風の遺跡・ゼラニウム 6
風の精霊・シルフ。
彼は、風の魔法を得意とした精霊だった。
[風よ切り裂け!]
シルフの放つ風の魔法がローデンさんたちに襲い掛かる。次々と放たれる風の刃を避け続けながら、ローデンさんは弓を、トウマくんは剣を使い応戦していた。
黒い衣装を身に纏い、黒い風の剣を手にして戦う今のシルフの姿は私の知っているシルフとは似ても似つない。それはまるで、いつかのリヴィスのようだった。数分前、ローデンさんが張った結界を襲った竜巻は彼が放ったものだ。
[はあぁっ!]
「っ、あかん! さっきよりもスピードが上がっとる! これじゃ攻撃でけへん!」
シルフの攻撃を防ぎながら、ローデンさんは言う。
「氷蒼斬!」
トウマくんはシルフから距離を取り、剣を振り上げて氷の刃を放つ。地面に張り巡らせた氷から生み出された無数の刃がシルフに襲い掛かった。
シルフはその氷を風の盾で防ぎ、剣を振り降ろして反撃する。地面に向けて振り下ろされた剣から黒い衝撃波が生み出され、それは勢いよくトウマくん目掛けて飛んでいった。
「あはっ! いいよいいよ! いい感じに侵されてるね! その調子だよ! 精霊のお兄ちゃん!」
[…貴方、彼に何をしたのです?]
「別に何もしてないよ。僕はただ話しただけさ。そうしたらあんな風になっちゃったんだ。面白いよね!」
[まったく面白くありません。彼を元に戻す方法を教えてください]
「戻す? 何で戻すの? このままでいいじゃん。お兄ちゃん楽しそうだよ?」
[あのままではいずれ魔力が枯渇し死に至ります。そうなればこの柱は持ち主不在で消滅し、この場に居るワタシたちもどうなるかわかりません]
「そんなの僕の知ったこっちゃないよ。それはお姉ちゃんたちの問題でしょ? 僕には関係ないよ」
[貴方は]
「それじゃあ、そういうわけだから僕は帰るよ。このままお兄ちゃんたちの戦いを見ていたい気持ちだけど、いつまでもここに居ると怒られちゃうからね」
[! …待ちなさい! まだ話は!]
「じゃあ。頑張ってねー!」
満面の笑みを浮かべて、シルリフは指をパチンと鳴らす。指を鳴らすと彼の足元には魔法陣が現れた。
魔法陣から眩い光が放たれると、彼はそのままその場から立ち去ってしまう。リヴィスの制止の声は届く事はなく、彼女は眉をひそめて表情を歪ませた。
[…、]
「リヴィス」
名前を呼ぶと、リヴィスは私たちの方に顔を向ける。
その表情は、怒りに満ちていた。
[…仕方がありません。彼の事はワタシたちで何とかしましょう]
「それって、ローデンさんたちに加勢するって事?」
[はい。その通りです]
「それなら、私もその加勢に混ぜていただきますわ」
「シャスティア?」
「ローデンさまが必死で戦っているのに、それをただ黙って見ているなんてことは出来ませんわ。貴女たちをここへ招いてしまったのは他でもない私です。責任を果たさせてください。それに、あの子供にまんまとしてやられて黙っていられるほど、"シャスティア・アール"という人間は優しくありません。この内に秘めた怒りを思いっきりあの黒い服のお方にぶつけてやりますわ」
眉をひそめて、力強くシャスティアは言う。彼女の言葉を聞いて、リヴィスは口元を緩ませた。
[素晴らしいです、シャスティア。貴女の仲間入りをワタシたちは大変嬉しく思います。では、そんな貴女にワタシからささやかながらプレゼントを贈りましょう]
「プレゼント?」
[手を出してください]
「…。…何ですのこれ?」
[羽ペンのブローチです]
「ブローチ?」
[アメリアがアイシクルに渡しているのを見て、ピンときました]
リヴィスがシャスティアに渡した物、それは"羽ペンの形をした小さな銀色のブローチ"だった。そのブローチを見て、私たちは顔を見合わせる。
大きさを気にしなければ、その羽ペンブローチはただのペンとしても使えそうだった。小さすぎて使う気にはならないけれど。
[そのブローチを服の何処でもいいので付けてください。そして、そのまま貴女の得意としている魔法を彼に向けて放ってください]
「…わかりましたわ」
言われるままシャスティアはブローチを服の適当なところに付け、足元に魔法陣を描く。彼女の得意としている魔法の属性は、確か…"地"だったかな。
呪文を唱え始めると、服に付けたブローチが光を放つ。それに呼応するように魔法陣の光も一層強くなった。
「地の力よ! ロックスピナ!」
唱え終えると、ドドドドという大きな音と共に地面が揺れる。彼女の足元から生み出されたトゲが一直線に猛スピードでシルフに向かって津波のように放たれた。ローデンさんたちに集中していたシルフはトゲが迫って来ている事に気付かず、それに気付いたのは派手に吹き飛ばされて壁に激突したあとだった。シルフの身体が壁にめり込み、見るからに大ダメージを与えている。
それを見た私は目を見開いて、シャスティアの方に顔を向けた。凄まじい魔法の力にシャスティアも私以上に驚いていて唖然としている。ローデンさんたちも突然の事で吃驚していた。
[いかがですか?]
「な、なんなんですのこれは?」
[シャスティアが本来所有している魔力に少しだけワタシの魔力を注いだのです。そのブローチを付けている時に魔法を放てば、たとえどんな魔法でも強化された状態で相手に届きます]
リヴィスの言葉を聞いて、シャスティアはブローチを見る。本来の"ロックスピナ"という魔法は、あんな一直線に勢いよくトゲが出てくるものではなく、ただ単に相手の足元から一本のトゲが出るだけの超初級魔法だ。
少しの魔力を注いだだけでは、あんな風に上級クラス並みの魔法に劇的に変わるなんてのはあり得ない。羽ペンブローチ恐るべし。というか、精霊という生き物が恐るべしだよ。少しの魔力で初級が上級になるんだから。
[っ、どいつもこいつも! 俺の邪魔をするな!!]
「アメリア! シャスティア!」
トウマくんの声が聞こえる。振り向くと、シルフが此方に向かって勢いよく飛んできていた。それを見た私は咄嗟に足元に魔法陣を描き、水の盾でシルフの攻撃を防ぐ。風の刃と水の盾の力がぶつかり合い、パチパチと小さな音が聞こえた。盾がシルフの動きを封じている隙をついて、ローデンさんが矢を放つ。
しかしその矢は弾かれてしまい、シルフは舌打ちをしながらその場から離れた。歯を食い縛り、彼は私たちを睨み付ける。
[…どいつもこいつも、どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって、…許さねぇ、絶対に許さねぇ!]
口を開いて大きく叫び、シルフは自身の周囲に風の刃を無数に生み出す。そしてそれらを私たちに向けて勢いよく放った。
風の刃が次々と私たちに襲い掛かる。水の盾で防ごうとするも、刃の力が強すぎるためか盾はすぐに壊れてしまった。私とシャスティアの身体に少しずつ傷ができてくる。
「土竜蛇!」
「氷結一閃!」
ローデンさんとトウマくんが技を放つ。しかしそれはシルフには届かなかった。風の刃が多すぎて技が途中で消滅させられてしまったからだ。
リヴィスが水の結界を生み出し、どうにか風の刃を防ぐ。傷だらけになった身体を見つめ、私は眉を下げた。
「シャスティア、大丈夫?」
「…ええ。これくらい何ともありませんわ」
言いながら、シャスティアは治癒魔法で傷を治す。
私も同じく治癒魔法で傷を治していると、リヴィスに声を掛けられた。"あの時、私たちがどのようにしてリヴィスを元の姿へ戻したのか"と質問される。
「あの時?」
[水の洞窟で貴女はワタシを呪縛から解放してくれました。その時の事を質問しています。貴女たちはどのようにしてワタシを解放してくれましたか?]
「あの時…」
リヴィスに言われて、あの時…水の洞窟にて今のシルフと同じように黒い衣装を身に纏って暴走していたリヴィスの事を思い出す。あの時は確か、トウマくんの案で暴走して手に負えなかったリヴィスを精霊壺に閉じ込め、"ザ・ちからわざ"という攻撃で強制的に無理やり彼女を元の姿に戻したんだ。
それをリヴィスに伝えると、彼女は頷いて"そうでしたね"と答える。どうやら、どうやって自分が元に戻ったのかを知った上で改めて私に聞いてきたみたいだ。
「…ん? じゃあ、シルフもその方法でなら元に戻せる可能性が?」
[ゼロではないかと。ですが問題は精霊壺です。あれが今何処にあるのか]
「シルフの精霊壺って、確か指輪の形をしていたよね?」
[ええ。…? よく知っていますね。どこかでご覧になった事が?]
「えっ!? あ、えっと…、あっ、この前読んだ本にたまたま書いてあったの! 図書室で借りたやつ…!」
眉を下げて、笑いながらリヴィスの言葉に答える。前に一度見た事があるって言っても信じてはくれないだろうから苦し紛れに出た嘘で誤魔化す。
シルフの精霊壺は指輪。緑色の宝石が装飾されたとても綺麗な指輪だ。でも、そんなもの私たちは今持っていない。道中でもそれらしき物は見当たらなかった。もしかして見落としたのかも。
「うーん…」
顎に手を添えて考える。
指輪の在処、か…。
「…あの、少しよろしくて?」
[何でしょう、シャスティア?]
「あの方の"けえじ"という物はわかりませんけれど、もしかしてその指輪とはこれの事ですの?」
「?」
そう言って、シャスティアは私たちに左手の人差し指に嵌めている指輪を見せる。再会したその時から彼女の指に嵌まっていた指輪。指輪に装飾された宝石は緑色に淡く光っていた。
それを見て、私とリヴィスは目を見開く。それこそシルフの精霊壺だった。どうして気が付かなかったんだろう。…暗かったからかな。
[ナイスです、シャスティア。これがあればシェルを元の姿に戻せるでしょう]
「でも、どうやってシルフを精霊壺に? 近付くにしてもこれじゃ…」
私たちが話している間でも、風の刃は止む事なく続いている。ここからどうやってシルフに近付くか。風の刃なんて気にしないで特攻するのか、それとも他の方法を考えるか。
うーん。と、またしても私たちは悩む。するとそこでローデンさんたちがやって来た。風の刃を防ぎながらここまで走ってきた三人はリヴィスの張る結界の中に入ると同時に息を切らしてその場に座り込む。
「っ、はぁ! …はー、死ぬかと思った!」
「ローデンさま!」
「トウマくん、アンジェラ、大丈夫?」
「俺は平気。…アンジェラは?」
「はぁ、私も大丈夫です。ちょっと疲れましたけど」
見ると、三人の身体は傷だらけだった。風の刃を防ぎながらとは言っても完全に全部防げるわけではない。
治癒魔法を使って治してあげるとトウマくんたちからお礼を言われた。ローデンさんの傷はシャスティアが担当している。
[ローデン、トウマ、朗報です。シェルを元に戻す方法が見つかりました]
「え?」
「それほんまか?」
[はい。あの時のワタシのようにすれば良いのです]
「あの時?」
「…どの時?」
きょとん。と、ローデンさんとトウマくんは首を傾げる。
かくかくしかじかと話すと、思い出したのかトウマくんは納得し頷いた。ローデンさんも何となく理解したようで、難しい表情を浮かべながらもこくこくと頷く。
「なるほど。シェルを無理やり精霊壺にね…。それほんま上手く行くんか?」
[やってみなければわかりません。ですが、ローデンたちならきっとやれるとワタシは信じています]
「他人事みたいに言うてる」
「シルフを精霊壺に入れるのはいいとしても、一体だれがその役を? まさかまたアメリアが?」
[いいえ。アメリアは既にワタシと契約済みですのでそれは無理です。ですからシェルとの契約はシャスティアにやっていただこうかと]
「私がですの?」
[はい。シェルの精霊壺は貴女が持っていますので、シェルと契約するのは貴女が適任かと]
「…、」
「シャスティアさん?」
「…。わかりましたわ。責任は果たすと言いましたものね」
指輪を見つめながら、シャスティアは言う。シャスティアの言葉に口元を緩ませ、そのあとリヴィスは彼女に契約の呪文を教えた。
リヴィスがシャスティアに契約の呪文を教えている間、私たちはどうやってシルフに近付くかの作戦会議を行う。ああでもないこうでもないと話し合い、その結果、特攻組としてローデンさんとトウマくん、援護組として私とアンジェラでシルフに挑む事になった。
[これが"契約の呪文"です。覚えられましたか?]
「ええ。それはなんとか。…あとはやってみるしかありませんわ」
[頑張ってください。シャスティア。どうか彼をお願いします]
「大船に乗った気持ちで。なんて言いませんけれど、任された以上はやり遂げてみせますわ」
口元を緩ませて、シャスティアは笑う。
そして私たちは互いに顔を見合わせて力強く頷き、リヴィスの合図により"第二次 ザ・ちからわざ作戦"を開始した。




