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扉を抜けると、そこは鬱蒼とした森の中だった。舗装されていない道が続いている。上ったり下ったりする道も多い。もしかしたら、ここは山の中なのかもしれない。
「『シンデレラ』に出てきた道よりも歩きにくいよ」
「まさに、獣道だな……」
「何それ?」
「獣が通る道。人が通らない道だよ」
「でも、僕たち通ってるよ」
「ここに出ちゃったから、仕方なく通っているだけだろ。人の手が入ってない、自然のままの道ってことだよ」
二人は、木の幹に手をつきながらなんとか道なき道を進む。
「……いたっ」
すぐ後ろで朗から声が上がった。どうやら、木の皮で手の平を切ったらしい。
「舐めるなよ」
振り向くことなく言われて、朗はどきっとした。今、まさに傷口を舐めようとしていたからだ。
「じゃあ、このまま?」
「傷口を吸って、その唾を吐き出すんだ。こんなジャングルの中じゃ、どんな菌がいるかわからないからな」
「でも、先生がそれはだめだって言ってたよ。虫歯からも菌が侵入するからって」
「お前、虫歯あるのか?」
「ない!」
「だよな。健診じゃ、虫歯がなくて毎年表彰されているもんな。歯だけは優秀だよなあ」
「歯だけってなんだよ!」
そんなことを言い合いながらなんとか歩いてきたが、ついに力尽きたのか、
「……もう、無理!」
朗が木の幹を背に座り込んでしまった。
「こんなところで座るなよ。虫に刺されるぞ」
「だって、もう歩けないよ」
「それでも歩かないと。こんなところで夜になったらたいへんだぞ」
「……うう」
「あ、ほら、見ろよ。もうすぐジャングルは抜けそうだぞ」
少し先に日の光が射しているのが見える。
ようやくジャングルを抜けると拓けた場所に出た。足場も平地のようで、しばらくぶりに一息吐く。
「……おい、朗」
へなへなとその場に座り込んでしまった朗に声をかけるが、
「もう無理! 僕、もう一歩も歩けないから!」
朗からは拒絶の声が上がった。
「一歩も? なら、お前はそこにいろよ。俺はあの家で休ませてもらうから」
「え……?」
朗が顔を上げると、わずか数メートル先に小屋が見える。窓からは明かりが漏れ、煙突からは煙も上がり、そこに誰かがいることは明らかだった。
「お前はそこにいろよな」
そう言うと、読真は一人で小屋の扉を叩いた。
とんとん、と一回。……返事がない。もう一度、同じように扉を叩く。やはり、何の応答もなかった。
――ホレおばさんの家よりもずっと小さな家なのに……。聞こえてないはずはないと思うんだけど。
そう思いながら、再度叩こうと手を振り上げた時だった。中から扉が開かれたのだ。
あまりに突然のことに、手を振り上げたまま動けないでいる読真のその手を、家の中から伸びてきた手ががしっとつかんだ。そしてそのまま、扉の向こうへと引きずり込んでしまった。
座り込んだままその光景を見ていた朗は、声を詰まらせた。何が起こったのか、すぐには把握できない。頭の中には、一瞬にしていろんな考えが浮かんだ。
――なに、今の……。アニキが家に引きずり込まれちゃった。手が見えた。なんか、ごつごつとして、毛むくじゃらだった気がする。もしかして……盗賊の家? それとも、子供を捕まえて売る人たちが住んでいるの? ……ううん、もしかしたら、人間じゃないのかも。だとしたら、人食い鬼とか、幽霊……とか……。
「……っ、うわあ!」
浮かんでしまった恐ろしい考えを打ち消すように大声を上げる。と、さっきまでの疲れなどなかったかのように、朗は小屋とは反対の方向へと一目散に駆け出したのだった。




