風の遺跡・ゼラニウム 5
第三の試練を突破して、私たちは広間の奥に現れた道の先を進む。再びひたすらに長い道を歩き続けて辿り着いた場所にあった扉を開けると、そこには第一から第三の時と同じく大きな広間があった。
広間の中央にはポツンと一つだけ台座が置かれていて、私たちはその場所まで広間全体の様子を眺めながら歩き進める。風が吹いているのか少しだけ涼しかった。
「これは、」
台座には、丸い窪みがあった。
精霊文字も書かれていて、リヴィスはそれを口に出して読み始める。
["台座に証を捧げよ。さすれば我は君の前に現れる"]
「証?」
[何でしょうか、証って?]
首を傾げて、プクプと顔を見合わせる。するとシャスティアが台座の前に立ち、持っていた緑色の球を窪みに置いた。
窪みにぴったりと嵌まった球は淡い光を放ち、カタカタと震え始める。カタカタ。カタカタ。と、しばらくの間それは震え続けて私たちは少しだけその場から離れた。
[…、来ます]
「え?」
リヴィスがポツリと呟く。
何が来るのだろうか。そう思いながら頭の上に"?"を浮かべていると次の瞬間、球は震えながら宙に浮いて風を纏い始めた。その風は球を覆い隠しながら徐々に大きくなっていき、ある程度大きくなると、風は広間全体に一斉に解き放たれる。私たちはその風の勢いに押されて目を閉じた。
吹き荒れる風の中、球のある場所に目を向ける。そこには人の姿があった。風が止み、彼は台座の上に降り立つ。
[待ってたよ。お姉ちゃん]
「…?」
彼は、私たちを見つめて口元を緩ませながら話し掛けてくる。彼の顔を見て、私とシャスティアは目を見開いた。
私たちの目の前に現れたのは、あの時の、私たちが街で買い物をしていた時に出会った男の子だった。どうして彼がここに?
「貴方は、」
[ふふっ。吃驚した? ならサプライズは成功だね!]
言いながら、笑顔を浮かべて男の子は笑う。どうして君がここに居るのか。そう質問すれば、彼は"だってここが僕の家だから"と答えた。
そして彼は台座から降りて、自身の胸に手を当てながら頭を下げる。シャスティアの手を取り、そこに軽く唇を落とすと彼は自分の名前を口にした。
[改めて初めまして。僕の名前はシルリフ。風の精霊になってまだそんなに時間は経ってないけれど、君のために精一杯頑張るから、これからよろしくね]
「…何ですって?」
男の子の言葉を聞いて、シャスティアは眉をひそめる。"風の精霊"だと言った彼の表情は涼しげだった。その様子を見て、私はリヴィスの方に顔を向ける。リヴィスは、眉をひそめて男の子を見つめていた。
あの男の子が風の精霊って……。あれ? でも、私が前に会った風の精霊って確かもう少し大人じゃなかったっけ…?
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ。状況がわかりませんわ」
[ん。…ああ、そうだね。じゃあ簡単に話すよ]
眉をひそめたままのシャスティアに、男の子はここまでの経緯を彼女に話し始める。事の始まりは、柱の出現から。何年かに一度だけ世界のどこかに現れる四つの柱には、四人の精霊が住んでいた。男の子はそこから話を始めて、かくかくしかじかと重要な所だけを彼女にわかりやすく説明する。
世界に現れる四つの柱。そこに住む四人の精霊。水と風と地と炎。四人の精霊は世界を見守り、彼らは世界と共に生きていた。そして彼らは人間と契約を結び、次に眠りに付くその時まで力を蓄え続ける。
「力を?」
[眠るのにも体力と魔力が必要だからね。あと柱を維持する力も必要だし、そのために僕たちは人間と契約して、しばらくの間、力を貯めておくんだ]
「そうだったの?」
[…ええ。ワタシたちはそれを"しきたり"と呼んでいます。ちやみに、一度契約した人間とは再び契約する事は出来ません]
聞くと、リヴィスは頷いて補足を加える。
なるほど。今まで契約する理由なんて気にした事なかったけれど、そういう理由があったんだね。
[じゃあ、お姉ちゃん。早速儀式を始めようか]
「儀式?」
[うん。僕の主はお姉ちゃんって決めたからね。そのために試練を受けてもらって適正を確かめたんだ。…厳正なる審査の結果、お姉ちゃんは無事に合格。晴れて僕の主になる資格を得たんだ。嬉しいでしょ?]
口元を緩ませて、男の子は笑う。
彼の言葉を聞いてもよくわからないのか、シャスティアは眉をひそめて表情を歪める。そこでリヴィスが二人の会話に割って入り、とある疑問を口にした。
[少しよろしいですか?]
[? なに?]
[貴方は先ほど、自分が"風の精霊"だとおっしゃいましたね?]
[…うん。言ったよ。僕は風の精霊。自由自在に風を操れる四大精霊の一人だ。お姉ちゃんも知ってるでしょ?]
[貴方は、ワタシの知る風の精霊と風貌がまったく違うのですけれど、これはどういう事でしょうか? "霊交"の話は聞かされていませんが]
"霊交"とは、精霊交換の略である。詳しい事は教えてもらっていないのでわからない。
[シェルは何処へ行ったのでしょう?]
[シェル…? ああ、先代の風の精霊の事だね。それが、彼については僕にもよくわかってないんだ。突然僕の所に霊交の話が来てさ。吃驚しちゃったよ]
[…。精霊たちのルールブック、第52条には、"霊交を行う際には他の精霊…つまりワタシたちにもその旨を伝えなければならない"というものがあります。何故、ワタシたちに伝わっていないのでしょう?]
[さあ? 忘れてたんじゃない?]
[忘れていた? それはおかしな話ですね。何故ならワタシたちには]
[ああもう! うるさいなぁ! もう黙っててよ! 儀式の邪魔なんだけど!]
[これは重要な事です。それに、見たところ貴方はまだ子供のようではありませんか。知っていますか? 子供の妖精は、精霊にはなれないのです。そちらに居るプクプが良い例ですね。子供の妖精が精霊の実を食べても精霊にはなれません。絶対に]
[…何が言いたいのさ、さっきから]
[つまり、貴方は風の精霊などではない。という事です]
[……]
[風の精霊ではないとすると、貴方は一体誰なのでしょうね?]
[……、]
[ワタシがここに居て残念でしたね。アメリアたちの目は誤魔化せてもワタシの目は誤魔化せませんよ。…さぁ、正体を明かしていただきます。貴方は一体誰なのですか?]
リヴィスは言う。
風の精霊じゃないって、どういう事?
[……、]
彼女の言葉を聞いて、男の子は顔を伏せる。
そして少しの間静寂がその場を包み、次の瞬間、男の子は顔をあげて笑い始めた。
「あっははははは! ははははは! はー! あははは! さっすが! よくわかったね! あははは!」
「!」
[……]
「もうちょっとでお姉ちゃんを騙せると思ったんだけど、やっぱりそう簡単にはいかないよね!」
[……]
「僕が風の精霊だって信じ込ませるためにめっちゃ細工までしたってのに、全部パーになっちゃった」
[貴方は一体誰なんです? 本物の風の精霊は、…シェルはどうしたのですか?]
「安心しなよ。本物の風の精霊は今頃たぶん君たちの仲間と戦ってると思うから」
[戦ってる?]
口元を緩ませて、男の子は言う。その時、広間全体が大きく揺れた。大きな音と共に頭上からたくさんの瓦礫か降ってきて、私たちは慌ててその場から避難する。
しかし、そこから降ってきたのは瓦礫だけではなかった。瓦礫と共に降ってきたのは三つの人影。その人たちの姿を見て、私は目を見開く。
「いたた…。大丈夫か、二人とも?」
「はい、なんとか…」
「うぅ…」
「っ、アンジェラ! ローデンさん! トウマくん!」
「? あ、アメリアさん!」
私の声を聞いて、アンジェラたちは顔を此方に向ける。私の姿を見て、彼女たちも同じく目を見開いた。しかしそれも一瞬で、ローデンさんがすぐに頭上に顔を向けて手にしていた武器で自分たちを守る結界を張る。結界を張った直後、彼らにものすごい勢いで巨大な竜巻が襲い掛かった。
竜巻が直撃して発生した風が私たちの視界を奪う。風が止んだと同時に見えたのは、頭上からゆっくりと降りてくる一つの人影だった。それを見て、リヴィスは眉をひそめる。私たちの目の前に降りてきたのは、黒い衣装を身に纏った男の人だった。




