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「そう。トーマとローね。それじゃあ、この子たちのことも紹介するわね。さあ、パーラ、スージー。ご飯の時間よ」
エラは、持っていたパンくずを手の平に乗せると天窓に近づいた。すると、ほどなくして、二羽の青い小鳥がエラの手の平に止まると、パンくずを美味しそうに頬張り始めたのだ。
「お友達って、この小鳥のこと?」
「そうよ。かわいいでしょ?」
「そうだね。すごく綺麗」
小鳥を撫でようと手を伸ばした朗を、
「食べている時はやめた方がいいわ」
とエラが制した。
「今触ろうとすると、パンくずと間違えてローの指をかじってしまうかもしれないもの」
朗は、顔を引きつらせながら手を引っ込める。
「さあ、あなたたちも食べて」
エラに促されるままに、朗は屋根裏部屋の床に座った。テーブルや椅子もないので、床にそのまま食器を置く。いつの間にかパンくずを食べ終えた小鳥たちは、元気にエラの周りを飛び回っている。
「アニキ、なんでそんなところにいるんだよ」
読真は、エラから離れた壁際に座っている。そんな読真を不審に思った朗が声をかけるが、読真は黙々と食べ続けていた。しかも、こちらを見ようともしない。
「おーい、アニキ」
「……」
「もしかして、鳥が怖いの?」
「……」
「おい、アニキったら」
「……飛び回る鳥の近くで食べられるか」
「ええ? アニキ、それはないんじゃない? パーラとスージーはエラの友達だよ?」
「……」
「僕たちにご飯をくれたエラの友達を悪く言うの? エラに謝った方がいいんじゃない?」
「お前な……」
そんな二人の会話を聞いていたエラが、くすくすと笑い出した。
「あなたたち、仲がいいのね。羨ましいわ」
「どこが!」
読真と朗が同じタイミングでその言葉を口にすると、エラはまたも声を上げて笑った。
「私には、あなたたちのように言い合える姉妹がいないもの」
ふと、エラの目が悲しげな色を帯びてある一点に向けられている。その視線を辿ると、そこには、薄い桃色のドレスが脱ぎ捨てられたように置かれていた。
「あれ、エラの? なんか破れているみたいだね」
「……破られてしまったの。二人の義姉にね。亡くなったお母様から受け継いだドレスだったのに」
「なんで? そんなの酷いよ! あ、そっか。みんな、エラが舞踏会に行くことを嫌がっているんだね」
「……え? どうして、そのことを知っているの?」
「だって、そういうシーンがあったから……」
言いかけた朗の口を、読真は両手で押さえ込んだ。
「舞踏会が開かれるんでしょ? それは街中の噂だもん。知っているよ」
「そう……?」
とっさに出た読真の言い訳に小首を傾げて見せたが、エラは特に追及するつもりはないらしい。すくっと立ち上がると、
「あなたちはゆっくりしていてね」
と告げて部屋を出て行こうとする。
「エラはどこに行くの?」
読真の手を跳ねのけて尋ねる朗に、
「仕事があるのよ。お義母様たちが帰ってくる前に済ませないと」
とエラは言った。
「仕事? 家の掃除とか?」
「ええ。お掃除とお洗濯と夕食の準備もしないといけないの。それから、破られたドレスも繕わないと。それらをすべてやり遂げたら、明日の舞踏会に出てもいいって言われているのよ」
「そんなの、嘘だよ! ドレスが無事だってわかったら、また破かれるよ」
「……でも、だからといって何もしないわけにはいかないわ」
「そんなに舞踏会に出たいの?」
「ええ、もちろん! きっと、お城って、見たこともないくらい美しい世界なのでしょうね。一生に一度でいいから行ってみたいわ」
「そっか。なら、行ってきなよ」
エラが朗を見つめる。すると、朗はエラを見つめ返して言った。
「エラが家の中のことをしている間に、僕たちがドレスを直すよ」
「何言ってるんだよ、朗」
読真が横から朗の言葉を制する。
「なんだよ、アニキは嫌なの? エラが困ってるんだよ。ちょっとぐらい手伝ったっていいじゃん」
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ、なんなの? これじゃあ、エラが可哀そうだよ」
くすくすとエラが笑っている。
「トーマ、ロー。あなたたち、お裁縫は得意?」
「あ……」
エラに言われて、朗は授業以外で裁縫をやったことがなかったことに気がついた。
「だから、逆なんだよ。俺たちがドレスを直すんじゃなくて、家事を俺たちがやるんだ」
「そっか。でも、アニキ。ご飯作れる?」
「……作ったことはあるよ。カレーとか」
「『シンデレラ』の世界にカレーなんかある?」
「……夕食はあとから考えればいいだろ。まずは家の掃除からやればいい」
「ありがとう。トーマ、ロー。わからないことがあったら何でも聞いてね」
エラの笑顔に見送られながら、読真と朗は階段を下りて行った。




