剣聖武闘大会
エーデリア師匠との修行は順調そのものだった。最初の一か月だけは師匠の用事の関係でラーフェイさんが代わりをつとめてくれていたけれど、それ以降はしっかりと師匠の指導のもと、私は着実に剣術のいろはを叩き込んでいた。
トールさんの怪我はメイドさんの献身的な看病のおかげもあってほぼ完治の状態にまで回復していた。けれどまだ少しだけ痛みが残っているようで、魔法の授業の再開はもう少し先になるらしい。トールさんから魔法を教わり始めてから、もうすぐ五年が経つ。私を一人前の魔法使いに育て上げるまでの五年。その期限が迫りつつあった。
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《さあ! 今年も始まりました! 剣聖武闘大会! 毎年毎年白熱してますこの大会も今年でなんと100回目を迎え、去年よりも一昨年よりも会場はいつも以上の熱気に包まれております!》
会場の真ん中で魔法拡声器を使いながら話しているのは、この剣聖武闘大会を開催している主催者さんに雇われた男性。彼が声高らかに大会の開催を宣言すると、会場に居る観客たちが一斉に歓喜の声をあげた。それを聞きながら、私は大会に出場する選手たちが集まる控え室で身体を震わせていた。
「……」
キョロキョロと辺りを見渡して、その場の威圧的な空気に圧倒される。私が出るわけではないけれど、なんだかとても緊張していた。そんな私の姿を隣で師匠が見つめる。
「おい。落ち着けアメリア」
「だ、だって、私こういう所に来たのは初めてで…! トールさん、ここに居る人たちと戦うんですよね? 強そうな人がたくさん居ますけど、大丈夫なんですか?」
「なに。こいつなら楽々と決勝まで行けるだろうよ。…な? トール?」
「簡単に言わないでください」
この控え室には、強そうな人たちがいっぱい居る。その中には男の人はもちろん、女の人や子供の姿もあった。師匠曰く、この剣聖武闘大会には"一般の部"に加えて"魔法使いの部"と"子供の部"というものがあるらしい。一般の部は性別問わず誰でもエントリー可能。魔法使いの部は女性限定、子供の部は14歳以下の子供限定でエントリーが可能なんだとか。
「子供も出られるんですか?」
「ああ。…なんだ、出たいのか? 出たいのなら当日エントリーも受け付けてるから行ってくるといい」
「えっ、あ、い、いえ! 出たいとかそういう事じゃなくて!」
「なんだ、出ないのか? 今のお前なら結構いい線行くと思うんだけどな」
「師よ。あまりこいつを過大評価しないでください。こいつが大会に出るなんてまだまだ早い話だ」
「それは残念だな」
残念がる師匠。トールさんの言う通り、私の実力ではまだまだ闘技場に出場するなんて夢のまた夢だ。出場する予定なんてこれっぽっちもありませんけれど。
「さて。それじゃあそろそろ観客席に戻ろう。トールも集中したいだろうからな」
「そうですね」
そして、私と師匠は最後にトールさんへの応援の言葉を残して控え室を離れる。
トールさんが出場するのは"一般の部"。一般の部の今年の出場者の人数は去年よりも倍以上に多くなっているらしく、今年は予選会を二回行うのだそう。予選会はAグループとBグループに分けられる。トールさんはAグループだ。
「…それにしても、怪我がまだ完全に治ったってわけじゃないのに、トールさん凄いですよね。リハビリも兼ねての出場って、私には出来ませんよ」
「身体が鈍って仕方がないと言っていたからな。頃合いを見て、思い切り動かしたかったのだろう」
控え室に向かって走っていく人たちの姿を横目に見ながら、前を歩く師匠に話し掛ける。トールさんが剣聖武闘大会に出場する事になった理由は一つ。長期間の療養生活で鈍りに鈍った身体を動かしたかったから。リハビリも兼ねて。
その事で師匠とメイドさんを含めて三人で"どうしようか"と相談していたところ、ちょうどタイミングよく師匠のところに剣聖武闘大会が開催されるとの連絡が入り、ならばこれを利用しないかとの師匠の提案でトールさんは大会出場を決めたのだという。
「ほら! 早くしないと予選会が始まってしまいますわ! 早く走ってくださいませロー、…こほん。謎の仮面ゼット様!」
「はぁ、…はぁ。ちょ、ちょい待って。これ、…この仮面息でけへん…っ」
おなしな仮面を付けて黒いマントを羽織った人が同じく仮面を付けた女の子に連れられて通り過ぎていく。あの人たちも大会に出場するのかな。と思いながら、私は師匠とともに観客席に向かった。
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「あ。師匠さん、アメリアちゃん! こっちこっち!」
大会の会場となるこの建物の名前は"フォージアムコロシアム"。
ここは、師匠の屋敷がある貴族街から少し離れた"娯楽街"という場所の中心に位置しており、収容人数は約8000人、食堂や屋台などの飲食スペースとちょっとした遊び場なども完備されていて、娯楽施設という事もあって散歩しているだけでもなかなか楽しい。
「場所取りごくろうさんだ。一番手前とは、頼んで正解だったな」
「うふふ。脅して奪い取ったの」
[ラーフェイ。ヤクザ。ヤクザ]
「あらやだコロタマったら。ヤクザだなんて酷いわ。色気を使ったって言って欲しいわ」
[イロケ…?]
「あれが色気…?」
観客席には、ラーフェイさんとスイさんとコロタマとメイドさんが居た。トールさんのところに行く際に師匠が"席を取っておいてくれ"とラーフェイさんに頼んでいたらしい。
そのおかげか、確保出来た席は観客席の一番前。大会出場者の顔と戦いがよく見える席を取ってくれたようだ。私はスイさんの隣の席に腰を降ろして、小さく息を吐く。
「…アイシクルは残念だったね」
「そうですね。でも、仕方ありませんよ」
トールさんが剣聖武闘大会に出場する事はアイシクルにも知らせていた。しかしこの日、彼は学校のクラスの用事でここへは来ていなかった。
あんなクラスの用事なんてすっぽかしてしまえばいいのに。と言ったんだけれど、どうもそういうわけにはいかないらしい。上位貴族には上位貴族の付き合いというものがある。面倒な話だと、アイシクルは溜め息まじりに言っていた。
《では、そろそろ始めましょう! 第100回剣聖武闘大会! 今年の優勝者は一体誰になるのか!?》
わー!! と、観客席が先ほど以上に盛り上がる。大会の流れは、まず一般の部の予選から始まり、Aグループの予選→Bグループの予選→AグループとBグループで勝ち残った人たちによる準決勝→決勝。そして、魔法使いの部→子供の部。という感じだ。
実況者が魔法を使って上空に浮かび上がり拡声器越しに声を高らかにあげれば、予選Aグループの第一試合の人たちが会場にやって来る。果たしてトールさんは何試合目で出てくるのか。
「でも、どうしてわざわざ席なんて取るように頼んだの? 師匠さんなら主催者さんに言えば特別に部屋を用意して貰えるんじゃない?」
「あそこは見えづらいからあまり好かないんだ。一度だけ利用させて貰った事があるが、ルームサービスだのなんだので周りが煩くてな。ゆっくり観戦どころじゃなかった。私にああいうところは無理だ」
「そうなのね。…結構優雅で素敵だと思うのだけれど」
「師匠。どうして今年は出場しなかったんですか?」
「今年はトールが居るからな。それに、私はこの大会は何度も優勝しているから、世代交代の事も考えて出場は辞退させてもらったんだ」
実況者さんの合図で、第一試合の戦いが始まる。一試合で設けられている時間は10分~15分。それ以上を過ぎると引き分けとなり、その場合は判定員の判断によって勝者が決まるルールとなっていた。
武器と武器の重なる音が会場内に響き渡る。その大きな音と共に、観客席からは様々な野次と応援の声がまざりあって聞こえてきていた。




