星、見たことないよ。なんで僕らの住んでいるところには、ちょっとの星しか昇らないのかな」
「世界中どこにいたって、昇る星の数に大差はないよ。ただ、俺たちが住んでいるところは夜でも明るいから、地上の明かりが邪魔して星の光を消してしまうんだよ。だから、ひと際明るい星しか見えないんだ」
「そっか。ここは真っ暗だもんね」
「うん。だから、絶対に手を離すなよ」
読真と朗はしっかりと手を繋ぎ、足元すらも見えない道を、一歩一歩確かめるように歩いていた。
「ねえ、あんちゃん」
「もう、それやめろよ」
読真が振り返って朗を制する。その表情は見えなかったが、朗が首を傾げたのがなんとなくわかった。
「そんな、慣れない呼び方するなよ」
「だって、アニキって呼ぶなっていつも言っているじゃん」
「だから、普通に呼べばいいだろ」
「普通って?」
「グレーテルがヘンゼルに言っていたように、だよ」
「えー」
「……もう、いいよ。でも、それはやめろ」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「……いつも通り呼べばいいだろ」
「じゃあ、アニキで」
そんな会話をしながら暗い夜道を歩いていた時、道の奥にふと明かりが見えた。
――明かりだ! きっと人がいるはず……。
そう思い、
「あ……」
と声を上げた読真だったが、言葉になる前にその声は喉の奥へと流れてしまった。
「……どうしたの?」
突然立ち止まった読真に朗が尋ねる。
「あ、いや……。今、明かりが見えた気がしたんだけど」
「え? どこに? 何も見えないよ」
「向こうだよ。もう消えちゃったけど」
「見間違いでしょ?」
「……そうかな」
なんとなく腑に落ちないものを感じながら再び歩き出そうとしたその時、
「……うわあ……!」
すぐ隣で、朗が叫んだ。
「……なんだよっ、いきなり」
苛立つ読真に構うことなく、朗はその腕にぎゅっとしがみついた。
「ひ……人魂!」
「はあ?」
朗が向いている方を見るが、何もない。
「なんだよ……何もないじゃん」
「だって! 今、光が……!」
「光って、どんな?」
「どんなって……わかんないよ! 赤い光!」
「……やっぱり、誰かいるのかな」
「誰かって、ゆ、ゆ……幽霊、とか?」
「違うよ。俺が見たのも赤い光だったんだ。それって、蝋燭とか松明とか、もしかしたランプの明かりかもしれないだろ」
「あ……」
「ていうか、お前って矛盾しているよな」
「……矛盾?」
「そうだよ。神様を信じないって言っているだろ?」
「うん。信じない。見たことないもん」
「なのに、なんで幽霊のことは信じられるんだよ。幽霊を見たことがあるのか?」
「ないよ。見えたら怖いじゃん!」
「それが矛盾しているって言うんだよ」
「なら、アニキだってそうじゃんか」
「なにが?」
「神様を信じているくせに、幽霊が怖くないなんておかしいよ」
「別におかしくないだろ。人はみんな霊なんだから。生きているか死んでいるかの違いしかないんだ。幽霊は、死んで迷っている霊なんだよ。幽霊がみんな悪いことをするわけじゃない。お前がなんで幽霊を怖がるのか、俺にはわからないよ」
「なんでって……見えないはずのものが見えちゃうんだよ? 怖くない? それに、襲ってくることだってあるかもしれないし。幽霊って、生きている人間が憎いんでしょ?」
「でしょ? って……なんの情報だよ」
「違うの?」
「そういう霊もいるかもしれないけど、そうでない霊もたくさんいるだろ。それは生きている人と同じだよ。いい人もいれば悪い人もいる。幽霊が全部悪いっていうのは、それは差別だ」
「え、差別?」
「うん」
「……って、なんの?」
「人種差別にも似たものだと、俺は思う」
「え……そんなに重いの?」
そんな話をしていると、またも前方に明かりが灯った。読真にしがみつく朗の手に力がこもる。そんな朗の手を握りしめ、
「行ってみよう」
と読真が言った。
「え、でも……」
その場を動こうとしない朗を、読真が促す。
「ここにずっといるわけにいかないだろ。それに、あの光……誰かがあそこにいるってことだと思う」
「幽霊じゃ、ないの?」
「違うんじゃない?」
「じゃない? って、なに!」
「だってさ、人魂って青白いっていうイメージがあるだろ? あれは赤っぽかったし」
「うん……」
「だから、とりあえず進んでみようよ」
その言葉に、朗は重い足取りで読真について行った。




