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神様をさがして  作者: 高山 由宇
第7章 個性を受け入れること
30/52

―3―


「あれ、何をやっているんだろ」

 しばらく進むと、大きな湖が見えてきた。その畔に真っ白な毛並みの鳥が一羽、肩を落としてたたずんでいる。見つめていると、その鳥は、突然顔を水につけ出したのだ。

「え、何しているの!」

 駆け出した朗は、水に顔を押しつけている鳥を力一杯に水から引き離した。

「何するんだ、離してくれ!」

 白い鳥は羽をばたつかせて泣き叫ぶ。

「あれ、なんかこの感じ、懐かしい……」

「離してくれよ。僕は、もう死ぬんだから!」

「死ぬって、なんで?」

「僕が醜いからさ!」

「醜いって、君が?」

「そうだよ! 見ればわかるだろう。だから死ぬんだ。止めないで!」

「君は醜くないけど……。ていうか、醜いから死ぬって言う意味がわからないんだけど」

「え……」

 それまで激しくばたつかせていた羽が、ぴたりと動きを止めた。そして、その鳥は、黒曜真珠のようなくちばしを朗に向けている。

「意味が、わからない?」

 白い鳥は、さっき言われたことをそのまま朗に問い返した。

「うん。醜いなんて、誰かが勝手に言ったことでしょ。なんで、誰かの言葉で死のうと思うの?」

「だって……誰も仲間だと認めてくれないんだ」

「別にいいじゃん。自分が認めていれば」

「自分が、認める?」

「認めてくれないところになんかいる必要ないよ。認めてくれる人を探すか、いなければ一人だっていいじゃない」

「そんな……群れからはぐれて生きるだなんて、考えたこともなかった」

「僕は、群れるのは嫌いだもん。無理に合わせる必要なんかないじゃん」

「そう、なのかな」

「そうだよ」

 白い鳥は、うつむいて考え込んでしまった。

「だから、もう群れに戻ることはないって。誰も認めてなんかくれなくたっていいじゃない」

「……」

「……誰もが、お前のようにはいかないんだよ」

 朗と白い鳥のやり取りを見ていた読真が口を挟んだ。

「俺には、気持ちがわかるよ」

 すると、白い鳥が、長い首をもたげて読真を見つめる。

「別に、みんなのことを嫌いなわけじゃないんだよな?」

 そう問いかけると、白い鳥のつぶらな瞳からは、まるで真珠のような滴がこぼれ落ちた。

「仲間だと思うから、みんなに認めて欲しいと思うから、そうならないのが苦しいんだろ」

「だからさ、認めてなんかくれなくていいって思えばいいじゃん。そしたら、苦しむ必要ないでしょ?」

「だから! みんながお前のようにはいかないんだって、言っているだろ!」

 朗の言葉を、読真は激しく制した。そして、続ける。

「俺は……お前が、羨ましいよ……」

「え?」

 唇を噛み締めてつぶやかれた言葉に、朗は目を丸くして読真を見上げた。

「俺は、認めて欲しい。父さんも母さんも学者だから、二人の子供として、二人が恥ずかしく思わないようにならなきゃって思っている。だから、勉強だって頑張らないとって思うし、本も……月十冊を目標にして読んでいる。……本当は、そんなに好きじゃないんだけどな」

「え、本好きじゃないの?」

「嫌いじゃないけど……。でも、本を読む時間で、みんながやっているゲームをもっとしたいなって思うことはあるよ」

「え! アニキ、ゲームするの? どんな? 僕、アニキがゲームしているの見たことないよ」

「プレステとかスイッチとか。プレステ5を持っている友達がいてさ、たまにやらせてもらうんだ」

「プレステ5って、一番新しいヤツだよね? なかなか手に入らないんでしょ?」

「うん。やるのはアクション系が多いけど、ロープレをやってみたいんだ」

「ロープレ?」

「ロールプレイングゲーム。エンディングまで五十時間とか……七十時間ぐらいかけてさ、ストーリーを進めていくゲームだよ。でも、友達の家でやるにはさすがに無理だ。対戦でもないし、一人でこつこつプレイするゲームだから」

「そっか」

「友達がさ、ロープレで泣いたって言うんだよ」

「なんで?」

「感動したんだって」

「ゲームで?」

「友達が言うには、長い物語を一冊読み終える以上の感動がロープレにはあるんだってさ」

「……へえ」

「でも……俺は、それにはまって成績を落としたくないんだ。俺は、いい高校に行って、いい大学に入りたい」

「……僕は、そんなのは嫌だな」

「俺とお前は、考え方が違うからな」

「それはそうだけどさ。でも、アニキの話だと、アニキの人生なのにアニキのものじゃないみたいだ。いつも他の人、周りのことを気にしている」

 ちくりと、読真はなぜか胸が痛んだ。

「お父さんもお母さんも、いい学校に行きなさいなんて言ってないよね。聞いたことないし。本を月に十冊読むっていうのだって、自分で勝手に決めたことでしょ? アニキがゲーム欲しいって言ったら、二人とも買ってくれると思うけどな」

「……お前はいいよな。自由で」

「アニキが勝手に不自由になっているだけじゃないか」

「羨ましいよ、ほんと」

「自由にやるしかないじゃん。だって、僕は……誰からも期待されてないんだから」

「……」

「お父さんもお母さんも、アニキの成績には興味あるみたいだけど、僕のにはないみたいだ」

「そんなことないだろ」

「僕がテストで三十点とった時も何も言わなかったし」

「……三十って、それ何点満点?」

「百点」

「お前、そんな点数とったのか?」

「うん。僕、社会苦手なんだもん」

「は? しかも社会で?」

「だって、苦手なんだもん」

「社会が苦手って……それじゃ、まともな社会人になれないぞ」

 朗が唇を尖らせる。

「アニキにだって、苦手な教科ぐらいあるでしょ!」

「うん、あるよ。俺は、数学が苦手。それでも、三十点なんて点数はとらないけどな」

 読真が笑った。馬鹿にされたのかと思った朗が頬を膨らませる。しかし、すぐに違うと気がついた。それは、読真が白い鳥に向かって、こう言ったから。

「でも、それが個性なんだ」

 白い鳥が読真を見上げた。

「俺は数学が苦手。朗は社会科が苦手。でも、朗は手先が器用で、図工が得意なんだよな」

「え……うん」

 突然褒められて目を丸くする朗に、

「俺は国語が得意」

と読真が続ける。

「そして俺は、数学は苦手だけど人並みの成績は残したいから、毎日勉強をしなきゃと思うししたいとも思う」

「僕は、勉強は嫌いだよ。部屋にこもって勉強するより、外に出て、鳥や昆虫を観察したい。山を歩いたり、海の水の冷たさを感じたりしたい。雨や風も好きだから、嵐の日には外に飛び出したくなっちゃう」

「ああ、あったよな。暴風雨だっていうのに外に出て、どろどろの姿で帰ってきたこと。母さんがうんざりしていたな。でも、まあ……それも、個性って言えるんだと思う」

「うん」

「だからさ、合わない人を排除したり、合わないからって逃げ出すんじゃなくて、お互いに理解するように努力すればいいんじゃないかな」

 最後の言葉を、読真は白い鳥の目を見つめて言った。

「君だって、みんなのことが嫌いなわけじゃない。そうだよね?」

 白い鳥がこくりとうなずく。

「でも、みんなは僕のことが嫌いなんだんだ……」

「みんな、じゃないだろ」

 そこへ、

「やあ、君。新入りかい?」

 美しい純白の毛並みの鳥たちが、湖の上を滑るように泳いできた。白い鳥は、驚き、またうろたえて隠れようとする。

「どうしたんだい?」

 尋ねられ、

「だって……君たち、綺麗なんだもの。僕は、醜いから……」

と白い鳥が答えた。それに対して、彼らは首を傾げると、

「何を言っているんだい? 君と僕たちは仲間じゃないか」

 そう言って白い翼を広げる。

「仲間……?」

 白い鳥は首を傾げながら、澄んだ湖の水面をのぞき込んだ。すると、そこには、目の前の鳥たちと同じように美しい姿の自分が映っていたのだ。

「……うそ。これが、僕……?」

「そうだよ」

 その問いかけに答えたのは、読真だった。

「君はアヒルじゃない。本当は、白鳥の子だったんだ」

「白鳥……?」

「うん。君は、どういうわけか、卵の時に白鳥の巣に紛れてしまったんだよ。白鳥の雛とアヒルの雛とは毛並みが違うのは当たり前だ」

「僕、アヒルじゃなかったの?」

「うん」

「そうなんだ……」

 そう言うと、少し戸惑っているようだったが、仲間たちが優しく迎え入れてくれたこともあって、白い鳥ははにかみながら白鳥の群れへと入って行った。


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