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精霊戦争記 ~異世界に転生した私が世界を救う話~   作者: aki.
第5章「学校生活と剣術の師」
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炎の縛り ※アイシクル視点






 熱い。

 熱い。熱い。

 熱い。熱い。熱い。


 目を開けると、そこは一面火の海だった。見渡す限りの火の海。足の踏み場なんてない。そこに立って、俺は虚ろな表情を浮かべていた。目の前には赤い髪の男の人。ブレイズさん。ブレイズさんは向かい合うように立っていて、口元を緩ませながら笑っていた。


「……、」


 炎が(いばら)のように足元から伸びて俺に巻き付く。不思議と熱くはなかった。炎が全身を包み、ブレイズさんが見えなくなるほどに目の前が真っ赤に染まる。


 なんだろう。凄く心地が良い。

 ずっと、この炎に包まれていたい。


[なら、いつまでもそこに居るといい。その中にいれば君は安全だ]


 ブレイズさんの声が聞こえる。

 その声すらも心地が良い。まるで、…表すなら"母親のお腹の中に居る"みたいな感じだ。赤ん坊の頃の記憶なんてないけれど、確かにこれはそう表現した方がしっくりくる。


 …ずっと、ここに居る。

 それもいいのかもしれない。

 炎に包まれて、何も考えずに、ずっとこの場所に居る。


 ゆっくりと目を閉じて、俺は全身の力を抜いた。




+



「…っ!?」


 目を覚まして飛び起きる。

 額に浮かぶ汗を拭い、息を吸って溜め息を吐く。キョロキョロと辺りを見渡す。窓の外はまだ暗かった。


 あれは、夢だったのか…。


「……はぁ」


 再び、溜め息を吐く。全身が水浴びでもしたのかと思うくらいにびっしょりと濡れている。それは俺が寝ていた布団にも言える事だった。


 これはまた、お風呂に入ってこないと駄目な汗の量だ。


「……」


 立ち上がって、窓を開ける。開けた瞬間に気持ちの良い風が入ってきて少しだけ涼しかった。目の前に広がるのは、真っ黒な林。ここは"桃藤湯(とうとうゆ)"という温泉宿だった。どうしてここに居るのかと言うと、アメリアと俺が模擬戦闘を行った数日後、ラーフェイさんが突然"温泉へ行きましょう!"と言ったからだ。


 本来なら火傷も怪我と同じで治癒魔法を掛ければすぐに治るものだ。しかしアメリアが受けた炎の魔法はどういうわけだか治癒魔法が効かなかった。それは俺の右腕の火傷も同じで、今俺の右腕には肩まで包帯が巻かれている。そこで考えたのが、温泉での治癒方法だった。今からずっと昔の話、人間は温泉に入って怪我や病気の治療を行っていたんだそうだ。温泉の湯には万能の魔法が掛けられているらしく、少し浸かるだけでも全身の様々な部分が癒されていくのだとラーフェイさんは言っていた。その中でも、この"桃藤湯"は格別なんだとか。


「……、」


 あれから、俺はアメリアと話をしていなかった。この場所に来る時に顔は合わせたけれど、その時は掛ける言葉が見つからなくて結局そのままお互いに黙ったままだった。


 話をしたいと思っている。火傷の具合を確かめたいと思っている。アメリアだったらきっと、話し掛ければ普通にいつも通りに話してくれるはずだ。


「…よしっ」


 びっしょりと濡れた身体を温泉で洗い流して、アメリアと話をしよう。明日の朝に彼女の泊まってる部屋を訪ねて、普通に話し掛ければいい。


 よし。と、気合いを入れて窓から離れる。しかしそこでふと俺は下にある石段の道に目を向けた。目線の先、林の中へと続く道に誰かが立っていた。その人は、じっと俺の方を見つめていた。


「!」


 口元を緩ませて、その人は笑う。


 赤い髪を揺らしながら俺が自分を見ているのがわかると、彼は足を動かして林の方へ歩いていく。彼の歩いた所には炎が現れていた。それを見て、俺は走り出す。見失ってはいけない。俺は、あの人とも話をしたかった。部屋を出て廊下を走り、窓から見えた石段の道へ。彼が歩いたあとの炎はまだ消えていなかった。

 炎を頼りに林の中へ。炎はまっすぐに奥へと進んでいた。警戒しながらゆっくりと進む。しばらく林の中を進んでいくと、拓けた場所に辿り着く。そこには大きな湖があった。湖の真ん中には月が浮かんでいる。炎は、この場所で途切れていた。


「…ここは、」


 キョロキョロと辺りを見渡す。

 湖以外には何もなかった。

 彼は、何処に行ったんだ。


「!」


 すると、そこで誰かに左腕を掴まれる。吃驚して振り向くと、そこに居たのはアメリアだった。ぎゅっと強く俺の腕を掴んで、彼女は息を整えている。


「アメリア?」

「はぁ、…はぁ」

「どうしてここに?」

「ど、どうしてはこっちの台詞だよ…っ! アイシクル、何処に行こうとしてるの?」

「何処にって…」


 眉をひそめて、アメリアは言う。


 何処に行く。俺はただ、彼を追いかけてきただけだ。何処にも行こうとはしていない。


「その、ちょっと知り合いが居るのが見えてさ。追いかけてきたんだけど、見失っちゃって」

「知り合い…? 私が知ってる人?」

「…うーん。アメリアは知らない、かな」


 言うと、アメリアは心配そうに俺を見つめる。彼の事はアメリアも知っている。でもここでは話すべきではない。ふと、そう思った。


「ん? ちょっと待って。アメリア、まさか一人で来たのか?」


 俺が言える立場ではないけれど、こんな暗がりの中でこんな所に一人で来るなんてどういう事だ。


「え?う、うん…」

「何考えてんだよ。危ないだろ!」

「なっ、…そ、それはアイシクルにも言える事でしょ! アイシクルこそ何考えてんの! 危ないでしょ、こんな所に一人で来たら!」

「俺はいいんだよ、男だし。一人でもなんとかなるし。だけどアメリアは女の子だろ。女の子の夜の一人歩きは危ないってラーフェイさんが言ってたぞ?」

「女だからって夜に一人で歩いちゃいけないなんてそんなの誰が決めたの!」


 む。と頬を膨らませて、アメリアは言う。


「それに、アイシクルに追い付けばそんなの関係ないでしょ?」

「確かにそれはそうだけど、…俺の足が速くて追い付けなかった場合はどうするつもりだったんだ?」

「それは、…。…気合いでアイシクルを捜す」

「……」


 眉を下げて、アメリアは答える。


 それを聞いて、俺は溜め息を吐いた。腰に手を当ててアメリアの額に触れる。そこには火傷の痕があった。


「これ、熱かった?」

「え? あ、…ううん。大丈夫。それほど熱くはなかったから。アイシクルは?」

「…ああ。俺も、見た目ほどじゃないよ。大丈夫。もう痛くないし」


 あの時は激痛だったけど。


「そっか。安心した」


 ホッとして、アメリアは笑う。

 その時、視界が激しく揺らめいた。

 夢で見た炎の海が再び俺の前に現れる。


「っ、」


 足元から伸びる炎が俺の身体を包み、視界を真っ赤に塞ぐ。まるで、もう俺には何も見せないとでも言うように炎はぐるぐると目の前で蠢いていた。


「アイシクル?」

「!」


 アメリアの声がしてハッとする。

 幻覚だったのか、炎は無くなっていた。


「どうしたの?」

「…いや」


 今のは何だ。

 夢? それとも…。


「…。…アイシクル」

「ん?」

「約束しよう!」

「…、約束?」

「うん。もう二度と、一人では何処かに行かない。もし何処かへ行く時は私に一言言ってから行く!」

「……」

「私もそうするから! 私も、何処かへ行く時は必ずアイシクルに一言言うようにする! だから、」


 突然、アメリアは言う。そう言ったアメリアの表情は、今にも泣きそうだった。それを見て呆気に取られたが、すぐに俺は口元を緩ませて笑う。


「…わかった。約束する。次に何処かに行く時は必ずアメリアに報告してから行くよ」

「…、ほんと?」

「うん。でないと、また勝手に付いてきちゃうかもしれないし。それに、もうアメリアのそんな顔は見たくないからな」


 小指を差し出せば、アメリアも小指を出して絡ませてくる。指切りげんまん。嘘を吐いたら針を飲まされるから、この約束は必ず守ろう。


「……」


 もう一度、湖を見つめる。


 ブレイズさんを見失ってしまった。また会えるなんて保証はどこにもない。話したい事が色々あっただけに、残念な気分だ。


「アイシクル」

「…あ、ごめん。そろそろ戻ろう」


 そして、俺たちは踵を返して温泉宿へ戻る。


[……]


 そんな俺たちの姿を、"彼"は空の上から静かに見下ろしていた。



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