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神様をさがして  作者: 高山 由宇
第8章 魔女の正体
35/52

―4―


「ああ、もう……どうしたら……」

 頭を悩ませていると、ふいに部屋の扉が開かれる。

「……グレーテル」

 入ってきたのはグレーテルだった。

「魔女は地下牢に向かったわ。今のうちに逃げて」

 グレーテルは、読真を逃がすためにきたらしい。けれども、

「……逃げられない」

 読真が項垂れて首を振った。

「弟を置いて行けない」

「……そうね。私も、たとえ逃げられたって、兄さんを置いては行けないわ」

「あの魔女は、いったいなんなんだ……」

「魔女は人間を憎んでいるのよ」

「どうして?」

「裁判で魔女と断定されて、処刑されるのが決まっていたらしいの。でも、あの魔女は逃げてきたのですって。きっと、恐ろしい魔法を使ったのでしょうね」

「裁判って? もしかして、魔女裁判……?」

「ええ」

「……どうして、あの魔女がそうだって思うんだ?」

「私、しばらく魔女のそばで働かされていたから。自分でそう言っていたのよ」

「……それが本当なら、あの人は……」

「あ……! 魔女が戻ってくるわ」

 そう言うと、グレーテルは部屋の扉を閉めた。今度は鍵をかけられなかったようだ。

「グレーテル、そこで何をやっているんだい?」

 魔女の声だ。

「……床に黒ずみを見つけたの。どうにかしてとれないかと思っていたのよ」

「馬鹿な子だね。そんな細かいところはいいんだよ。それより、オーブンの火加減を見ておいで」

「……オーブン? まさか、兄さんを……?」

 魔女の厭らしい笑い声が聞こえる。

「さあ、ぐずぐずするんじゃないよ。とっととオーブンを見てくるんだ」

「でも……私、オーブンを扱ったことがないの」

「なんだって? お前、オーブンの使い方も知らないのかい?」

「ええ。知らないわ」

「まったく、しょうがないね! この年になるまで、いったいどうやって暮らしてきたんだろうね、ったく!」

 魔女は悪態をつくと、

「ついておいで!」

 グレーテルを連れて歩き出す。

 ――だめだ……!

 グレーテルと魔女の会話を聞いていた読真は、いても立ってもいられずに勢いよく部屋の扉を開け放った。

「待って!」

 グレーテルと魔女が、目を丸くしてこちらを見ている。

「な……どうして、部屋の鍵が開いているんだい?」

 魔女がグレーテルを睨んだ。青ざめているグレーテルを背にかばい、読真は魔女の前に出る。

「オーブンの火加減なら、俺が見てくるよ」

 読真の言葉に、

「お前、何を企んでいるんだい?」

 目を細めると、魔女が訝しんで尋ねた。

「べつに、何も……」

「怪しいねえ」

「何も企んでなんかないさ。どうせ俺は……もうこの家から出られないんだ。だったら、あんたの役に立ってさ、少しでも長生きしたいんだよ」

「ふうん、本当にそれだけかい?」

 魔女は、その恐ろしい顔を読真に近づけた。背筋に冷たいものが流れる。

「ほ、本当だよ!」

 恐怖に打ち勝とうとするように、読真は大声を張り上げた。

「オーブンの使い方ならわかるよ。グレーテルの代わりに俺が行って見てくるよ」

 そして読真は、魔女の返事も待たずに、さっさと一人キッチンに向かったのだった。


「やだあ! 出してよ! ここどこ? なんでこんな所に閉じ込めるんだよお!」

 朗の叫び声が、ぐわんぐわんと反響する。

「出してったらあ!」

 鉄格子に顔を擦りつけるようにして叫ぶ。壁も床もすべて鉄製で、辺りには何もない。

「出してえ!」

 バンバンバンバンと、何度も鉄格子を平手打ちした。金属の音と朗の声だけが辺りに木霊する。そのうち、叩いていた手が痛くなってその場に座り込んだ。

「……もお! なんで誰もきてくれないんだよお!」

 やけくそになったのか、これまで以上の大声を張り上げる。そのせいか、盛大に咳き込んでしまった。ようやく落ち着き、胸を撫で下ろす。すると今度は、強烈な喉の渇きを覚えた。

「……水、飲みたい」

 さっきまで大量のお菓子を食べ続け、散々に叫び続けた喉はからからに渇いている。

「喉、渇いたなあ……」

 鉄製の天井を見上げならつぶやくと、

「騒ぎ過ぎだよ」

 すぐ近くから声がした。

「え、なに? 誰かいるの?」

 一人きりだと思っていた朗は、驚きのあまりに激しく高鳴る胸を押さえながら声のぬしを探した。

「隣だよ」

 教えられた通りに隣を見る。そこには鉄製の壁があった。

「もしかして、隣にも部屋があるの?」

「これを部屋って呼んでもいいならね。ここは牢屋だよ。魔女の地下牢さ。僕も、君と同じように囚われているんだ」

「そうなんだ……。あ、僕は朗。君は?」

「ヘンゼル」

「え、ヘンゼル? じゃあ、上にいたのがグレーテル?」

「そうか。妹に会ったんだね」

「うん。僕は朗だよ。グレーテルは、アニキと一緒だと思う」

「君も兄弟でここへきたのか。なら、お近づきの印にこれをあげるよ」

 そう言うと、ヘンゼルは朗の方に向けて何かを転がしてきた。転がってきた何かは、朗の入れられた牢屋の前で止まる。朗は、鉄格子から手を伸ばしてそれをつかんだ。

「……水筒?」

 竹筒を振ると、ちゃぽんちゃぽんという小気味よい音が聞こえる。

「ここへくる前にね、沢で汲んだんだ。だから安心して飲んでいいよ」

「ありがとう!」

 そう言うと、朗は勢いよく竹筒に口をつけた。ごくごくと、冷たい液体が喉を潤していく。ひび割れた大地に雨が降るように、その水はまさに天の恵みだと朗は思った。

「助かったよ!」

 生き返った心持ちでお礼を言う朗に、

「いや、まだだよ」

 ヘンゼルはそう答えた。

「全然助かってないよ。まずはこの牢屋を出ないと」

「……うん。でも、どうやって?」

「もうすぐなんだ」

「もうすぐ? どういうこと?」

 そこへ、

「ヘンゼル! ロー! おとなしくしているだろうねえ?」

 イヒヒヒという不気味な笑い声を上げながら、魔女が鉄の床を鳴らしてやってきた。

「ヘンゼル! お前、ちっとも太ってないじゃないか? ちゃんと食べているのかい?」

 そう言ったあとで、魔女は朗の入れられた牢屋の前までくる。

「お前はまたころころと、この短時間で随分といい感じに太ってくれたものだねえ」

 そう言ってにたりと笑う魔女。

「ヘンゼルは後回しだ。お前がきてくれて、本当によかったよ」

 魔女が、がちゃりと牢屋の扉を開いた。

「え……出てもいいの?」

「ああ、いいとも。準備が整ったからねえ」

 不気味な笑顔とともに、魔女は朗を連れて牢屋の外に出る。

「だめだ!」

 朗を連れて行こうとする魔女に、ヘンゼルが叫んだ。

「ロー、逃げるんだ!」

「……逃げる?」

「そうだよ! じゃないと、食べられちゃうぞ!」

「え……!」

「魔女は、子供を食べるんだ! そのために、お菓子を食べさせて太らせようとしているんだよ!」

「……あ! それ、アニキも言っていた……」

「っち! 賢いガキだね。気づいていたのかい。でも、まあ、いい。ヘンゼルは瘦せたままで我慢するとして、ローは美味しく食べてあげるとしようかね」

 魔女は、朗の腕をつかむ手にさらに力を込めた。

「もうオーブンの準備は万端さ。あとは、お前を調理して放り込むだけなんだから、おとなしくするんだよ!」

「嫌だよ! そんなこと言われておとなしくするわけないじゃん!」

 なんとか抗おうとするものの、力の差は歴然だった。引きずられるように連れて行かれる朗。

「嫌だあ! 離せったらあ!」

 そう叫んだ時だった。

 がちゃっと、金属の擦れるような音が背後から聞こえた。

「……な! この、ガキがあ!」

 振り返った魔女が、思わず朗の手を離す。それを好機と、朗は魔女から逃れると鉄製の階段に足をかける。そして、読真がいるだろう二階へ向かおうとした朗が、ほんの一瞬牢屋へと目を向けた。その時に見たのは、開け放たれた牢屋の扉と、そこから逃げ出したヘンゼルらしき男の子の後ろ姿だった。


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