表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

ブラザーコンプレックス.5

【生徒会部】

会長…………揚羽夜 烈静(れっせい)。カリスマ的存在。

副会長………千年(ちとせ)。さわやか苦労人。

書記……………春日。

双子会計……(にれ)(きり)

【転校生とその周囲】

王道転校生…近藤 夏海(なつみ)。もじゃっとした頭をしている。声が大きい。理事長の甥。

一匹狼………大河(たいが)

美少年………揚羽夜 満散(みちる)。傲慢可愛い美少年。

巻き込まれ…田中 季沙羅(きさら)。胃が痛そう。

【モブ】

平凡1………上早眠醒(あげはやみんせい)。語り部。

平凡2………山本。腐男子。

平凡3………前田。エロゲー好き。



はぁはぁはぁ……。


その放課後、眠醒はだだっ広い寮の廊下を走っていた。

やばいやばいやばい!!


いつもなら、目立たず騒がず凡庸に生きることをモットーとしている眠醒は細心の注意を払って過ごしていた。


だがどうしたことか、授業後に夏海に捕まってしまったのだ。




………それは30分前のことだった。



「よし、今日も授業終わり!今日も部屋に戻ってまったり過ごすかな~」

「みんみーん、今日はBLCD観賞会しようよー♪とっておきの鬼畜な眼鏡のCDが入手できたんだってー!!」

「いや、それよか昨日の女皇帝の続きだろ。次は隣国のクイーン、ガブリエル様を攻略しなきゃな!!!」

「え、本気で今日は追い出すよ?」


などなどと、いつもどーりに平和(?)な会話をしている時だった。


「あ!!昨日の奴だろ!?眠々だろ!??」

サボリにさぼっていた転校生は、涙目になっている季沙羅を確保しつつ、こちらに向かってきていた。


「っ!?いや、僕の名前は山田隆と言って…って、二人ともいねぇし!!」

巻き込まれてなるものかと、山本と前田は早急に眠醒を見捨てていた。


「なぁ、おい、昨日は全然しゃべれなかったからな!お前にも生徒会の奴らを紹介してやるよ!!友達だろ??嬉しいだろ!!」

「や、俺には生徒会の人間に会うとくしゃみ鼻水咳と悪寒が止まらなくなるという持病が……って話聞いてないし!!」

「それじゃあ、行こうぜ!季沙羅!!眠々!!」

ずるずるとその怪力によって二人を否応なしに引っ張っていく。


(ごっごめんねっっ眠醒君!!)

(いや…今この場に他の目立つ連中がいないのが不幸中の幸いだよね…ふふ)

(目っ目が死んでるよ!!眠醒君!!!)


そうして連れて行かれたのは、生徒会や風紀委員などの特待生しか入ることのできない寮の最上階であった。


「書記の春日が私室に呼んでくれたんだ!!お前らも嬉しいよな!!」

「は……はは、いや、僕はもう帰りたいかな…みんみんと」

「ねー、季沙羅君と一緒に帰らないと」

「こんな場所、一般の生徒は来れないんだぜ!俺と友達で良かったな!!」

「聞いてないし…」

「いつもの事だよ……」


このままでは眠醒も自分と同じような仕打ちを受けてしまうと思った季沙羅はどうにか眠醒だけでも逃がそうとする。

……苦しい思いをするのは、僕一人で十分だ。


「うっおなかが痛い!!」

「あ!?どうした!!季沙羅!!!」

「なんだかとっても無性におなかが痛いんだ!!」

がくりっと膝をつき、腹を押さえるまねをする季沙羅。

転校生は一緒にしゃがんで心配したように頭を覗き込む。


(さあ、僕が気を引いてるうちに!!眠醒君!!逃げて!!!)

季沙羅の気持ちは伝わったが、身捨てて逃げることを躊躇する眠醒。

「みんみん、保険医の先生呼んできて…」

(そのまま、逃げて!!)

季沙羅の必死な訴えにより、眠醒は…覚悟を決める。

「わ…かった。呼んで来る…っ」


眠醒は振り返らずに走り出す。

季沙羅が与えてくれた逃げ出すチャンスをふいにすることのないように。



走った。走って走って全力を尽くして走った。

眠醒は振り返ることなく走ったが――


「そういえばどうやって一般棟に戻るの!?」


半分死んだ魚のような目でずるずると引きずられて来たために、エレベーターに乗ったようだが、どこから来たのかわからなくなっている。


遠くの方から――


「なぁ、季沙羅!もういいのか!!」

「あ、うん。なんか…大丈夫に…なったから……」

「ちっ夏海だけを呼んだのに、平凡も来るなんて…厚顔無恥も甚だしいっ」

「春日!!迎えに来てくれてサンキューな♪」

「いえ、そんな…夏海のためなら全然苦ではないですよ♪」


さっき別れた季沙羅&転校生がこちらに向かっていた。

プラス生徒会を引き連れて。


「めっちゃ気まずいよ!!ってか、せっかく田中君が逃がしてくれたのに!!なんかばったりあったら気まずいよ!!!」


どうする!?俺!!

この危機を乗り越えるカードは『気絶する』『窓から飛び降りる』『置物のまねをする』の三つしか持ち合わせていない!!


「どのカードも使えないよ!!」


現実逃避に小さく叫んでみたが、どうすることもできない。

やばいやばいやばい…っ。

焦りが眠醒の胸を焦がす。


と、その時――




「……誰だ。煩い――」

がちゃりと眠醒の近くの扉が開いた。


そこから出てきたのは――。





「……っか……かい」



会長!?



眉間にしわを寄せ、他者を睨み殺すような鋭い美貌。

勉強中だったのか、薄いフレームの眼鏡をしていた。

一瞬眠醒の姿を見て、揚羽夜烈静は息を呑む。



「なぁ、春日!こっちか!?」

「ええ、そうです。ここを曲がった最奥です」


すぐ近くの角から転校生たちの声が聞こえる。

「……っ」

眠醒があせりに身を竦ませていると……。


「来い」

ぐいっと腕を引かれ、烈静に部屋に連れ込まれる。


「あ?今声がしなかったか!?」

「……いえ?気のせいでしょう」


声が遠ざかっていく。


「………」

「………」

玄関に引き入れられた状態のまま、烈静と眠醒はすぐ近くに向き合っていた。


ど…どうしよう……。

眠醒はだらだらと汗を流し、硬直していた。


烈静は眼鏡を外し、部屋の奥に戻っていく。

ど…どうすればいいの?

でるべき…?なんか転校生たちは遠くに行ったみたいだし。

「お邪魔しまし……」

「何をやっている」


……部屋の奥から声がかかる。

えーっと、入っても、いいのかな?



そろそろと玄関で靴を脱ぎ、中に入っていく。


流石は生徒会長の部屋。

副会長との相部屋だが、一般の生徒の部屋と比べ非常に広い造りになっていた。



「わ…広い…っ」

「適当に座ってろ」

烈静のぶっきらぼうな声がかかる。

どうやら、台所で冷蔵庫を漁っているらしい。


「千年の奴、いつもは無駄なものを入れてるのに……」

「あのぉぉ…すぐ、出て行きますので…お構いなく……」

適当に…といわれ、ちょこんとソファーに座り、そわそわしている眠醒。

冷蔵庫に何もなかったのか、ペットボトルの水をドンっと眠醒の前に置く。

そして、眠醒の前の椅子に座り、長い足を組みながらじっと眠醒を眺める。


「………」

「………」

会話のない時間だけが無駄に流れていく。

(えっと…なんでこんなところにいるんだ。とか、言って貰った方が会話になって嬉しいんですけど……っ)

ちらりと眠醒は烈静を見る。


日本人にしては彫りの深い、美しく整った容姿。

美形が多いと評判のこの学園において、最も美しいと言っても過言ではない容貌だ。

そして、その美貌だけでなく、その頭脳と家柄も。

学年首位は当然のこととして、全国で行われる実力テストにおいても常に上位を取り続けていた。現在3年生だが、大学受験においてもどの大学にも受かるだろうと噂されている。

そして日本大手の企業揚羽夜グループの跡取り。英才教育を受け、幼い頃から注目されていた。

揚羽夜グループの美しき双蝶として、弟の満散と共に有名であったのだ。


ぐちゅりと胸の奥の膿が痛む。

もう、気にしていないはずなのに…もう、振り切ったはずの傷が痛む。


「おい……凡人」

烈静は、どう声をかけたものかと思案しながら…呼ぶ。

「はっはい!」

「………夕飯はまだだな?」

何を言っちゃってるんだろう、この人。

まだ、4時か5時だ。


食べているはずはない。


「まだ…ですけど」

「…………」

恐る恐る答えた眠醒をガチで無視をし、また思案し始める烈静。

放って置かれた眠醒は、どうせ山本と前田は二人して部屋で遊んでるんだろうな…とどうでもいいことを考える。


「あの生徒は……お前の知り合いか?」

また、唐突な問いが投げかけられる。しかし主語がない!!

「えーと、近藤君?…じゃなくて、もしかして……田中季沙羅君?」

「ああ、もじゃもじゃ頭がよく連れている奴」

あ、会長も転校生のことをそう思ってたんだ!と新鮮な気持ちになりながら、答える。

「田中君はクラスメートで、よく親しくしてもらってる友達です」

「………そうか」


会話終了。

もうちょっと頑張って!会長!!と声無き声をかける。


「……あの、会長。ありがとう…ございました。匿ってくれて…大変、助かりました」

ペコリと頭を下げる。

「そろそろ…大丈夫だと…思いますので、帰りま」

「凡人」

言葉を遮られる。

「は、はい」

「入学してきてから、太ったか?」

話が斜め45度後方にぶっ飛んだ。


「………はい。がっつり太りましたけど」

半目になって烈静を睨む眠醒。…人が気にしていることを!

「何キロ肥えた?」

「10キロ太りました。……今、55キロですよ」

「……そうか」

……誰のせいで太ったと思ってるんだ。


「俺は今日の夕食、ルームサービスを頼む」

「はぁ」

すごいなー、さすが特別棟。ルームサービス付きかぁ…。セレブってすごいなぁ。とぼやぼやと考える。

「食べ終わるまでは居ろ」

「はぁ…え!?」


そう宣言すると烈静は部屋の電話からルームサービスを頼み始める。

「ああ、俺だ。ルームサービスを頼む」


「季節のフレッシュサラダと冷製トマトスープと海老・蟹のパスタ…」

はぁ…会長、夜ご飯はイタリアンかぁ…。


「とミラノ風ピッツァとモッツァレラチーズたっぷりドリアとボンゴレ風生パスタに生ハムのカルパッチョ…それに…」

「ちょっ!?会長!それ、誰が食べるの!?」

「面倒だ。メニューの右から左、全部持ってこい」


なんとも恐ろしいブルジョワ風な頼み方をした烈静に、眠醒は唖然とする。

「えええ!!??会長!それ会長が食べるんですよね!?」

「ああ」

「ちょっと頼みすぎじゃないですか!!??」

「そうか?」

さも当然…な表情を浮かべる烈静。

だが、ふと不安そうな顔になり…。


「もしかして、イタリアン嫌いか?」

「…いや、俺は好きですけど…」

「ならば、問題はないだろう」


でもそれって、フルで二人食べたとしても食べきれない量ですよね。会長。




一時間後、広いダイニングのテーブルに敷き詰められる料理の量はものすごいものであった。

「か…会長ー。もう、見ただけでお腹いっぱいなんですけどー」

「頑張れ。まだあるぞ」

「え!?ちょっ自分食べますよね!?食べる気ありますよね!!??」

烈静は頬杖をつきながら、じっと眠醒を見つめている。

フォークなどを持つ気配はない。

「いいから食べろ」


眠醒はひーっっと言いながら料理を食べて行く。

「どうだ?」

「おいしい、です」

もぐもぐ…と食べて行く。美形に見つめられると食べにくい。でも、食べなければ料理の山は減っていかない。

だが、さすが金持ち学園。ルームサービスとはいえ、旨い。本当においしい。

「このドリアおいしぃー!食堂メニューにはないし、限定メニューってずるいなぁ」

「そうか?」

ひょいっと皿が持ち上げられ、烈静の口にドリアが収まっていく。

「……ああ、確かに旨いな」

それ、俺のスプーンなんですが。間接とか気になさらない方ですか。



だが、それも一時間も経つと苦行となっていた。


「……もう、無理…です。会長ー。俺食べられな…」

「まだあるぞ」

「ひぃぃぃー」

減らぬ料理。相当頑張ったが、まだ半分は残っている。

部屋に戻ろうにも『食べ終わるまでは居ろ』との言葉。

これは……涙目になる。


とその時、眠醒にとって救いとなるものが現れた。


「烈静ーただいまー。…って誰か来てる?もしかして満散君かなー……わ!?」

部屋に戻ってきたのは、烈静の同室の副会長、千年。


「わわわ、もしかしてもしかして、眠君!?」

「ちとせさぁぁーん。へるぷみぃぃー」

「わっ何々、もしかして烈静拉致っちゃった!?駄目だよ!本人の了承を得ないと!!ってか、何この料理の量!馬鹿じゃないの烈静!」

「煩い。拉致ってはいないっ」

「千年さん!素敵に不敵に常識人だよ!なんか安心したよ!!」

「わー、眠醒君可哀想に!!この非常識人と一緒って!!不安だっただろう!?何か困ったことあったらお兄ーさんに言ってみ?」

「千年さぁぁぁーん!!……この料理食べるの手伝って」

「あ、はい」


部活帰りでお腹が減っていたのか、千年はガツガツと食べていく。

「すごい!!メシアだ!!救世主だ!!!」

「お前、その細身でよく食べるな」

「逆に烈静も満散君も食べなさすぎでしょー。やー、眠君いい食べっぷりだったみたいだね!お兄ーさん嬉しいよー」

「ちとせっ、あー……副会長には負けますよー」

「役職名無しねー。お兄ーさん、他人に呼び捨てされるの大っ嫌いだけど、眠醒君ならいいからねー」

「あ……はい」

「そういえば眠醒君、体重増えた??」

「えーと、はい、そうですよー。ぶくぶく太りましたよー……」

「いいよいいよ。眠醒君はもうちょこっと太っても全然OKだよー。やー嬉しいねー。どこかの足の長いおじさんが貢ぎ物しまくったお陰かなー」

「黙れ千年」

「はい、”足長おじさん”が毎月毎月食べ切れないほどのお菓子とかカップラーメンとか送ってくださったおかげでねー…10キロ太りましたよ」

「ぶふっそっかー。それはおじさん的にはニヤニヤしちゃうだろうねー。やー、付き人としては苦労した甲斐あったかなー?そのセレブなおじさんって人はダンボールに詰め込む商品を選ぶことはしてくれても、実行買出しは他人任せだからねー。夜中にコンビニ行って一人で両手にビニール袋いっぱい下げるのって恥ずかしいんだよー?」

「うわー。すみません。千年さん」

「いやいや、全然いいんだけどねー?俺としては主人の唯一の趣味に貢献できるからねー。でも、選ぶ商品のセンスのない事といったらー!普通選ぶ?激辛おしるこラーメン!買ってて、眠君ごめんねーって思ってたよ。俺は」

「何!?普通高校生は新商品に弱いと言うだろう!」

「砂糖しょうがポテチって旨そうに見える!?せめて自分で一回食べてから贈りなよ!三ヶ月であれ生産停止になったし!!」

「だが、新商品紹介のパンフには『不思議な味が癖になる☆』と書いてあったが……」

「はっこれだから揚羽夜の坊っちゃんは!そんな広告上のデータで大切な眠君にデンジャーなものを贈ってたのかい?」

「くっ千年の癖をして!!」

「えーと、あの。俺は”足の長いお兄さん”からの贈り物、すっごくすっごく嬉しかったですよ?」


くだらない言い合いをしていた二人は、眠醒の言葉で動きを止める。

「……そ、そうか。ほれ、これも食べろ」

「や、もうお腹いっぱいですからー」

烈静の照れ隠しは逆効果であった。


「眠君、ちゃんとましなもの贈れって言っていいからね。甘やかしちゃ駄目だよ?」

「やー、あの、どなたが贈ってくれているのかはわからないですけどね。うん」

そっと目を閉じて、今までの贈りものを思い出す。


「愛されてるなって思えて、すっごく、嬉しいです」


「み…」

「眠醒君!もう、贈り主は君のことを愛しまくっちゃってるからね!君が望めばどんなことだってするだろうし、頼ってもらったら喜んで君の助けになるよ!」

「(台詞を取られた…っ千年、後で殺す)………ああ、贈り主はそう思っているだろうよ」



「お前が望めば」




お前が望めば、すべての能力を使って、守ってやる。


だが、烈静はわかっていた。眠醒がそれを望まないことを。

………自分の親衛隊が、親しくする者を制裁するという事実。

それら親衛隊を捻じ伏せてまで、隣に居たいとは望まないということを。


彼が望むのは、穏やかで平穏無事な楽しい学園生活。


それを守るためならば、どんなことでもしよう……そう、たとえ離れていたとしても。



それが……贖罪。


「もう、十分してもらっています。…今日も助けてもらいました。……本当なら、身分的にも、こうやって会う事はなかったですし」

「それは……っ」

「叔父さんに、無理を言ってでもここに通うことが出来て良かった」

「………凡人。今の…学園生活は楽しいか?」



「はい。濃い友人に囲まれていますが、毎日楽しく過ごしてます」

にっこりと花が綻ぶような笑顔を浮かべる。


「それなら、いい」

ふっと鋭い美貌を緩ませ、そっくりに笑む烈静。



(珍しい。何年ぶりだろうね。烈静がこうやって笑うの)

「さ、眠君。引き止めて悪かったね。もうそろそろ部屋帰る?」

「あ、はい。でも…この料理……」

「いいよいいよ。タッパーあるから、持って帰る?同室の子にも持って帰りなよ」

「え?いいんですか??」

「もちろんだよ。ここにあっても、烈静も俺も食べないだろうしねー。というか、眠君がここにいる自体、すっごく珍しいよね~どうしたの?」

「ああ、知り合い…まで深い付き合いでない人に…無理やり連れてこられて……」

「ああ、あのマリモ」

(まり…っ!やっぱ、千年さんも転校生のこと好きじゃないのか……)

「じゃあ、帰り方わからないよね?ここ出てすぐの所に……」

と千年は地図を描きながら、帰り方をレクチャーする。


「おい、千年。カードキー出せ」

「え、何、烈静。はい」

烈静のいきなりの言葉にも柔軟に対応する千年。付き合いが長いからこそできることだ。


「凡人、このカードキーでほとんどの場所に入れる。困ったことがあったら逃げ込め」

「ちょっ俺のカードですけど!?」

「再発行しろ」

「自分のカード渡しなよ!何様!」

「俺様だ」

「あー、えと、そのお心遣いだけで……」

「やー。もう、いいよ。そのカード、ちょこっとお金も入ってるから買い物もできるしね。お兄ーさんからのお小遣い。使っちゃっていいからね」

「あ、その…」

「俺は”揚羽夜”家に仕えるものだからね。そのうち烈静に御返しでもしてもらうよ」

「ありがとう…ございます」

「いえいえ、久しぶりに眠君と話ができて、お兄ーさん嬉しかったよ♪」

「………千年、出しゃばり過ぎだぞ貴様っ」

「うまく話ができない誰かさんの代わりに話をしてるんだよ。俺は」

「………」


「それでは、ありがとうございました」

ペコリと頭を下げ、外の様子を窺いながら、注意深く部屋を出る眠醒。

………その両手いっぱいに包みを持って。




妙にガランとした部屋に二人。

「……行っちゃったね。眠醒君」

「………ああ」

「寂しい?」

「ほざけっ」

「でも、何年ぶりだろうね…こんなに近くで話すの」

「…………5年ぶりか」

「俺なんて、7年ぶりだよ?」

「…………あいつが望んだこととはいえ……一度も呼ぶことは無かったな」

「……寂しい?」

「…………正直な。……だが、それであいつが笑っていられるのなら……」



胸の奥の痛みに、目を閉じる。














「兄と呼ばれなくてもいい」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ