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神様をさがして  作者: 高山 由宇
第3章 努力の魔法
11/52

―2―


「なんだよ!」

 苛立ちながら詰め寄ると、

「だって、アニキ……森が……」

 朗が、背後の道を指差しながら、目を大きく開けたまま口をぱくぱくさせている。読真も振り返った。そこで、朗と同じように、唖然としてしまった。

 通ってきたはずの森が、跡形もなく消えていたのだ。そこにあるのは、広い道と、目の前の屋敷と同じように、大きな庭つきの屋敷がいくつか見えるぐらいだった。

「……どういうこと?」

「……わかんないよ」

「アニキ……お腹空いた」

「俺だって空いてるよ」

「ねえ、この家の人に食べ物もらえないか聞いてみない?」

「ええ?」

「だって、こんなに大きな家だもん。きっと何かくれるって」

 そう言うなり、朗は堂々と屋敷の庭へと入って行く。

「おい、朗」

「あ、人だ! 家の人かな」

 止める読真の手を振り解き、屋敷の裏手に向かう人のあとを追う。

「あの」

 朗は、角を曲がると、躊躇うことなく声をかけた。

「待てって!」

 そこに読真もようやく追い着く。

「……だ、誰?」

 角を曲がった先には、朗よりも五歳ぐらい年上に見える女の子が木に寄りかかっていた。

「あ……ご、ごめんなさい!」

 突然謝る朗を不思議がりながら、読真は女の子を見る。そして、

「……ごめんなさい」

と読真もまた、女の子に謝った。すると女の子は、くすくすと笑いながら目元をぬぐう。真っ赤に腫れた目を隠すように両手で顔を覆いながら、

「私こそ、こんな姿を見せてごめんなさい」

と謝った。

「いえ、俺たちこそ、勝手に入っちゃって……」

「ねえ、君はこの家の人? お手伝いさん?」

「……おい!」

「だって、僕、ほんとにもう限界なんだよ。何か食べないと死んじゃう」

「お腹が空いているの?」

 読真と朗のやり取りを見ていた女の子が、少し心配そうに腰を屈めて兄弟を見つめる。

「たいしたものは出せないけれど、よかったら上がって行ってちょうだい」

 そう言って勝手口へと向かおうとする女の子。その背後には、女の子がさっきまで寄りかかって泣いていた木が立っていた。

「もしかして、これ……ハシバミの木?」

 読真が尋ねると、

「ええ、そうよ。少し前にお父様から頂いたの。お母様のお墓にお供えするものが欲しくて」

 女の子はそう答えて、足元の粗末な墓に跪いた。

「てことは、君がシンデレラ?」

 指を差しながら声高らかに言う朗。その途端、女の子はうつむき、さっと表情を曇らせてしまった。けれども、すぐに元に戻り、

「そう。私のこと、知っていたのね。そうよ。みんな、私のことをそう呼ぶの。あなたたちも呼んでくれて構わないわよ」

と言うと、こちらを振り向くこともなく、すたすたと勝手口から家の中に入って行ってしまった。

 首を傾げる朗に、

「お前なあ。あの人に謝ってこいよ」

 読真が渋い顔で詰め寄る。

「え、なんで?」

「お前、シンデレラって名前だと思ってるのか?」

「……違うの?」

「灰かぶりって意味だよ」

「え……?」

「グリム童話では『シンデレラ』、シャルル・ペロー版では『サンドリヨン』って言うけど、どっちも灰にまみれているっていう意味なんだ。あれは、意地悪な継母や義姉たちが、あの人を蔑んでつけたあだ名なんだよ」

「そ、そんなの……僕、知らないもん」

「『シンデレラ』ぐらい読んでおけよ。小学校の図書室にだってあるだろ」

「授業以外で図書室になんか行かないよ!」

「もう! いいから謝ってこい! じゃないと食べ物もらえないぞ」

 その時、ちょうどよく朗のお腹の虫が鳴った。

「ほら。俺も行くから」

 読真に促されながら、朗は勝手口の扉に手をかける。中に入ると、女の子は台所で細々と動き回っていた。

「あ、あなたたち。ちょっと待っていてね。すぐに用意するから」

 そう言うと、女の子は、本当にすぐに食卓に料理を並べてくれた。

「朝の残り物よ。これしかなくてごめんなさい」

 女の子が出してくれたのは、皿の三分の一ぐらいまでに注がれたスープと、少しばかりの野菜や果物、そして一切れのパンばかりだった。

「今はこんなものしかないの。あとはチーズがひとかけらあるけれど、これは私の小さなお友達の分なのよ」

「……ありがとう」

「よければ紹介しましょうか?」

「近くにいるの?」

「ええ。私の部屋で一緒に暮らしているわ」

 そこで、読真と朗は、それぞれ食器を持つと、女の子に連れられて階段を上った。

「ここよ」

 階段を上ってすぐの扉を開けると、わずか三畳ほどの空間があった。

 小さな窓があり、そこから白い光が射している。太陽は、もうじき真上に差しかかろうとしていた。木造の壁はひび割れ、窓は閉まっているというのに、どこからか冷たい風が入り込んできている。

「ここって、屋根裏部屋?」

 朗が尋ねると、

「そうね。でも、住んでみるとなかなかいいところなのよ」

 女の子はそう言って笑った。

「住んでるって、ここに?」

「ええ」

「こんなところ……寒くないの?」

「日が昇っているうちは大丈夫。でも、夜はさすがに寒いわね。だから、夜だけは暖炉の側で、灰を被って眠るのよ」

「ご……ごめん、なさい」

 ぎこちない感じで頭を下げる朗を、女の子は小首を傾げて見つめている。

「僕、『シンデレラ』って、君の名前かと思っていたんだ」

「え? 私が、シンデレラって名前だと思っていたの?」

「……うん」

 女の子はくすくすと笑い出した。

「シンデレラなんて、子供にそんな名前をつける人がいるかしら」

「……」

「でも、そうなのね。大丈夫よ。私、気にしてないから」

「うん……」

「私の名前はね、エラというの。あなたたちの名前も教えて?」

「僕は、朗だよ」

 朗の後ろから、

「俺は読真。俺たち、兄弟なんだ」

と読真も名乗った。


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― 新着の感想 ―
[一言] ∀・)シンデレラ編ですね!その世界観に入ってきてしまった感があってワクワクします!
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