巨大樹の上から
これは、遠い遠い未来の話。
この世界の中心に聳え立つ巨大樹。その巨大樹の頂上には不老不死の王が住んでいた。
王の傍には五人の従者が居た。
彼らの名前は、X、A、D、Z、Y。この五人も王と同じ不老不死であった。
王は今日も巨大樹の頂上から世界を見る。巨大樹の周りには大陸など存在せず、見渡す限り目に映るのは水色ばかりであった。
あれから四百年余り。彼はこの世界の在り方をずっと見てきた。この世界が変わっていくのは、この世界にとって当たり前の事。長く生きている彼には世界の変化など生きていく上でそれほど問題にはならなかった。
王は、この先にある"平和"を望んでいた。この世界の行き着く先の"平和"を望んでいた。
王は、望んでいた。
この世界から『 』がすべて無くなるように、望んでいた。
+
[ぐぎゃあ!!]
巨大樹の内部には人々が住む居住エリアと魔獣が蔓延る危険エリアの二つのエリアが存在する。危険エリアと居住エリアの間には結界が張られていて、人々はその結界を目印に危険エリアには足を踏み入れないように気を付けていた。
「はい、これで終わり!」
襲い掛かる魔獣を切り裂き、王の従者の一人・Zは声をあげる。武器に付着した血液を振り払い、彼は自身の周りに倒れている魔物の群れを見つめた。
今日は何匹倒したのだろうか。周りにいる魔獣の数だけでは把握出来ない。Zは足元で死んでいる魔獣を踏みつけて軽く転がす。魔獣から溢れる紫色の血が地面に吸い込まれて本来の色からだいぶ毒々しい色になっていた。
「Zさん」
そこに、彼の仲間でもある従者の一人が近付いてくる。声に気付いて振り向くと、Zは口元を緩ませて彼に向けて片手をあげた。見ると、彼の身体には魔獣の血が至るところに付着している。
「よお。おつかれさん」
「うわ、ここもこんなに魔獣が居たんですね。…大丈夫でしたか?」
「こんなん余裕のよっちゃんよ。そっちは大丈夫だったん? 凄い血だらけやけど」
「はい。これは返り血なので大丈夫です。不意打ちで襲ってきた時はどうしようかと思いましたけど」
眉を下げて、"ははは"と仲間の従者・Yは笑う。すると今度はYが歩いてきた反対の方向から同じく従者の仲間が三人やって来た。
Xと、Aと、D。彼らも魔獣退治を終えたところだった。
「Z、Y」
「ん。よお、お三方も終わったん?」
「ああ。滞りなくね」
「おつかれさん」
「そっちも片付いたみたいだな」
「Y。血だらけだけど、大丈夫?」
「はい。これは返り血なので」
「そう。良かった」
まずは互いに労いの言葉を掛ける。
"魔獣退治お疲れ様"と笑い合い、そして彼らは居住エリアへ向かうため足を動かした。居住エリアは、彼らが今いる場所からだいぶ下の方ある。
+
しばらく歩き続け、ようやくZたちは結界のある場所に辿り着いた。結界を通り抜けるにはそれを守る二体の土人形に"通行証"を見せなければならない。
しかし、土人形を造ったのは彼らであるから通行証などなくても土人形に"ここ通ります"と言えば結界は通れてしまうのだ。俗に言う"顔パス"である。土人形の守る結界を通り抜けてしまえば、そこはもう安全地帯。Zは両腕を伸ばして背筋を伸ばした。
「はあぁ。ようやく休めるっ!」
「Y、今何時?」
「ちょっと待ってください。…えと、夕方の、四時くらいですかね」
「お! ちょうどええ時間やないの! じゃあ夕飯ついでに酒場でパーッと乾杯しようや!」
「それは居住エリアの見廻りが終わってからな。…ん? D、何を見てるんだ?」
「あれを見ろ」
わいわいと一人盛り上がるZに、仲間たちは口元を緩ませる。そんな中、Dは彼らとは別の方向に顔を向けていた。
首を傾げて、どうしたのかとAが聞いてみると、彼は腕を伸ばしてとある一点を指差す。Dの言葉にAは彼が指を差している方に顔を向けた。そこには土壁があった。
「壁? 壁がどうかしたのか?」
「…誰かが登っている」
「え?」
言って、Dは走り出す。
突然走り出したDを見て、Aは吃驚しながらも彼を追い掛けた。そんな彼らを見て、Zたちは顔を見合わせる。
「うう、っ、……もう、ちょっと…っ!」
Dが指差した場所には、一人の女性の姿があった。両腕と両足を少しずつゆっくりと動かして、落ちないようにしながら注意深く土壁を登っている。
女性が見ている方向には、一輪の花があった。彼女はその花を目指してまっすぐ進んでいる。彼女はDたちの知り合いの女性だった。DとAは土壁のある場所へ辿り着くと、上に居る彼女を見つめる。
「っ、あれは!」
女性を見て、Aは目を見開く。
慌てて声を掛ければ、彼女はその声に気付いて彼らの方へ顔を向けた。
「あ、Aさん! Dさんも! こんばんは!」
「何やってるのそんなところで! 危ないから降りてきて!」
「大丈夫です! あともうちょっとで…、きゃ!?」
「「!」」
Aたちの方に顔を向けているからか、元々バランスが悪かったのか、女性は足を踏み外してその場から落ちそうになる。
Aはそれを見て目を見開き、なんとかして助けないとと思った。すると次の瞬間、隣に居たDが勢いよく飛び出し、風の魔法で女性の身体を支える。ふわりとした感覚が彼女を捉え、Dはそのまま彼女を抱き抱えた。
「っ、…でぃ、Dさん!?」
「無茶しすぎだ。このまま降りるぞ」
女性を抱えて、DはAのもとまで降りてくる。地面に足を付けて女性はホッと息を吐いた。Aも彼女と同じ気持ちである。
「D! A!」
そこに、Zたちがやって来た。
どうして土壁なんかに登っていたのか。事情を聞くと、女性は"どうしても花が欲しかった"と言った。
「花?」
「はい。…ほら、あそこに咲いているでしょう? あれが欲しかったんです」
指を差す。
女性が指差した方向には確かに花があった。一輪だけの小さな白い花。土壁からひょっこりと伸びたその小さな花は微かに風に揺れていた。
「そんなくだらんもののためにあんな危険な事を?」
「くだらなくなんかありません! あれは滅多に手に入らない貴重な花なんです! 見つけたらなんとしても手に入れたいじゃないですか!」
「……」
「だからって壁登る? 普通誰か呼ぶでしょ?」
「人を呼んでいる間に誰かに取られてしまうかもしれないじゃないですか」
「…あの花は大丈夫だと思うけど。それに、君は今大事な時期だろ。こんな危ない事をして、もし何かあったらどうするんだ?」
「ご心配なく。鍛えてますから」
「そういう問題じゃない」
女性の言葉に、Aは溜め息を吐く。とりあえず迎えに来てもらおうと、彼は手首に巻いている端末を操作して彼女の身内に連絡を取った。
数分待ったのち、Aたちのもとへ一人の男性が慌てた様子でやって来る。端末にて連絡を取った際に事情は説明しているため、彼は荒くなった呼吸をそのままに女性の肩に手を置いて口を開いた。
「お前、…何やってるんだよこんなとこで!」
「……」
女性は、Aたちを見る。
その表情は"どうして連絡なんてしたんだ"と訴えかけているようだった。
「…すみませんでした。迷惑かけて」
「いや。気にしないでくれ。これも任務だから」
「…あなた、仕事は?」
「抜けてきた。事情聞いて寿命縮んだぞ。何考えてるんだ」
「珍しい花が咲いてたんだもの。取りに行くしかないじゃない」
「だからって普通自力で行くか? 誰か呼べよ」
「呼んでる間に無くなってるかもしれないでしょ? それに私、自分で出来る事は自分でやる主義だし」
「……」
女性の言葉に溜め息を吐く。
そして男性は彼女の手を引き、Aたちに頭を下げて離れていった。花を置いてはいけないと嘆く彼女に眉を下げて、Aは土壁に咲く花を見つめる。
「あの花、何かあるのかな?」
「?」
「いや。…確かにあの花はこの辺だとあまり見かけない種だけど、そんな理由だけで危険を承知でここ登るかなって」
「どうしても欲しかったんじゃないの?」
「…うーん」
「気になるのなら、取ってみればいい」
言って、Dは再び風の魔法を使って飛び上がり、土壁に咲く花を手にする。
Dが手にした白い花を、ZとYは見つめた。
「綺麗な花ですね」
「これ、なんていう花なんや?」
「いや、名前まではちょっと。調べてみないと」
「なら、私が調べてみるよ」
「Xが?」
「うん。私、花好きだし。ちょうどこの前、王様から植物図鑑貰ったばかりだからすぐに調べられるよ」
「植物図鑑?」
「いつの間にそんなものを…」
XはDから花を受け取る。落としてしまわないようにしっかりと保管をして、Xは嬉しそうに口元を緩ませた。
その時、Aたちの端末が一斉に音を鳴らす。それは、王からの呼び出しだった。
『みんな。すぐに戻ってきてくれ。…"彼ら"がやって来た』
+
「…タマから連絡が来た。彼らがもうすぐここへ到着するそうだ」
王のもとへ戻ってくると、王は言った。
その言葉を聞いて、Aたちは互いに顔を見合わせて眉をひそめる。
「彼らって、前に王様が言ってた?」
首を傾げるZに、王は頷く。
「この巨大樹に巣くっている災厄を消す力を持つ二人の救世主。…そいつらは何者なんです?」
「そこまではわからない。だが、タマの報告では"彼らには確かに力がある"と」
「タマの報告ねぇ。…いまいち信用ならんのやけど」
「たまに適当だからね、タマは」
「そこで、君たちに新しい任務だ。居住エリアで彼らを出迎え、ここへ連れてきて欲しい」
「…奴らの特徴は?」
「一人は背が高くて、もう一人は大きな盾を背負っている。タマも居るから見ればすぐにわかるよ」
「ここに連れてきて、そのあとはどうするんです?」
「巨大樹の中心へ連れていく。"災厄"と聞いて思い当たるのは、今のところあそこしかないからね」
「…彼らの名前は?」
「うん。……彼らの名前は…」
王は言う。
そしてAたちは、王に跪いて胸に手を添える。王に絶対の忠誠と信頼の言葉を同時に口にして、そのあと彼らは踵を返した。
これは、遠い遠い未来の話。
これはあくまで、遠い遠い未来の可能性の話だ。
このあと彼らがどんな運命を辿るのかは、まだ誰も知らない。




