魔法より剣がいい。
「では、これから剣チームと魔法チームに分かれて模擬戦をやってもらう。配られた紙に従って二手に分かれろー」
4限目。学校敷地内にある訓練場。
剣と魔法の授業。
担当の先生の言葉を聞いて、私たちは渡された紙に従い、剣チームと魔法チームの2つに分かれる。私が貰った紙には、魔法チームと書かれていた。魔法はあまり得意ではない。朝刊を出す事くらいなら余裕で出来るけれど、炎の術とか氷の術とかになるとからっきしだ。
「アメリアさん、こっちです」
「アンジェラ。…、とシャスティア」
「ちょっと! 人の顔を見てあからさまに嫌そうにしないでいただけます?」
魔法チームの人たちが集まっている所に行くと、アンジェラとシャスティアが居た。
名前を呼ばれて、彼女たちの元へ。
「アンジェラたちも魔法チームなんだね」
「ええ。アメリアさんと一緒のチームだなんて感激ですわ」
「私はどちらかと言うと貴女とは別々のチームになりたかったのですが、仕方ありませんわね」
はぁ。と、溜め息を吐かれる。
アンジェラとシャスティアは、私とは違って魔法を使うのは得意だ。これは入学当初に彼女たちから聞いた話だけれど、二人は幼い頃より"魔法の師"という人物から徹底的に魔法を習っていたらしい。
そのおかげもあって、今では上位魔法までは簡単に撃てるようだけれど、そこまで至るまでには地獄のような訓練に耐えなければいけないようで。その時の二人の心境は、一言で言うと「まさに煉獄!」だったそうだ。煉獄とは、地獄より遥か先にあるっていう地獄より恐ろしい場所の事。なんていうか、それを聞いて、私は背筋が凍ってしまいそうな感覚を覚えたのを覚えている。
「しかし残念ながら、アイシクル様は剣チームなのですね」
「?」
頬に手を添えて、アンジェラが言う。
剣チームの方を見ると、確かにそこにはアイシクルが居た。わらわらとクラスメイトに囲まれている。人気者だなー。
「アイシクル様はあっちのチームかぁ。ちょっとガッカリ」
「先生に頼んでチーム変えて貰おうかな?」
「あっちに居る方たちが羨ましいわ」
女の子たちが悔しがっている。
そして、数分の作戦会議の後、剣チームと魔法チームによる模擬戦が始まった。
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「…そこまで! 勝者アイシクル、ローデン組!」
ワーッ! と、クラスメイトたちの声が訓練場内に響く。模擬戦は、二人一組同士で行われていた。
構えていた剣を鞘に収めて、アイシクルは軽く息を吐く。隣にはローデンさんも居て、彼は剣先を足元に向けてケラケラと笑っていた。
「なんや。もう終わりかいな。呆気ないのぉ」
「くっ、…やっぱり学年最高成績には敵わないか」
「アイシクル様には勝てないってのはわかってたけど、なんなのあの人? あの人も馬鹿強すぎ…っ!」
「…ってか、あれ誰だよ!?」
地面に座り込んだ同じ魔法チームのクラスメイトたちは、二人の顔を見て口を開く。
「それにしても強いなぁ、アイシクルくん。その剣さばき何処で覚えたん?」
「…貴族の嗜みってヤツです。そういうローデンさんこそ、その剣さばきは何処で? 見た事ない構えだったけど、我流ですか?」
「ふふん。それは秘密や」
なんですかそれ。と、アイシクルは再び息を吐く。
とぼとぼとしょんぼりしながらクラスメイトたちが戻ってきて、次の試合、私とシャスティアの番がやってきた
……というか、何でローデンさんはしれっと参加してるのか。
「アメリアさん。貴女は後ろに下がっていてくださいませ。どうせ貴女はろくに炎の術も扱えないのですから、そこで指を咥えて私の華麗な術に惚れてなさいな」
言いながら、私の前に出るシャスティア。
うん。わかってる。わかってるんだけれど、言い方が若干腹立つ。
「剣チーム。マクレーン、グエン組。魔法チーム。アメリア、シャスティア組。…、始め!」
「では、先制攻撃で一発かましてさしあげますわ!」
先生の合図を聞いてすぐ、シャスティアは足元に魔法陣を描き、炎の球を放つ。
剣チームのクラスメイトたちは互いに剣を構えて、それぞれに向かってくる炎の球を素早く弾きとばした。
「あら。なかなかやりますわね。まぁ、これくらいは凌いでいただかないと、私には到底敵いませんからね。せいぜい足掻いてみなさいな」
「…っ。相変わらずムカつく女だな、あいつ」
「でも、もう一人はアメリアだから俺たちに勝ち目はあるぞ。マクレーン」
「言われてますわよ、アメリアさん?」
「ぬぬぬ。……剣さえ使えれば」
眉をひそめて、剣チームのクラスメイトたちを睨み付ける。魔法はあまり得意ではないけれど、剣ならば少しばかり心得があるので扱えない事もない。
チームが逆だったのなら、今頃彼らはボッコボコだ。たぶん。
「行くぞ、グエン! おれたちのチームワークをあの女どもに見せてやろう!」
「おうよ!」
クラスメイトたちが走ってくる。
振り下ろしてくる剣を避けながら、シャスティアは炎の術を放ち続けた。私はというと、彼らの戦いを見ながら、どうにかしてシャスティアの力にならなければと思い、何か出来る事はないかと頭を働かせる。とりあえず、私も術を放った方がいいのかな。
「えっと、……いつものように、落ち着いて」
目を閉じて、足元に魔法陣を描く。頭の中にどんな魔法を撃ちたいかのイメージを思い浮かべて、息を吐きながら精神を集中させる。
炎の術、風の術、水の術、地の術。この中で私がかろうじて出来るのは水の術だ。水。流れる水。冷たく流れる水。
「……………」
魔法陣から淡く光が放たれ、そこから水が生まれる。少しずつ集まって、浮かび上がったのは小さな水の球。ビー玉くらいの小さな球だ。
ゆっくりと目を開いて、それを見る。水の球は、パチンとその場で弾けてしまった。水滴が顔にかかる。ーーごめん。失敗した。
「アメリアさん! 何をやっていますの!? やるならせめて成功してくださいまし!!」
シャスティアの怒鳴り声が聞こえる。
眉を下げて、私はポケットからハンカチを取り出して濡れた顔を拭いた。本当に申し訳ない。球は生み出せるんだよ。そこまでは出来るんだよ。でも、撃てないんだよ。
…その時、コトンと音を立てて何かが落ちる。見ると、それは腕輪だった。今朝、ローデンさんと出会った時に拾った腕輪。ポケットに入れていたのをすっかり忘れていた。
「…………」
腕輪を拾おうと手を伸ばす。
離れた所では、クラスメイトたちとシャスティアが激しい戦いを繰り広げていた。お相手さんは私の事なんて眼中にないらしい。
「…!」
拾った瞬間、ピカッと腕輪に付いた宝石が光った。少しだけだけれど、その光が眩しくて私は反射的に目を閉じる。
「……ん?」
微かに、ゴゴゴ。という音が聞こえる。
音は次第に大きくなっていって、クラスメイトたちもその音に気付いたのか、ざわざわと騒ぎ始めた。
「…なんだ、この音?」
「飛行機の音じゃね?」
「ばっか。飛行機こんな音しねぇだろ」
宝石が再び光る。点滅しているのか、宝石は光ったり光らなかったりしていた。
クラスメイトたちとシャスティアの戦いも止まる。すると。
「っ、……!?」
ドォン、と大きな音を立てて、私の目の前に突然巨大な柱が降ってきた。
鼓膜が破れるんじゃないかという音と共に降ってきたその柱は、土煙をあげてその存在を主張する。
「…こ、こわ」
土煙が収まり、私は目の前にそびえ立つ柱を見上げた。
結構近めの距離に降ってこられたものだから、今ちょっと心臓が止まりそうです。
「アメリア!」
私の名前を呼んで、アイシクルとローデンさんが近付いてくる。
「うっわ。近くで見るとでっかいのー」
「怪我はないか?」
「う、うん。……平気」
クラスメイトたちは、先生の指示に従って訓練場の外に避難していた。
「アメリアたちも早くこっちへ!」
先生の声が聞こえる。
「どっから来たんや、これ?」
「見たところ、ただの柱っぽいけど…」
「……」
柱を見つめて、私たちは首を傾げる。
見た事のある柱だ。何処で見たかははっきりと覚えている。リィドさんの家が爆発した時に現れたあの柱だ。あの時に見た柱よりも高さはないけれど、たぶん同じものだと思う。
「………!」
腕輪が、空中に浮かぶ。
くるくると回転し、宝石が更に眩い光を放つ。同時に私たちの足元には魔法陣が現れた。
「な、何…!?」
「これは…、は!? 転送法陣!? あかん! 今すぐ離れ…っ!」
言い終わるより先に魔法陣からは青白い光が放たれる。光は私たちを包み込み、空高くまで伸びていった。
そして、そのまま私たちは訓練場から姿を消した。