勝つ方法は?
「……酷い目に遭った」
"もう少しだけ湯に浸かっている"と言った師匠たちを残して、私は温泉を出て脱衣場の暖簾をくぐりロビーへと移動してきた。
そこにある一人用の布製ソファに座り、背もたれに背中を預けながら深く項垂れる。お湯に浸かりすぎたのか頭がボーッとしていて身体もだいぶ火照っていた。逆上せてしまったのかもしれない。
「師匠たちお湯かけすぎだよ。額が熱い」
火傷の痕がある額に触れて、息を吐く。いくらあの温泉のお湯が火傷に効くからと言っても、かけすぎるのはよくない。おかげでちょっとだけヒリヒリしていた。
「……」
後頭部を背もたれの頂点に置いて天井を見つめる。考えるのは、アイシクルの事と、あと数十日後に行われるトールさんとの最終試練の事。
アイシクルの件はあとでも考えられるからいいとして、問題は最終試練。最終試練で一番に考えるべきは、いかにしてトールさんに勝とうかという事だ。
「…ほんと、どうすればいいんだろう」
天井の木目をじっと見つめて、目を閉じて溜め息。トールさんは強い。それは、これまでの修行と剣聖武闘大会でのあの凄すぎる活躍を見ていたら痛いほどよくわかる。剣の実力も魔法の実力もトールさんは私よりも遥かに上回っていて、私には到底出来ないような事でも難なくこなす超人みたいな人だ。そんな人に私はこれから挑もうとしている。不安でしかない。もし出来る事ならば今から逃げ出して行方不明になりたい気分だ。
はぁ。と、再び溜め息を吐く。だからアイシクルに頼んで模擬戦闘を行ったわけだけれど、結果は見ての通り。満身創痍で全身ボロボロになっても頑張ろうとしたけれど、結局はゲームオーバーになってしまった。
「うーん…」
ほんとにどうしようかと頭を抱えて悩み続ける。すると、そこで声が聞こえた。深く項垂れた身体はそのままに声の方へ顔を向ける。布製ソファの背後。顔を向けるとそこに居たのはスイさんだった。スイさんは首を傾げて、ソファに座っている私を見ている。
「こんな所で何してるの?」
「あ、スイさん。こんばんは。…スイさんもどうですか?」
結構リラックス出来ますよ。そう言って、私は笑う。スイさんはそれを聞いて軽く頷き、隣にあるもう一つの一人用布製ソファに腰を降ろした。
姿勢を正してよく見てみると、彼は宿の人が用意してくれた"浴衣"という衣装を着用している。私も今は浴衣を着用しているけれど、どうやら男の人と女の人で色が違うらしい。
「スイさん、それ似合ってますね」
「温泉から出たら用意されてた。アメリアも似合ってるね」
「ありがとうございます」
口元を緩ませて笑う。フードを被っていない状態のスイさんを見るのは初めてだった。温泉から出たばかりなのか灰色の髪が少しだけ濡れている。
「コロタマは一緒じゃないんですね」
「コロタマは温泉には入れないからね。錆びちゃうし」
「…今、コロタマは?」
「宿の中を探索してる。地図を作るんだって」
「地図?」
「迷子になるからって」
「迷子? コロタマが?」
「いや、俺が。…俺、道とか覚えるの苦手みたいでさ。それを見かねてコロタマが地図を作ってくれるんだ」
淡々とした口調でスイさんは言う。
一人で宿を探索して歩いているコロタマを想像してみると、少しだけほっこり。
「…そういえば、アイシクルに聞いたんだけど」
「?」
「アメリア。上位貴族の人と戦ったんだってね」
「え?」
スイさんの言葉にきょとんとする。
上位貴族。と、聞いて最初に思い当たるのは、いつぞやに起きた上位貴族女子との模擬戦闘。魔法剣と魔法剣で互いにぶつかり合い、辛くも私が勝利を掴んだあの戦いだ。スイさんが言っているのはその事か。
「結構度胸あるんだね。上位の人に戦いを挑むなんて」
「…別に戦いたくて戦ったんじゃありません。あの人が嫌な事ばかり言うから堪忍袋が限界を迎えただけです。私だけならまだしもトウマくんまでバカにされて黙ってなんていられませんでしたから」
「…トウマくん?」
「あ、トウマくんっていうのは私の友達で。転校してきた年上の男の子なんですけど」
「…。それで、アメリアは勝ったの?」
「はい。魔法剣同士での戦いだったんですけど、…こう、ズバン! ってやったら見事に勝ちました!」
「…まほう?」
言いながら、私は拳を握って魔法剣を持っているイメージで振り下ろす。
まぁ、勝ったと言ってもあれはアメリアさんの助言があってこそだったんだけれど、でも勝った事には変わりはないから"あれは私が勝った"って言っても問題はない。
「魔法剣って、何?」
「え?」
[スイ。アメリア]
首を傾げて、スイさんは聞いてくる。そこで、コロタマがやって来た。コロコロと転がってきて、ぴょんとスイさんの膝上に飛び上がる。
[スイ。温泉楽しかった?]
「…ああ。とても良かったよ。久しぶりに時間を忘れられた気がする」
[良かった。良かった。スイ喜んでる。ボク嬉しい。嬉しい]
目を細めて笑う。
とても嬉しそうだ。
「…ねぇ、コロタマ。魔法剣って知ってる?」
[う?]
スイさんの言葉を聞いて、嬉しそうに笑っていたコロタマの表情がポカンとなる。彼の言葉を理解し"ちょっと待ってね"と目を閉じてピピピと音を鳴らした。
聞いてみると、自身のメモリーの中を調べているらしい。メモリーとは。
[ピ。魔法剣。魔法剣とは、この世界にのみ存在する魔法の一種。魔力を固めた剣を魔法陣から生み出して戦う。自分の持つ魔力の量を数倍以上に増やしてくれる能力を持っているため、自分よりも格上の相手と戦う時は便利。ピピピピ]
「…へぇ。そんな魔法もあるのか」
コロタマの説明に、スイさんは頷く。
「スイさん、魔法剣の事知らないんですか?」
「…初めて聞いた」
[魔法剣。魔法剣。スイ初めて。初めて]
「魔法剣は便利ですよ。見た目もカッコいいですし。強いですし」
「俺でも使える?」
[練習すればスイも使えるようになるよ。魔法剣。スイ、魔法剣使う]
「……」
顎に手を添えて、スイさんは考える。魔法剣に興味を持っているようだ。
それを見て、私は不思議に思う。この世界に住んでいて魔法剣を知らないなんて事あるんだね。剣と魔法を学んでいるなら魔法剣の事だって必ずしもどこかのタイミングで頭に入ってくるはずなのに。
「…ん?」
そこで、私はふと思う。
魔法剣。
魔法剣……。魔法剣……。
格上の相手と戦うのに魔法剣は便利。頭の中でコロタマの言葉を思い返す。格上の相手と戦うには、魔法剣が便利。
そうか。それがあった。
「スイさん! 私わかりました!」
「?」
椅子から立ち上がる。
突然の私が叫び声に吃驚して、コロタマはぴょんと飛び上がった。
「わかったって?」
「トールさんに勝つ方法です! お二人のおかげで思い付きました! ありがとうございます!」
「…よくわからないんだけど」
[お礼言われた。言われた。ありがとう。ありがとう]
「早速アイシクルに報告しに行かなきゃ! スイさん、コロタマ、おやすみなさい!」
善は急げ。とでも言うように、私はスイさんたちに頭を下げてその場から離れる。
慌てた様子で走り去る私を見つめて、スイさんとコロタマは顔を見合わせて頭の上に"?"を浮かべた。
「アイシクル!」
「うわっ!? …吃驚した。アメリアか。どうしたのそんなに慌てて?」
「わかったの!」
「わかったって、何が?」
「トールさんに勝つ方法! これなら勝てるかもしれない!」
「…?」




