―1―
読真は、頭を抱えながら起き上がった。
落ちてきた本が、ちょうどおでこに当たったようで、ぐわんぐわんとした感覚が残っている。触れると、熱を持っているようだ。
――これ、腫れるかも……。
そう思いながら顔を上げる。
その一瞬、さっきまでの痛みも忘れて目を見開いた。
「え……」
思わず漏れ出た声は、白い煙とともに風に攫われてしまった。
目の前には、見慣れない景色が広がっている。
どこもかしこも真っ白な……銀世界。顔に触れた冷たさに思わず見上げると、おでこにひんやりとした感触があった。
――あ……気持ちいい。
おでこから熱を奪って行く感触を心地よく思ったが、それも束の間のこと。読真は、ぶるりと身震いした。
「さ……寒い……」
つぶやく声は、歯が噛み合っていない。口の端から、がちがちとした音を奏でている。
両手で自分の体を抱きしめてさすった。その時、足が動かないことに気がついた。動かそうとしても、痺れたように感覚が鈍い。うつむいて見ると、くるぶしの辺りまで雪に埋もれていた。しかも、靴は履いていない。履いているのは靴下だけだ。それも、すっかり濡れて足に張りついてしまっている。
――このままじゃ、凍傷になる……。
なんとか足を持ち上げる。冷たい風が、無数の針となって足を刺激した。
――まだ、感覚がある……。
そのことに、読真はわずかに安堵した。感覚がまったくなくなっていたら……考えるだけでもぞっとする。
一歩、二歩と、引きずるように冷たい道を歩いた。
――とにかく、足を温めないと……。
歩きながら、かじかむ手で、制服のブレザーの襟を立てる。そして、道の脇に座り込んだ。尻が濡れる感覚が伝わってくるが、構うことはしない。
――これで、足をさすれる……。
さすったところでたいした効果はないが、ないよりはマシだ。
本当は靴下を脱ぎたかった。直にさすった方が温もりを感じられると思ったからだ。しかし、そのあとを考えれば、靴下は履いたままの方がよいと思えた。
――朗は、どこに行ったんだ……?
足をさすりながら、ふと思った。
――図書室にいるのかな……。
二階か、あるいは三階の図書室に。
――それなら、いいんだけど……。
そう思いながらも、読真の脳裏にはある考えが浮かぶ。
――でも、もしかしたら、あいつもここに……。
読真は、朗を図書室に閉じ込めた時に聞いた、悲鳴にも近い叫び声を思い出していた。
足の指が動かせるぐらいに感覚が戻ると、読真は立ち上がる。
――早く、温かいところに行かないと……。どこかの家に入れてもらおうかな。せめて、靴だけでもあるといいんだけれど……。
そう思い、休ませてくれそうな家はないかと辺りを見渡した時、一人の少年が走って行くのが見えた。彼は、路地裏から出てきたと思うやいなや、まるで何かから逃げるように大股で走り去って行く。
「あ……おい!」
少年の背に声をかけた。だが、少年は気づいていないらしい。とても必死な様子で、また不器用な走り方で通りの向こうに消えてしまった。
「待てよ……おい!」
寒さに固まった両太ももをばしばしと叩くと、ぎゅっと唇を噛みしめた。そして、少年の走り去った方をじっと見据える。
「……待てって、言っているだろ」
震える唇でつぶやきながら、読真は彼の背中を追いかけたのだった。