水の洞窟・睡蓮 その後
柱の外に出ると、空は青く明るかった。太陽の眩しさで少しだけ目を閉じる。どうやらあれからだいぶ時間が経ったようだ。
最後に私がポータルから出て地面に足を付けると、柱は霧のようにその場から消えていく。
「柱が消えた?」
「ウンディーネが精霊壺に入ったからじゃないかな。精霊不在の柱は完全な無法地帯になるから、防衛のために存在ごと消し去るんだよ」
「さすがトウマくんやね。よく勉強しとる」
話していると、ローデンさんが近付いてきた。
ローデンさんを見ると、黒ゴマは"メェ~"と鳴き声をあげて彼に近付く。
[メェ~]
「お。黒ゴマも元気そうやな。まったく、行動派な動物ほど厄介なもんはないで」
頭に手を置いて、ポンポンと軽く叩く。
今何時だとトウマくんが聞くと、ローデンさんは端末を見つめて"七時三分前"だと答えた。
「七時って、朝のですか?」
「お空見てみい。夜なわけないやろ」
「柱の中とこっちとじゃ時間の進みが違うんだよ。俺たちが柱の中に居た時間は、だいたい一時間半くらいだろ? でも、こっちの時間ではだいぶ時間が経ってるから朝になってるってわけ」
「証拠なんて提示せんでも、お空見れば一目瞭然やね。…それよりもトウマくん。ようウンディーネを説得したな。どうしたん?」
「ああ、はい。実は…」
かくかくしかじか。
トウマくんは柱の中でリヴィスに話したことをローデンさんにも伝える。
トウマくんが話していくたび、ローデンさんは驚いたり眉をひそめたり叫んだりと様々なリアクションを繰り返し、最終的には"どういう感情になったらそんな表情になるのか"と思うような不思議な表情を浮かべて彼の話を聞いていた。話し終えると、ローデンさんは腕を組んで"ふむふむ"と頷く。
「なるほどなぁ。そんなことがあったんか。…んで、ウンディーネは今?」
「今は、アメリアに渡した精霊壺の中に居ます。急だったので、契約者がアメリアってことになってしまいましたが、問題はないかと」
「うーん。そうやなぁ。まぁ、アメリアちゃんは一度ウンディーネと契約しとるからな。トウマくんの判断は正解やったで」
トウマくんの肩を叩く。口元を緩ませて笑うローデンさんを見て彼も笑い、腕に嵌めていた腕輪を外した。
腕輪にくっついていたブローチを手に取って、腕輪を黒ゴマのツノに戻す。
「ありがとう黒ゴマ。おかげで助かった」
[メェ~]
「アメリア、これ返すよ。結構汚れちゃったけど…」
「ううん。大丈夫。磨けばいいだけだから」
トウマくんからブローチを受け取る。
ブローチは、だいぶ汚れていた。
このままじゃ、まだアイシクルには渡せないな。
「それ、大切なものって言ってたけど、アイシクルから貰ったのか?」
「え? あ、ううん。これはアイシクルから貰ったんじゃなくて、…アイシクルにあげるものなんだよ。誕生日プレゼントとして」
「誕生日、…。ああ。だからあんな必死だったのか。なるほど」
「でも、これだいぶ汚れちゃってるからまだあげられないけどね」
「結構カッコいいデザインしてるよな、それ」
「この間、雑貨屋に行ったら見つけたの。アイシクルに似合いそうだなって思って」
「いい趣味してる。きっと喜ぶと思うよ」
「…だといいな。ありがとう、トウマくん」
そこで、学校のベルが周辺に鳴り響く。ローデンさん曰く、これは登校のベルなんだそうだ。登校のベルなんてのもあるんだ。知らなかった。ベルが鳴ると同時に、どこからともなく音が聞こえてくる。何だろうと思いながら音が聞こえる方に顔を向けると、遠くの方から何かが物凄い速さで近付いてきていた。
その何かがアンディくんであるとわかった時には、既に彼は私たちの横を通り過ぎていて、門の前でピタリと止まっていた。
[ピピピ。ピピピ。門解放。門解放。これより、生徒の登校確認を行います。ピピピ。今日は誰が一番最初に来るかなー?]
アンディくんの言葉に反応して、門が開く。それを見て、ローデンさんは腰に手を当てて息を吐いた。
「そんじゃ、一旦これにて解散やな。トウマくん、今日は授業に出るんか?」
「? …ああ、はい。…どうしよう。やること山積みなんだけどな」
「たまには授業にも出んとあかんで。世界情勢もちゃんと学ばんと阿保になってまうよ?」
「……。そうですね。わかりました。じゃあ、今日は出ます」
「よし、決まりや。なら早速アンディくんとこで登校認証してき」
ローデンさんに背中を押され、トウマくんはアンディくんのところへ向かう。そして彼は"やりかけの仕事が残ってるから戻る"と言って、私たちから離れていった。
気が付くと黒ゴマも居なくなっていて、その場には私とアイシクルだけが残る。
「俺たちも登校認証しないとな」
「うん。でもその前に…」
ブローチをポケットにしまって、スカートを掴む。スカートは汚れていた。スカートだけじゃなくて、服が全体的に汚れている。
「お風呂には入れないまでも、せめて着替えたいかな。結構汚れが目立ってるし」
このままの状態で授業を受けるとなると、あとでシャスティアになんて言われるか。
"仮にも淑女で貴族ともあろう御方がそんな汚れた格好で学校なんて来ないでくださいませ! 汚らわしい!"って、血相を変えて怒鳴ってきそう。
[それならご安心くださいませ]
「?」
「…リヴィス?」
[おはようございます、アメリア。服装の件でしたらワタシにお任せを]
「え?」
[ワタシの水の力を使えば、服に付いた汚れなど一発で除去できます。少しじっとしていてください]
「?」
うーん。と、眉をひそめて悩んでいると、リヴィスがイヤリングの中から出てきた。水の力を使えばって、どうするのだろうか。
首を傾げて見ていると、彼女は手をかざして私の足元に魔法陣を描く。すると魔法陣から少しずつ水が溢れてきて、ゆっくりと私の身体を足の先から頭のてっぺんまですっぽりと包み込んだ。息は出来るみたい。
「何してるんだ?」
[浄化です。…わかりやすく言えば、人間洗濯機でしょうか]
「洗濯機!?」
リヴィスの言葉に目を見開く。
洗濯機って事は、今から私この中でぐるぐる回されるのだろうか。想像しただけで恐ろしいんだけれど。
[それでは、いきます]
「えっ、ちょっと待ってリヴィス! まだ心の準備が…!」
私の制止も聞かず、リヴィスはくるりと手を回す。ぐるぐる回されるのだけは勘弁と、私は目をぎゅっと閉じた。しかし、いくら待っても自分の身体には何も変化は起こらず、恐る恐る目を開けてみると、ぐるぐると回っているのは私を包んでいる水の方だった。
ぐるぐると回る水から飛んでくる飛沫が次々と服に付着していく。水に濡れるわけだから服の色が濃くなっていくのは当たり前で、しばらくすると私の服はびっしょりと水浸しになった。それは服だけではなくて、顔も頭も手足も。全部。
[仕上げです、アメリア。息を止めていてください]
「え?」
仕上げ。そう言って、リヴィスは再び手を回す。次は何が起こるのかと期待と不安が入り雑じった感情で私は彼女を見つめた。すると、ぐるぐると回る水がピタリと動きを止める。頭に"?"を浮かべながらそれを見ていると、次の瞬間、その水が一気に弾け飛んだ。私に向かって。前から後ろから。全部。
ばしゃんと一気に水が降りかかって、私は再び目をぎゅっと閉じる。ほんの一瞬の出来事だった。
[これで処置は終了です。綺麗ですよ、アメリア。汚れもすっかり落ちています]
「……」
びっしょりと濡れた身体を見つめて、服を掴む。確かに目で見る分には汚れは落ちているのかもしれないけれど…。
[乾かすのは専門外ですので、ご自身でどうぞ]
「でしょうね」
魔法陣を描いて、風の魔法で身体全体を乾かす。綺麗さっぱり。とは言わないまでも、これでなんとかシャスティアに怒られないで済みそうだ。
「その場しのぎ感が凄いな」
[貴方もやってみますか?]
「…いや。俺は遠慮しとく」
眉を下げて、アイシクルは言う。
お礼を言うと、リヴィスは頭を下げてイヤリングの中へと戻っていった。
「くしゅっ」
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫。あとで火にでもあたるよ」
門前には生徒が数人ぽつぽつと歩いてきている。アンディくんがせっせと生徒たちの登校認証を行っていた。
それを見て、私たちも登校認証をしてもらおうと顔を見合わせて歩き出す。その日の夜、ちょっとだけ風邪を引いてしまったけれど、それは彼には秘密にしておこう。




