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道の向こうに一羽の雛がいた。転んだのか、泥だまりの中でうつむいている。
「うわ! 汚い!」
雛がもがくように羽をばたつかせた時、読真と朗に泥が跳ねたのだ。それまでうつむいていた雛が、朗の声に突然顔を上げた。
「そうさ! 僕は汚いんだ! だから死のうとしたのに、それも叶わずこのザマさ!」
そう早口に言うなり、泥だらけの雛は泣きながら走り去ってしまった。
「え……なに、あれ?」
朗が呆気にとられていると、走って行った雛が兄弟の目の前で転んだ。泥で足を滑らせたらしい。駆け寄ると、雛は転んだままの格好で泣き続けている。
「大丈夫か?」
読真が雛に手を伸ばすものの、
「ほっといてよ!」
雛はその手を泥だらけの羽で払った。思わず手を引っ込める読真に、
「ほら! やっぱり!」
雛が泣きながら叫んだ。
「君だって、僕を汚いって思っているじゃないか」
「え、いや、その格好なら誰だってそう思うだろ」
「僕は醜いんだ! 僕は死んだ方がいいんだ!」
「ていうか、洗えばいいじゃん。汚いんだったら」
困惑している読真の横から、朗が口を挟んだ。
「あ、そうだよな。さっき通ってきた川まで行って洗おう」
そう言うと、読真と朗は嫌がる雛を引きずるように川まで連れて行った。
雛を持ち上げて川の水につける。その間も暴れるので、泥水が読真と朗に降り注いだ。
「もう! やめてよ、汚いな!」
朗は止めようとして言ったのだが、雛はそれまで以上に羽をばたつかせて暴れる。
「どうせ僕は汚いんだ!」
雛を抱えている読真の被害は朗以上で、制服の白いワイシャツには黒い水玉模様がいくつも出来上がっていた。
「もう、いい加減に落ち着けって!」
そう叫んだ時、読真の顔を泥水が直撃する。思わず目をつぶった。その時に手の力が緩んでしまったらしい。雛は読真の手から逃れると、そのまま泣きながら走り去ってしまった。
ため息とともに、読真は川の水で顔を洗う。
「うわあ、泥だらけだね」
それを横で見ていた朗がつぶやいた。
「……お前も、泥落としたら?」
「僕はアニキほど汚れてないよ」
「……どこかで洗濯できないかな。このまま帰ったら母さんに怒られるよ」
「まあ、帰れればいいけどね」
「……」
「ねえ、あとどれぐらい『物語』を進んだら帰れるのかな」
「さあな」
「アンナが言っていた神様って、いったいどこにいるんだろうね」
「……うん」
「神様に会えたら、その神様にお願いして、僕たちは家に帰れるってことなのかな」
「……お前、神様なんかいないって言ってたじゃん。信じてないんだろ?」
「うん、信じてない。でもさ、なら、この世界はいったいなんなの? 説明がつかないよね」
「……」
「神様って言うのはよくわからないけど、全然意味のないことじゃないとは思う。だって、アンナが探してって言ってたんだもん。それが見つかればさ、たぶん帰り道も見つかるんじゃないかな」
その時、遠くに閃きがあった。雛が走り去った方角だ。金色の閃光が、ぱっと輝いたかと思うと、地上に落ちるように消えてしまった。
「あ、アニキ!」
いち早く気がついた朗が読真の腕を叩く。
「あれ! あれ!」
朗の指差す方向を見つめる読真だが、もうそこには何もなかった。
「なんだよ。何もないじゃん」
「ううん。今、光ったよ」
「光? どんな?」
「金色の光。一瞬だったけど、空から落ちたように見えた」
「流れ星、みたいな感じか?」
「こんな明るいのに?」
「流れ星は隕石だからな。明るくたって落ちるよ」
「でも、たぶん違う」
「じゃあ、光の屈折だろ」
「光の屈折?」
「気のせいだろってこと」
「そうかなあ……。でも、僕さ、前にも不思議な光を見たような気がするんだよね」
そう言いながら、朗は首をひねる。ふと、読真が立ち止まった。それにつられて朗も立ち止まる。
「何してるの? 早く行こうよ」
朗が言うと、
「どこに?」
読真が逆に尋ねた。
「どこって、あの子が行った方だよ」
「なんで?」
「え? あ……なんでだろ」
「なんだよ、それ。理由もなくあの雛を追っているのか?」
「だってさ、あの子が向かった方向に光が落ちたんだよね」
「それって……もしかして、あの雛が俺たちを導こうとしている……?」
「……わかんない」
「……ま、どうせ行くあてがないんだ。とりあえず進んでみるか」
そこで二人は、光が落ちたらしい方角を目指して歩いて行った。




