表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様をさがして  作者: 高山 由宇
~プロローグ~ 本に食べられた兄弟
1/52

―1―

数年前に書いていた小説です。


プロローグの題名、どこかで聞いたことがあるよーな……(;^_^A


 穏やかな秋の午後だった。

 さっと吹いた風が、その優しい手で、無造作に置かれた本のページをめくっていく。

 室内はとても広くて、背の高い棚がいくつもあった。その棚のすべてに、難しそうな本がぎっしりと並べられている。

 部屋には大きな窓があった。

 普段は厳粛に閉じられており、厚手のカーテンが下ろされていて、たまに虫干しをする以外には日の目を見ることはない。

 学者で本好きの両親が、本が湿気ったり日焼けしたりすることを嫌うためだ。

 それなのに、この日は、どういうわけか一部のカーテンが上げられていた。おまけに窓も開かれ、冷たい風が室内を駆け回っている。

 そのことに最初に気がついたのは、中学校から帰宅したばかりの天月(あまつき)読真(とうま)だった。

 読真は、家に帰り着くと図書室へと急いだ。

 図書室は、庭の隅に建てられた塔の二階と三階にある。

 昨日の夜に本を読んでいたのだが、眠気に抗えずに図書室の机に置きっ放しにしてきたことを、今日一日中気にかけていたのだ。

 本好きの両親は、本を図書室から持ち出すことを禁止している。読みたければ図書室で読みなさい、と言うのだ。また、本を元の場所に戻さないということも決して許さない。読んだら、必ずその手で元の場所に戻すようにと、小さな頃から何度も言われてきたのだった。

 読真は、両親の言いつけを守っている。本は必ず図書室で読み、持ち出さない。窓を開けるのは、空気の入れ替えも兼ねた十分程度にとどめている。そして、読んだら、必ず元の場所にも戻している。

 それが、昨日に限って、つい机の上に置きっ放しにしてしまったのだ。

 今日は、両親が学会の関係で帰りが遅くなることを知り、思わず気が緩んでしまったのかもしれない。

 しかし、それにしても、どうしてカーテンが上げられ、窓が開いているのか。

 その犯人には心当たりがあった。

(ろう)!」

 読真は、くるりと踵を返すと、これでもかと言うほどの大声を張り上げた。

「朗、出てこい!」

 叫びながら庭に出た読真は、家族がおもに生活している空間である家へと向かった。

 朗とは、読真のふたつ下の弟だ。来年、中学校に上がる。

 朗の通う小学校は、この日、創立記念日だった。


 読真は、家の扉に手をかけると勢いよく開け放った。そして、開口一番、

「朗!」

 家中に響き渡るほどの大声で呼ばわった。

 反響した声が自分の耳に届く。その後、しばらくの静寂が訪れた。

 一切の動きを止め、耳をそば立てる。物音ひとつしない。

 きょろきょろと見渡してみると、リビングの扉がわずかに開いているのが見えた。

 何事にもきっちりとしている両親が、扉を開けたまま家を出ることなどありえない。躾けに厳しい両親の言いつけを守るように心がけている読真も、扉を開けっ放しにすることはないと自分では思っている。

 こんな猫のような真似をするのは、この家では朗以外に考えられなかった。

 開かれた扉からリビングをのぞく。

 朝、出かける前に見た時とはどことなく違う雰囲気が漂っていた。しかし、そこに朗の姿は見当たらない。

わずかな隙間に、そっと体を滑り込ませる。室内に入ると改めて辺りを見回した。だが、やはり誰もいない。

仕方なしに踵を返しかけた時、がたりと音がした。

 勢いよく振り返る。すると、その先には、リビングのテーブルの下に四つん這いになっている朗の姿があった。

「……朗っ!」

 追っていた獲物を見つけたとばかりに駆け出す読真。

 体をあちこちとぶつけながらも、そんなことに構うことなくテーブルの下から這い出す朗。

 読真が朗の襟首をつかむ寸前、持ち前の反射神経で頭を下げて逃れた朗は、読真がバランスを崩しているうちに立ち上がると、一目散に庭へと逃げ出した。

「……っ、待てよ!」

「待たないよ!」

 まるで風のように走り去る朗。その途中、彼はいろんな物を倒して行った。

「あいつ……」

 朗が倒した椅子を起こし、朗がぶつかって向きの変わった棚を直しながら、読真は朗の向かった先を睨みつけた。

 狭くはないが、そこまで広大でもない庭だ。隠れられるような大きな木や草むらなどはない。庭に出たら、向かう先は庭の外か、図書室のある塔ぐらいのものだ。

 門扉には鍵をかけておいた。暗証番号を入力するタイプで、朗もそれは知っているはずである。しかし、あの焦りようでは、きっとすぐには解錠できないだろう。もたついているうちに追いつけるはずだ、と読真は思った。

 庭に出て見渡してみる。門扉のところに朗の姿はない。

 と、すれば……。

 読真は、迷うことなく図書室のある塔へと向かった。


 塔の扉を開くと、すぐに階段がある。この塔は三階建てで、蔵書を置くためだけに造られたものだった。

 階段を上り、二階の図書室に入る。何も変わらないように思えたが、少しばかり室内が暗く感じられた。さっきよりも日が西に傾いたせいだろう。

 三階に向かう階段は、この二階の図書室内にある。つまり、この塔の出入り口は、読真が通ってきたひとつきりだということだ。

「まさか、本嫌いのお前がここに逃げ込むなんてな!」

 図書室を見回しながら声を張った。その声が反響して耳に届いたのち、妙な静けさに襲われる。

 物音ひとつしない。

「おい、朗! ここにいるのはわかっているんだぞ」

 反響したあと、また静けさだけが残された。

「窓を開けたのはお前だよな? カーテンも、お前だろ? 本が日焼けするし湿気るから、カーテンや窓の開けっ放しは駄目だって言われているよな!」

 ぐわんぐわんと、読真の声が響く。そして、また、しんとした静けさが漂った。

「……そうか。わかった。お前がその気なら、ずっとここにいればいいさ!」

 そう言うと、読真は踵を返して図書室を出る。そして、図書室の重い扉を閉めると、外から鍵をかけたのだ。

 かちゃり、という音が図書室内に響いた。

「……ちょっと」

 背の高い本棚の陰から、朗が顔を出す。その表情は強張っていた。

「まさか……閉じ込める気?」

 朗が扉へと向かう。その時、

「なあ、知っているか?」

 扉の向こうから楽し気な声が上がった。

「この図書室な、出るんだぞ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ