土の中からこんにちは。
玄関扉を開けて外に出ると、門扉付近にアイシクルが立っていた。片目を手で押さえていて、苦しそうな表情を浮かべている。
近付いていくと、彼は私に気付いてそこから手を離した。目、痛むのかな?
「やっと来た」
「目、どうかしたの?」
「ん? …ああ、えと、気にしないで。ゴミが入っただけだから」
「…ふーん」
「じゃ、行こうか」
言って、アイシクルは歩き出す。
よくわからないけれど、気にするなって言うのなら、あんまり気にしない方がいいのかな。
+
[メェ~]
「あ、黒ゴマ」
「?」
どうにか時間ギリギリで学校に到着する事が出来た。門を通ろうと歩いていくと、そのすぐ近くには黒山羊が居て、私はふと立ち止まる。
黒山羊は、首輪から伸びる紐を引きずって門の傍に生えている草をむしゃむしゃと食べていた。ここに居るのは珍しいな。と、思いながら私は黒山羊に近付いて背中を撫でる。
「黒ゴマ、…どうしてここに」
黒山羊に近付いて、アイシクルは眉をひそめる。
"黒ゴマ"と呼ばれたこの黒山羊は学長先生が飼っているペットで、名前の由来は、皮膚の色が黒ゴマにそっくりだから。だそうだ。
[メェ~]
「小屋から逃げてきたのかな?」
「さぁ。……? アメリア、黒ゴマの足元に何かある」
「?」
言われて、黒ゴマの足元を見る。
見ると、黒ゴマの右前足に何やら銀色の腕輪のようなものが付けられていた。付けられていたっていうか、ただ右前足が入ってるっていうだけにも見えるけど。
"右前足失礼します"と黒ゴマに言って、その腕輪のようなものを手に取る。手首にぴったりと嵌まりそうな大きさのそれには青色の宝石が埋め込まれていた。
「何それ?」
「学長先生のかな?」
うーん。と、首を傾げる。
『おーい! おーい!』
「?。…何か言った?」
「ん? いや、何も?」
腕輪をじっと見つめる。と、そこで何処からともなく声が聞こえてきた。どことなく籠った声で、それでいて小さな低い声。
『おーい! こっちやー。こっちー!』
「!。ねぇ、声聞こえない?」
「……ああ」
声を聞いて、私とアイシクルは顔を見合わせて周辺をキョロキョロと見渡す。
『おーい! ここや! ここ! さっきから何処見てんねん!』
「……何処から声が?」
「…ちょっと待て。この声、土の中から聞こえてきてないか?」
「え?」
『おー! さっすがやなあんちゃん! ちょっと待っててや! 今そっちに……って、痛ぁ!? なんやねんこの硬いの! 邪魔や!』
確かに、アイシクルの言うように声は土の中から聞こえてくる。
え、人の声が土の中からってどんな状況?
『もうちょい……! もうちょい待ってな! …、お。着いた! ここや! えーと、あとはここをこうして』
「「……?」」
待つこと数分。
声はだんだんと大きくなっていった。
声は、黒ゴマのすぐ近くから聞こえてきていて、声が大きくなっていくにつれてドドドと地鳴りのような音も聞こえてくる。そして、
「「わああああ!?」」
黒ゴマが居る場所から北東に10歩離れた位置の地面が盛り上がり、そこから手が出てきた。ゾンビ映画のゾンビみたいな登場の仕方に、私とアイシクルは揃って大きな声を上げる。
手、腕、肩、頭、顔、身体。と、次々と地面の中から現れて、私は恐怖と混乱でアイシクルの腕に抱き付く。
「はあぁ~。やっと出られた。……まったく、いつまで土の中に居なきゃアカンねん」
眉を下げて、深く息を吐く。
土の中から出てきたのは男の人だった。
黒髪で、バンダナを巻いている。こ、この人は誰?。何で土の中から。
「ん。おー。なんや吃驚させてみたいですまんなぁ。今出るさかい。もうちょい待ってな」
言って、彼は両手を地面の上に置いて"よいしょ"と身体全体を土から出させる。全身土まみれだ。
パンパンと土を払い、大きく伸びをすればボキボキと骨の鳴る音が。
「んー! ひっさしぶりの外やー! 空気がうんまー!」
「「……」」
私とアイシクルは再び顔を見合わせる。私の前に立って、アイシクルは彼に恐る恐る声を掛けた。
声を聞いて、彼は私たちの方に顔を向ける。
「?。ああ、すまんすまん。こちとら外に出るのは久しぶりなもんでな。つい感動してもうた」
「……はぁ」
「それはそうと、…久しぶり、でええんかな? アメリアちゃん?」
「え?」
突然、名前を呼ばれた。
きょとん。としていると、彼は頭に"?"を浮かべて眉をひそめる。
「んん? なんや覚えとらんの? ……あ、そうかそうか。もう君はわいの知ってるアメリアちゃんじゃないんか。それなら納得やわ」
うんうん。と、顎に手を添えて頷く。
さっきからなんなんだ、この人。
「……、ってぇ事は、あんさんがアイシクルか」
「え」
「なんや。やっぱわいの方がイケメンやんけ」
「……いけめん?」
眉をひそめて、彼の言葉を聞く。
アイシクルの名前も知ってる。どういう事?
「……ん? でも、髪の色がちゃうな。まだ"覚醒前"なんか?」
「は?」
"覚醒前"……?
終始、彼が何を言っているのかがわからない。私とアイシクルは三度顔を見合わせて、互いに頭に"?"を浮かばせた。
そこで門の向こうから大きな音を鳴らしてアンディくんが超スピードでやって来る。
[ブー! 遅刻! 遅刻!]
「あ」
アンディくんが傍までやって来て、私とアイシクルの肩にバツ印のシールを貼った。遅刻認証された。門を通らなくても、門の近くに居れば遅刻認証はされるらしい。知らなかった。
せっかく遅刻ギリギリの時間に学校に辿り着いたのに、残念だ。黒ゴマの邪魔さえなかったら。
[メェ~]
「ありゃりゃ。遅刻認証されたんか。わいのせいか?」
「あ、いえ。…貴方のせいでは」
「ああ、そう? ならええわ」
腕を組んで言う
まぁ、黒ゴマに近づく前に私たちが先に門の向こうへ入ってしまえさせすれば良かったって話なので、彼はたぶん悪くない。
「…で、アメリアちゃん。今はいつや?」
「え?」
いつ、とは……?
「ああ、待って。推理するわ。…ううむ」
言って、彼は私とアイシクルの顔を交互に見つめて唸り始める。
そして数分が経ち、ポンと手を叩いた。
「わかったで。アメリアちゃんはまだ学校に通っている。ほんで、アイシクルくんもまだ"覚醒"はしとらん。……これらが示す答えは、ずばり! わいは出てくる時期を間違えたっちゅう事やな!」
大きな声で言う。
メェ~。と、黒ゴマが鳴いた。
思えば……よく逃げずに居るよね、この子。相当ここの草が美味しいらしい。
「いやぁ、すまんなぁアメリアちゃん! わいまだ君の前に出ちゃアカンかったようや!」
「は、はぁ……」
ははは。と、笑う。
なんというか、元気だなこの人。
何処かで聞いたような言葉遣いだし。
「…というか、貴方は誰なんですか? 随分馴れ馴れしいですけど」
「ん?ああ、そうか。アメリアちゃんがわいの事を知らないとなると、自己紹介が必要やな」
忘れとったわ。
そう言って、彼は懐に手を入れて一枚の小さな紙を取り出す。名刺……?
「わいの名はローデン。ローデン・ズィーバーグ。これから長~~~~~~~い付き合いになるんで、よろしゅうな!」
アイシクルに名刺を渡して、彼、ローデンさんは笑う。
名刺には、名前の他に"時間逆行手助け委員会・会長(笑)"と書かれていた。