風の遺跡・ゼラニウム 3
「けほっ、…こほっ」
鼻にツンとくる酷い臭いで目を覚ます。目を開けると、そこは真っ暗で何も見えなかった。
どれくらい落ちてきたのだろうか。まだふわふわしている頭のまま背後にある壁に手をついて立ち上がり、光の魔法で周囲を照らす。足元が冷たい。水にでも浸かっているのか。
「…ここ、どこだろう?」
キョロキョロと辺りを見渡す。
あの大きな手は、もう居ないみたいだ。
「…っ、」
だんだんと頭が覚醒してくると、身体に感じる不調も少しずつわかってくる。肩の痛みに目を向けると、そこには小さな剣が刺さっていた。
剣を抜くと、刺さっていたところからどくどくと血が流れる。魔法で傷口を治して剣を見てみれば、それはどこにでもあるような小さな剣だった。ボタンを押したらいきなり飛んできて、危ないったらない。
「けほっ、」
それにしても、この臭いは一体何なのだろう。耐えられないってわけではないけれど、ずっとは嗅いでいたくない。そんな臭い。
早いところ上に戻る道を探して、トウマくんたちと合流しないと。今頃きっと心配しているかもしれない。
「リヴィス、プクプ」
名前を呼んで、イヤリングを二回叩く。すると、目の前にリヴィスとプクプが出てきた。呼び出した理由は、一人でこんな所を歩くのはとてつもなく怖くて嫌だからだ。
[呼ばれて来ましたー! 何か用ですかアメリアさ、…うぐっ!? 何ですか、この臭い…っ!]
[とても臭いです、アメリア]
「ちょっと、私が臭いみたいに言わないで…!」
ここまでの経緯を、かくかくしかじかとリヴィスたちに話す。かくかくしかじか。かくかくしかじか。話し終えると、リヴィスたちは快く同行を了承してくれた。
[…なるほど。事情はわかりました。そういう事でしたら、しばらくお供いたしましょう]
[アメリアさまが寂しくないように頑張って喋ります!]
「ありがとう二人とも」
やはり持つべきものは精霊と妖精。この二人が優しくて良かった。そして私は、二人をお供に真っ暗の道を光の魔法で照らしながら歩き始める。臭いがキツイので早くここから出たいところだけれど、一体どこに向かえば上に行ける道が見つかるのだろう。このまま一生見つからなかった。なんて事にならなければいいけれど、もしそうなったらどうすればいい? こんな所で暮らしていける自信ないよ、私。
幸いにもまだ出くわしてはいないからいいけれど、少なくともこの柱にも魔獣は居るだろうし、もし遭遇したら生き残れる可能性は限りなくゼロに近い。どうしよう。嫌な事ばかりが頭に浮かぶ。
「リヴィス、何か楽しい話ない?」
[楽しいお話ですか? そうですね。ワタシの知っているお話でアメリアに合うのは…]
こういう時は、気を紛らわして悪い考えを吹っ飛ばすのが一番良い。そう思った私は、前を浮かび進むリヴィスに楽しい話をリクエストした。楽しい話のレパートリーがたくさんある様子のリヴィスは、首を傾げて私に聞かせられる範囲の楽しい話を頭の中で検索する。そして彼女は口を開いて、とある一つのお話を私とプクプに聞かせてくれた。
しかし、そのお話は最後まで聞けなかった。何故なら、"魔獣に遭遇する"という悪い予想が的中したからである。
+
「はぁ、…っ、はぁ」
[ガアアアッ!]
「…っ、水の流れよ! 敵を撃て! アクアショット!」
バシャバシャと音を立てながら、振り向き様に魔法を放つ。後ろから牙を剥き出しにして追いかけてくる魔獣に水の球が勢いよく当たるが、あの魔獣にはあまり水の魔法は効かないみたいで、怯むどころかますます怒らせているようだった。
魔獣は身体をヘドロで覆い隠していて、見た目がだいぶ気持ち悪い。だから最初、それが魔獣だというのがわからなかった。リヴィスのお話を最後まで聞きたかったけれど、それはまた今度。
[ガアアア!!]
[風よ切り裂け!]
プクプが放った風の刃が魔獣に向かって飛んでいく。しかしそれも、身体を覆っているヘドロが軽く受け流してしまって、まったく効かなかった。何あの魔獣、無敵なのか。
[アメリアさま! 他にあいつに効きそうな魔法はないんですか!?]
「水も駄目。風も駄目。…あと使えるのは炎と光だけど」
[こんな狭いところで炎の魔法を放つのはオススメしません。こちらまで被害を被る危険性がありますので]
[じゃあ、あとは光の魔法ですか?]
「私の使える光の魔法はせいぜい暗いところを明るく照らす程度のものだよ。攻撃は出来ない」
[なら打つ手なしですか!?]
[…その手に持っている剣は使えませんか?]
「これ? こんなちっちゃい剣であの気持ち悪い魔獣に向かってくなんて嫌だよ!」
剣を見つめて提案してくるリヴィスに、私は全力でそれを拒否する。あんなヘドロを纏った魔獣になんて一歩たりとも近付きたくない。あれがヘドロを纏っていない状態の普通の魔獣だったなら話は違ってくるけれど。
眉をひそめて、私は他に何か良い方法はないかと模索する。しかし何も思い付かず、ただただモヤモヤとした空っぽの雲が頭の中でぐるぐると回っているだけだった。
[ガアアア!!]
[アメリアさま! どうするんですか!? このままじゃ追い詰められてしまいます!]
「そんな事言ったって…!」
何も対抗する手段がないんじゃ、どうする事も出来ない。
眉を下げて、もう一度考えてみる。
するとその時、声が聞こえた。
「炎よ燃えろ! フレイム!」
声は、背後から聞こえてきた。声と同時に魔獣の身体は炎に包まれる。炎によってヘドロはドロドロに溶かされて、魔獣本来の身体がそこであらわになった。
しかしそれは一瞬で、断末魔をあげた魔獣はその場に黒焦げになって倒れる。肉の焼け焦げた臭いと、元々している臭いが重なって、この場にはなんとも言えない異臭が漂った。
[た、助かった…?]
[そのようですね]
「……」
誰かが助けてくれた…?
眉をひそめながら、炎で焼けた魔獣を見つめる。と、そこでまたも声が聞こえた。バシャッと足元の水が跳ねる。
「まったく。だらしがないですわよ、アメリアさん!」
「っ、シャスティア!?」
声と共に現れた人物。それは、ずっと探していた人・シャスティアだった。シャスティアは腰に手を当てて、じっと私を見つめている。反対側の手には緑色に光った球が乗っかっていた。その光がシャスティアの周囲を明るく照らしている。
「シャスティア、どうしてここに?」
「それは此方の台詞ですわ。貴女、どうしてここに居るんですの? …というか後ろの、そのちっちゃいのはわかりますけれど、もう一人は誰ですの?」
[はじめまして、シャスティア。ワタシはリヴィス。訳あって、アメリアに仕えている"妖精"です]
首を傾げて眉をひそめるシャスティアに、リヴィスは言う。
自分の事を"精霊"ではなく"妖精"だと伝えたのは、面倒事を避けるためだろう。私も、正直に伝えるよりはその方が良い。
「貴女も妖精ですの? それにしては随分な背格好ですけれど…?」
[妖精族にも個体差というものがあるのですよ。プクプのように小さな者も居れば、ワタシのように大きな者も居る。貴女たち人間だって、それぞれ違うでしょう?]
「…まぁ、それはそうですわね」
リヴィスの言葉に納得したのか、シャスティアは頷く。上手く誤魔化せたようだ。
「…こほん。それで、先ほどの質問ですけれど。答えていただけますか? どうして貴女がここに居るのです?」
[シャスティアさまを探しに来たんですよ]
「私を?」
これまでの経緯を簡単に話す。
かくかくしかじか。と、かいつまんで分かりやすく話せば、シャスティアは驚いた表情を見せて、申し訳なさそうに眉を下げた。
「そうだったんですの。それはご迷惑をお掛けいたしましたわ」
「本当だよ! シャスティアが居なくなったって聞いて、私もアンジェラも凄く心配したんだから! でも、見つかって良かった。見たところ怪我もしてないみたいだし」
笑いながら言えば、シャスティアも口元を緩ませて笑う。これで、優先すべき事は片付いた。あとは、ここから抜け出してトウマくんたちと合流するだけだ。
[それで、貴女は何故この場所に?]
「私は、連れてこられたんですわ」
「連れてこられた? 誰に?」
「この指輪にです」
言って、シャスティアは左手の人差し指に嵌めている指輪を私たちに見せる。緑色の宝石が装飾された綺麗な指輪。その指輪には見覚えがあった。
「その指輪って」
「ええ。私たちが買い物に興じている最中に出会った少年から貰った物ですわ。これに導かれて、私はこの場へやって来ましたの」
[…その指輪を見せてもらっても?]
「かまいませんわ」
足を動かして、シャスティアはリヴィスのもとへ。彼女が嵌めている指輪をまじまじと見つめて、リヴィスは眉をひそめた。彼女のその反応に、私とプクプは頭の上に"?"を浮かべる。
「リヴィス? どうしたの?」
[…シャスティア。この指輪は"少年から貰った"と言いましたよね?]
「ええ。お礼だと言って貰い受けましたわ」
[…。わかりました。ありがとうございます]
お礼を言って、リヴィスは胸に手を置く。それ以降、彼女は何も喋らなくなった。シャスティアの貰った指輪に、何かあるのだろうか。




