上位貴族 VS 下位貴族
剣術は貴族の嗜み。
剣術の実力の差は師匠の有無で決まり、師匠の強さで決まる。それには上位も中位も下位も関係ない。もちろん平民も。
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「勝者! アメリア・トウマチーム!」
先生の声で勝敗が決定する。
敗北を確定された相手チームの人たちは二人ともに悔しそうな表情を浮かべて私たちを睨み付けていた。
パンプキンさん襲撃事件から三日が経ち、私たちのクラスはしばらくの間授業を受ける事が出来なくなってしまった。教室の改修工事が完了するまでは時間が掛かるため、それまでの間私たちの処遇をどうしようかと先生たちの間で緊急会議が行われた。ああでもないこうでもないと話し合いながら数時間にも及ぶ議論を重ねた結果、私たちのクラスの人たちは一時的に他のクラスに移籍させる事になったらしい。誰がどのクラスに行くのかはくじ引きで決められ、私はアイシクルの居るクラスへ向かう事に決まった。トウマくんも一緒だ。アンジェラたちは残念ながら別のクラスへの移動となってしまって、ちょっと悲しい。
「やったねトウマくん!」
「ああ。俺たちの大勝利だ!」
イエーイ! とハイタッチをしながら私とトウマくんは喜びを分かち合う。しかし、それを喜んでいるのは私たちだけだった。絶対にこの勝負は私たちのボロ負けで終わるのが当然だと思っていたアイシクルのクラスメイトたちは、敗北した人たちと同じように悔しそうな、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていて、今にも怒り出しそうな雰囲気を醸し出していた。…というか、もう怒っている。
「おい下位! ズルして勝ってんじゃねぇぞ!」
「てめぇもだぞ平民! ズルして勝っても何もいいことなんかねぇぞ!」
アイシクルのクラスの人たちは全員"上位貴族"だ。上位貴族の人たちは、だいたいが自己中、負けず嫌い、傲慢っていうイメージがある。だから、このくらいの難癖は予想していた。
離れたところで"わーわー"言ってる上位の人たちの言葉を聞いて、トウマくんは眉を下げる。
「…なんか、あんまり喜ばれてない?」
「しょうがないよ。上位貴族はみんなあんな感じなの。自己中だし傲慢だし。自分たちは私たちみたいな下位貴族や平民と比べてすべてにおいて勝っていると思ってる。簡単に言うと、あの人たちの98パーセントはプライドで出来てるの」
「それって、アイシクルも含まれてる?」
「アイシクルは別。…前までは彼も同じだと思ってたけどね」
言いながら、模擬戦闘用の剣を足元に置いて歩き出す。トウマくんもあとからついてきて、私たちは私怨の眼差しをひしひしと感じながら上位貴族の人たちの輪の中に戻った。
そして、授業が終わってからのしばしの休憩時間。私と上位貴族との戦いが勃発した。
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本来ならば平和な時間帯であるはずの授業と授業の合間の休憩時間。教室の前でアイシクルを含めた三人で楽しく笑いながら話していると、そこに私の名前を呼びながら一人の上位貴族女子が近付いてきた。
腰まである桃色の髪を揺らして、ヒールの音を鳴らしながら自信満々に近付いてきた彼女は、私の前に立って口元を緩ませる。
「…何ですか?」
「すみません。私はそうは思ってはいませんけれど、聞いてこいと言われましたので」
「……」
「先程の模擬戦闘ですが、一体どんな卑怯な手をお使いになったのかしら?」
「は?」
わざわざ近付いてきて何を言うのかと思ったら、何その謎の質問。先程の模擬戦闘はわかる。やってたから。でも、卑怯な手とは。そんなの使っていない。
「ミーリャ! 何言って…!」
「誤解なさらないでくださいアイシクル様。これは私の言葉ではなく、あちらの殿方方からの言葉でございますわ」
「……」
アイシクルは教室の中を覗く。
そこには、此方に顔を向けて笑っている上位貴族男子たちが居た。教室の隅っこでクスクスと笑っている彼らの他にも教室には未だ私たちを睨み付けている人たちが居て、それを見てアイシクルは溜め息を吐く。
「あ。もちろん私は卑怯などとはこれっぽっちも思っていなくてよ? 貴女たちはただ正々堂々と"定められていたルールを破って"勝ってしまったのですから」
ほほほ。と、笑う。
口調が強いな、この人。
「俺たちは卑怯な手なんて使ってない」
「あら。それを決めるのは貴方たちではありませんわ。貴方たちが私たち上位貴族に意見するなんて千年早いんです。私たちが卑怯と言ったのなら、貴方たちはそれを真実にしなければいけない。それがルールですわ」
「はあ?」
わけがわからない。
トウマくんは眉をひそめる。
私もトウマくんと気持ちは同じだった。わけがわからない。一体さっきから何を言ってるのかこの人は。
「さあ、わかっていただけたのならさっさと白状してくださいな。貴女たちは"卑怯な手"を使ったのでしょう?」
人でも、こんなに悪い表情が出来るんだ。知らなかった。というかこの人、さっき殿方方からの言葉って言っていたけれど、おもいっきりそれは自分の言葉だよね。
「ミーリャ、もうやめろ。印象悪いぞ」
「誤解を招く言い方はおよしくださいアイシクル様。私はただ格の違いを教えているだけですわ。こんなに私が優しく促してあげているというのに、下位貴族の往生際が悪いだけです」
「…、証拠はあるんですか?」
「アメリア?」
「そんなに私たちに罪を被らせたいのなら卑怯な手を使ったっていう証拠を見せてください」
「証拠など必要ありませんわ。証拠は私たちの言葉なのですから。私たちが"貴女たちは卑怯な手を使って勝負に勝った"という事実を言ってしまえばそれで良いのです。この世界において、上位貴族だけがルール。上位貴族だけがこの世界を生きる価値があるのですわ」
「……」
おほほ。と、静かに笑う上位貴族女子…ミーリャさん。そんな彼女の言葉を聞いて、私は息を吐いた。
これは駄目だ。早くなんとかしないと。
「それじゃあ、新たに証拠を見せますよ。ミーリャさん」
「?」
「このあとの授業は、確か魔法剣の実技演習ですよね? その授業の中で、私と勝負してください」
「は?」
「そこで証明してみせます。私たちが卑怯な手を使わずに"実力"で勝ったという事を」
「…そんな事を言って、また卑怯な手を使うに決まっていますわ。下位貴族なんて卑怯な人たちの集まりですもの」
「私に言わせてみれば、上位貴族の方たちの方が卑怯者の集まりだと思うのですが」
「はあ!?」
言うと、ミーリャさんは声を荒げる。
眉をひそめて表情を歪めているミーリャさんと、怒りを露にしながらも表情は平常のままの私。そんな私たちの顔を交互に見つめて、アイシクルとトウマくんは顔を見合わせた。
「…こほん。わかりましたわ。貴女の挑戦を受けましょう」
「……」
「私が貴女なんかに負けるわけはありませんが、もし私が勝ったら認めてくださいな。貴女たちが卑怯な手を使って勝負に勝った事を」
「私が勝ったらその言葉は撤回してください。そして二度と私たちの事を…下位貴族の人たちの事を馬鹿にしないでください」
「…。ええ。わかりましたわ。約束いたしましょう」
口元を緩ませて私たちは笑い合う。そこには、見えないけれど上位貴族のプライドと下位貴族の激しい意地のぶつかり合いがあった。そこでタイミングよくベルが鳴り、ミーリャさんは踵を返して教室へ戻っていく。戻っていく際に"どうしてあんな下位貴族の女がアイシクル様の婚約者を名乗れているのかしら"と、まるで捨て台詞のように吐いていったけれど、こっちからしてみたら貴女みたいな人がアイシクルの婚約者を名乗ってなくて良かったと思う。
「アメリア。あんな事言って大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫。私があんな失礼極まりない上位貴族女子に負けるわけないし」
「ミーリャの実力はクラスで二番目。油断しちゃ駄目だよ」
「心配ご無用だよ、アイシクル。大船に乗ったつもりで応援してて!」
「……」
私の言葉を聞いて、アイシクルは眉を下げる。もちろん勝負だから油断はしない。真剣な場で怠けるのは相手に失礼だからね。たとえそれが上位貴族女子だとしても。
よーし、頑張るぞー。と、意気込みながら片腕を突き出す。そんな私を見つめて、アイシクルとトウマくんは再び顔を見合わせていた。




