風の遺跡・ゼラニウム 7
[ぐぅ…っ、うぁ、…くっ、! …あああっ!]
シルフの容赦ない攻撃が、ローデンさんたちに襲い掛かる。自分たちに向かって飛んでくるその攻撃を避け続けながら、彼らはシルフに近付く機会を伺っていた。
[許さねぇ…っ! 許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ!!]
シルフは叫ぶ。
その表情は、とても苦しそうだった。
「サンダーレイン!」
電気を帯びた無数の矢がシルフの頭上より降り注ぐ。勢いよく降ってくるそれを風の盾で防ぎ、シルフは腕を振り上げて自身の周囲に竜巻を起こした。
盾だけでは防ぎきれない矢を竜巻を使ってすべて排除し、そしてその竜巻をローデンさんたちの元へ向かわせる。それを見て、アンジェラは光の魔法を使って彼らに迫る竜巻を消滅させた。
「氷蒼斬!」
トウマくんの放った技が、シルフ目掛けて飛んでいく。それが彼の視界を少しだけ奪う事になり、その隙を見てトウマくんは一気にシルフの元へ駆け寄った。
トウマくんの剣がシルフの剣を捉え、ガキンという音が周囲に響き渡る。シルフの注意がトウマくんに注がれてるのをチャンスと見て、ローデンさんは弓を構え直して足を止めた。
「行くでヨイチ。トウマくんがシェルを押さえてる今がチャンスや」
「ローデンさん、強化します!」
「おっ。ありがとさん! アメリアちゃん!」
矢を放つ体勢を取り、ローデンさんは矢の先端をシルフに向ける。それを見て、私は魔法を唱えてローデンさんの持つ弓に力を与えた。
トウマくんとシルフの剣による戦いは若干トウマくんの方が優勢に見える。近接戦はあまり得意ではないのか、シルフは苦戦を強いられているようだった。
「はあっ!」
[っ、]
振り下ろされた剣を受け止め、シルフは歯を食い縛る。矢の先端に魔力を込めて、ローデンさんはゆっくりと目を閉じた。剣と剣が交わる音だけを聞いて、矢を放つタイミングを伺う。
ガキン。ガキン。と、ぶつかり続けるトウマくんとシルフの剣。ローデンさんは深く息を吐き、気配を辿った。そして。
「駆け抜けろヨイチ! 当たり巡れ迅雷! 神風雷撃閃!」
叫んで、矢を放つ。
放たれた矢の先端に込められた魔力は一瞬のうちに雷の糸に変化し、矢全体に巻き付いた。矢は物凄いスピードでシルフに向かって飛んでいく。
[!?]
それは見事にシルフに命中し、矢に巻き付いていた雷の糸が容赦なく彼に襲い掛かった。
身体全体に電流が流れ、シルフは痛みで更に表情を歪ませる。地面に片足を付けて、荒くなった息を吐き続けた。
[はぁ、…はぁっ、……はぁ、っ]
顔をあげて、シルフは私たちを睨み付ける。力を振り絞ってゆっくりと立ち上がり、彼は腕を頭上に掲げた。
しかしその腕はすぐに降ろされる。何故なら彼が腕を掲げた直後、シャスティアが彼を押し倒したからだ。指輪を嵌めている方の手でシルフの胸を押して、地面に仰向けに倒れさせる。彼に跨がる姿勢となり、シャスティアは口元を緩ませた。
「チェックメイトですわね、風の精霊さん? だいぶおいたが過ぎましてよ?」
[っ、…はっ、ぐ…ぁ]
[今ですシャスティア! 契約の呪文を!]
「わかっていますわ。覚悟なさってね」
指輪が眩く光を放つ。
彼らの周りには魔法陣が描かれ、シャスティアは契約の呪文を唱えた。
「精霊シルフ。我が声に応え、今こそ契約を果たせ。我が名はシャスティア!」
唱えると、光は更に強くなる。
指輪に装飾された宝石から伸びる緑色の光がシルフを包み、少しずつ苦痛に歪んだ彼の表情を和らげていった。
[は、…は、くそ、なんだってんだ、…っ]
「!」
眉をひそめて、シルフは口を開く。
その緑色の両目がシャスティアを捉え、彼は息を吐いた。
[一体どうなってる…っ? 今まで俺は何を…?]
「覚えていませんの?」
[…っ、ああ、そうか。俺は…"囚われていた"のか]
「?」
[…見たところ、君は今、俺と契約しようとしてるのか?]
「ええ。そうですわ。契約の呪文も今しがた唱えました」
[そうか。…、なら、大人しく従うしかないな。なんか迷惑掛けたっぽいし。…俺の名は精霊シルフ。君の声に応えよう。しばらくの間、君だけのためにこの力を振るう事を約束する]
そう言って、シルフは口元を緩ませて笑う。そして、光に包まれたシルフは指輪に吸い込まれてその場から消えた。
指輪を見つめて、シャスティアは肩を落とす。そんな彼女の元に私たちは近付き、声を掛けた。
[お疲れ様です、シャスティア。見事に契約を完了しましたね]
「まったく。人騒がせな精霊でしたわ」
言いながら、シャスティアは立ち上がる。
「これで、一件落着ですの?」
[はい。これにて一件落着です。みなさんよく頑張りました]
「はー。やっと終わりか。長かったなぁ」
[それではシャスティア。シルフを指輪から出してください。ワタシたちがここから出るには彼の力が必要なので]
「そうなんですの? …ですが、どうやって出せば?」
「私がリヴィスを出す時は精霊壺を二回叩いてるよ」
[シルフもその方法で出せるはずです]
「……」
シャスティアは指輪をトントンと二回叩く。すると指輪の宝石が光を放ち、シルフが私たちの前に姿を現した。
緑色を基調とした衣装を身に纏い、彼はその場に風を利用しながら浮かんでいる。今の彼に先ほどまでの雰囲気はなかった。
[どうも。呼ばれて飛び出て登場! シルフさまだぜ! …何か用なのか、主?]
「あ、」
[…? どしたん? ボーっとして? …っていうか、なんか大所帯なんだけど。こんなとこに人間が何人も居るって珍しくない?]
[シルフ]
[ん? …あ、ウンディーネちゃんじゃん。久しぶりー。何でここに居るの?]
[少々事情がありまして。そんな事より、シルフ。貴方の力を使って、ワタシたちを柱の外へ戻していただけますか?]
[外に?]
リヴィスの言葉を聞いて、シルフはぽかんとする。
簡単にここまでの経緯を話すと、彼は"なるほど"と納得して頷き、自身の目の前ポータルを生み出した。ポータルの向こうは真っ暗で何も見えない。
[ありがとうございます]
[いやいや、礼なんていいよ。ウンディーネちゃんと主のためならこんなのなんて事ないさ。それに、主たちに迷惑掛けた責任もあるし。俺で出来る事があれば何でも言ってくれていいぜ、主!]
口元を緩ませて、シルフは言う。
先ほどまでとは全然違う雰囲気に、シャスティアは眉を下げて戸惑いの表情を浮かべていた。
+
そして、私たちはポータルを通って柱の外へ出る。久しぶりの外の空気にローデンさんは喜びの声をあげた。私たちが全員柱から出ると、柱は霧のように消えていく。
外やー! という声に私たちも互いに顔を見合わせて、ホッと胸を撫で下ろした。
「ひっさびさの外の空気! めっちゃ美味い!」
「出られたのはいいですけど、ここは何処なのでしょう?」
「暗くてわからないけど、…森の中っぽいな」
「ん。ああ、そうか。トウマくんは柱の存在は知っててもそれが何処にあんのかまではわからんのか」
「ここは何処なんですか?」
「聞いて驚くなかれ。ここは」
[ここは西の国にある"風の森"と呼ばれてる所だ]
「! ちょいとシェル! なんで言うねん! わいが今言おうとしてたのに!」
「風の森?」
[その昔、この辺りには風の精霊が住んでいたと言われていたらしい。それで、風の森と名付けられたそうだ]
「それを風の精霊であるあんさんが言うのはなんか変やで」
[俺が住んでいたわけじゃないからな。たぶん俺より何代か前の風の精霊の事だろう。それも、まだ"柱"という存在が人間たちに認知されてなかった時代のな]
「へぇ」
「それはそうと、ここからどうやって学校寮まで帰ればよろしいのですの?」
「…っていうか、みんなここが西の国って事はスルーなの?」
森の名前云々の話より、そっちの方を重要視した方がいいと思う。
「帰りは心配あらへん。トウマくんのポータルで北の国までひとっ飛びや。…なぁ、トウマくん?」
「え? …ああ、まぁ」
「ん? なんや歯切れ悪いな。どしたん?」
「いや。別にポータルを出す分には問題ないと思うんですけど、さっきのシルフとの戦闘でほとんどの魔力を使ってしまったみたいで、ここから北の国にある学校までは繋げないかと」
「おっと」
「? ポータルって何ですの?」
「トウマくんが使える転送魔法みたいなものやな」
「ローデンさんも使えるじゃないですか」
「わいさっき大技撃ってしもうたから魔力スッカスカやねん。だからトウマくんに期待したのに」
うーん。と、腕を組んでローデンさんは考える。柱の中の時間と外の時間は異なる速さで回っているため、今が一体何日で何時なのかがまったくわからない。
仕方ないからこの場でみんな仲良く野宿! というのは絶対に避けたいので、とりあえずここから近くにある町を目指したいんだけれど、どの方向に町があるのかがわからないからどっちに向かって足を動かしていけばいいのか。
「ここから近くにある町って、何処や?」
[確か、港町だ]
「港町?」
[ああ。そこならわざわざ魔法を使わんでも船に乗って北の国に帰れる]
「ここから港町まではどれくらい掛かるの?」
[そうだな…。急いで行ったとしても一時間以上は掛かるだろうな]
「え!? 一時間も歩くんですの!?」
「野宿するよりはマシですよ、シャスティアさん」
「そ、それはそうですけれど…」
「…じゃあ、これで目的地は決まりか?」
「そうですね。すみません。俺の魔力が残っていれば北の国までひとっ飛びだったんですが」
「気負う必要はないでトウマくん。それ言うたら、わいやって謝らなあかんよ。"魔力全部使うてしもうてごめん"ってな」
[港町がある場所はあっちだ]
空高く飛び上がって、シルフは港町のある方向を確認する。そして私たちにどっちの方向へ行けばいいのかを教えたら、彼はシャスティアの指輪の中へ戻っていった。疲れたから少し寝るのだそうだ。
シルフが指輪に戻るのをリヴィスは止めようとしたけれど、一足遅く、声を掛けた時には彼は既に指輪の中へ入っていた。息を吐き、リヴィスは眉を下げる。
「リヴィス、シルフに何か話したかったの?」
[…ええ。ですがそれはまたの機会にします。精霊同士は繋がっているので、話す機会はこれからたっぷりありましょう]
「…貴方、妖精ではなかったんですのね」
「あ」
[騙してしまって申し訳ありません、シャスティア。あの時はまさか貴方がシェルと契約するとは思わなかったので咄嗟の嘘を]
「構いません。気にしていませんわ。それより、早いところ港町に行きません? いつまでもここに居ては夜が明けてしまいますわ」
そう言って、シャスティアは歩き始める。シルフが教えてくれた方向に足を動かして、彼女はどんどん森の奥へ進んでいった。私たちも互いに顔を見合わせて、シャスティアのあとに続いて歩き始める。
目指すは、森を抜けた先にある港町。一時間ほどで着けるってシルフは言っていたけれど、それはたぶん"迷わなかったら"って意味だ。こんな暗がりの中で迷わないようになんてのは難しい話だろうけど、まっすぐ歩いていくのを心掛けていれば大丈夫だろう。そう言い聞かせながら、私はみんなの後ろを歩いて周囲を見渡した。




