―5―
「血が滲んでるぞ」
披露宴の傍ら、朗の膝が赤く染まっていることに読真は気がついた。
「あ……うん」
「転んだんだっけ? ドジだよなあ。まだ治らないのか」
「……」
「朗?」
「……うん」
「どうしたんだよ? 痛むのか?」
「ううん。キッドさんの家来の人に手当てしてもらったから」
「キッドさん? って、誰だよ」
「あの王子様だよ」
「あの人、キッドって名前だっけ?」
「本当は違う。でも、キッドって呼んでいいって言ってたから」
「ふうん」
「僕は平気」
「うん? あ、そうか」
「うん。……アニキは?」
「は? 俺は、別にどこも怪我してないけど」
「アニキも痛かったんじゃないかって、キッドさんに言われたんだ」
「え、なんで?」
「僕、アニキを置いて逃げたから……」
うつむいたまま黙ってしまった朗を前に、ふっと笑うと読真は地面に膝を着いた。
「包帯、巻き直してやるよ」
そう言って、朗の膝の包帯に手をかける。しばらくして、
「……よし、できた!」
と満足げに言うが、
「……ねえ、さっきより緩くなった気がするんだけど」
と、朗に指摘されてしまった。その時、
「次の扉が開きますよ」
声とともに二人の頭上から現れたのは、大きな姿見だった。
「もしかして、ここでの案内人は鏡なの?」
ぽかんと口を開けて見つめていると、鏡の向こうの自分たちも驚いたようにこちらを見つめている。
「さあ、教えて下さいな。ここで学んだことを」
「他の人の言葉に左右され過ぎちゃいけないってことかな」
と朗が答える。
「あと、あんまり完璧主義に走らなくてもいいってこと。白雪姫がいなければ一番だったんでしょ? なら、世界で二番目に美しいってことじゃない。それで充分なんじゃない?」
朗の言葉を聞き、
「一番を目指さなきゃいけない時もあるとは思うけど、確かに鏡の言葉に左右され過ぎている感じはあるな。あと、美しいってことの意味をもっと考えるべきだったんじゃないかな。年を取れば誰だって見た目は衰えるんだからさ」
と、読真も自分の考えを口にした。すると、鏡は別の質問を投げかける。
「どうしたら、幸福になれますか?」
今度は、先に読真が答えた。
「みんなが、みんなのことを思ってあげればいいんだと思う」
朗が続く。
「自分のことばかり思っていたら、たぶん幸せになれないんだ。白雪姫が王様とお后様のことを、お后様が白雪姫や王様、家来たちのことを。そして、王様は、お后様と白雪姫、それから国のことと周りの国のことを考えていけばいいんだよ」
「お前にしてはいいこと言うな」
読真が茶化すと、
「お前にしてはってなんだよ!」
と、さっきまでのしおらしさはどこへ行ったのか、朗は読真へと食ってかかった。そんな朗に、
「その通りかもしれない」
と読真が言う。
「自分のことを考える時間が多いから不満が溜まるんだ。自分に足りないものばかりが見えてしまうから。みんなが人のことを考えれば、その人に足りないものが見えてくるんじゃないかな。そして、それを補うためには自分がどうすればいいのかなって考えるようになると思う」
「うん!」
「お前が逃げた時さ、俺、置いてかれた自分のことを思ってもやもやしたけれど、お前が逃げた方向だって安全なわけじゃなかったんだよな」
「……」
「怪我をして返ってきたお前を見てさ、なんか、俺……自分のことばっかり考えていたんだなって思ったんだよ」
読真と朗の話を聞き終わると、金色の光が鏡の中から放出された。ぎゅっと目を閉じる。
「……っ、なに……?」
困惑していると、
「通りなさい」
鏡がそう告げた。その声はとても穏やかで、優しげで、美しい響きを湛えていた。
「それって、次の『物語』に進めってこと?」
光は、穏やかに明滅を繰り返している。
「ねえ、神様のことを教えてよ! 神様って誰? どんな姿なの? どこに行ったら会えるんだよ?」
読真が尋ねるも、鏡が何かを告げることはもうなかった。
いつまで待っても返事がないので、仕方なしに読真は鏡へと手を伸ばす。朗も、そのあとから読真と同じように手を伸ばした。そして、兄弟は、まるで鏡に吸い込まれるかのように、次の「物語」へと進んで行ったのだった。




