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読真は、朗から魔女へと視線を移した。
「もともと、こんな目にあったのだって、この人の家を食べちゃったからだ。魔女と言われて、住んでいたところを追われて、逃げた先で家まで食べられちゃって……。家を奪われたら、誰だって怒るよな」
「……お腹が空いていたんだもん」
隣から、朗とグレーテルの声が重なるように聞こえた。
「……だから、食べていいってことにはならないよね」
魔女の手の中で、ヘンゼルは申し訳なさそうにつぶやく。
「僕たちは、初めから間違えていたんだね」
ヘンゼルがそう言うと、魔女は手を離してヘンゼルを解放した。
「でも、あの人は私とお兄ちゃんを襲ったわ。それは事実よ」
「その前に悪いことをしたのは、僕たちだよ」
グレーテルの言葉を、ヘンゼルが正した。
「悪いことをしたなら、するべきことはひとつだ」
読真の言葉に、
「……でも、それで許してもらえるのかな」
と朗が不安げに言う。
「許されないかもしれない。でも、だからといって逃げたらだめなんだ。罪を重ねることになってしまうから」
ヘンゼルが言うと、
「……そうね」
とグレーテルがうなずいた。そして四人は、魔女と呼ばれた老婆に向かい、声を合わせて心からの言葉を口にした。
「ごめんなさい」
すると、
「ふん」
老婆は鼻をひとつ鳴らす。そして、にやりと笑ったのだ。
「合格だよ」
ぽかんとした表情を浮かべる四人を前に、
「ここでの鍵は、その言葉を言えるかどうかさ」
と老婆が言うので、
「あ、もしかして、案内人……?」
「魔女から逃げるのに必死で、僕、『物語』のこと忘れていたよ……」
読真と朗は、一気に脱力してその場に座り込んでしまった。
「ヘンゼルにグレーテル。お前たちの望みはなんだい?」
唐突な問いかけだったが、
「家に帰ることだよ」
しっかりとした口調でヘンゼルが答える。
「私も、帰りたい。でも、お義母さんが……」
グレーテルは、うつむきながら涙声で言った。
「安心おし。お前たちの継母は、もう家にはいないさ。父親と喧嘩して出て行ったようだよ。そして父親は、お前たちを捨てたことを後悔して毎日探しているようだ」
「本当に?」
「ああ、本当さ。だからお前たちは、ここを出たら東へまっすぐに進むんだ。ほどなく湖が見えてくる。そこにいる白鳥に事情を話すんだよ。そうすれば、お前たちを家まで送ってくれるだろうからね」
そう教えてもらうと、ヘンゼルとグレーテルは顔を輝かせ、意気揚々とお菓子の家を出て行った。お土産に、持てるだけの金銀財宝を携えながら。
「さて、次はお前たちの番だね」
老婆が、にやりと笑いながら兄弟を見る。
「お前たちは、いったい何が望みだい? 金銀財宝かい?」
「僕たちを食べないで! この家から出たいよお!」
と朗が叫ぶのを聞いて、
「違う、そうじゃない」
と読真が訂正した。
「俺たちも、自分たちの家に帰りたいんだ」
すると老婆は、
「ふうん」
とうなずいたあとで、
「なら、この扉を抜けて行くといい。次の『物語』に続いているだろうよ」
と言った。
「次の『物語』? まだ帰れないの?」
「もう嫌だよ! こんな世界、嫌だ。帰してよ」
兄弟が口々に言い合う中、老婆は首を横に振る。
「だめだ。お前たちは、まだ家に帰るための鍵を見つけていないだろう」
「鍵って何?」
すかさず朗が問いかけるが、またも老婆はふるふると首を振るだけだった。
「……仕方ない。行くか」
そう言って扉に向かう読真。
「……そうだね」
ひとつ大きなため息を吐き出すと、朗もそれに従った。扉の前で、
「それじゃあ、行こうか。あ……お兄ちゃ……あ、うん……あんちゃん、行こう」
朗がもごもごとつぶやいている。
「お前さ、そんなに俺のこと、お兄ちゃんって言いたくないのか?」
なかば呆れながら、読真は扉に手をかけた。
まばゆいばかりの光が兄弟を包み込む。金色の光に包まれた兄弟の背に、老婆は微笑みかけた。
「次の世界では、鍵が見つかるといいね」
そんな老婆の言葉を聞きながら、読真と朗は次の「物語」へと旅立って行ったのだった。




