お見舞いにやって来たのは ※リィド視点
トントン。と、小屋の扉が叩かれた。
現在、時刻は午後8時前。
こんな時間に誰だろうとローデンの事をシャスティアに任せて扉を開けると、そこには紺色の髪をした女性が立っていた。
「…誰?」
「トールに言われて代理でやって来た。エーデリア・エフィラという」
「エーデリア、…。ああ。じゃあ貴女がトールの師匠の」
名前を聞いて、ピンと来る。
エーデリア・エフィラ。
この人はトールが昔、魔法と剣の修行でお世話になったと言っていた女性だ。
そういえば、この間トールから"怪我が酷くて行く事が出来ないから代わりに信頼出来る者を行かせる"って端末で連絡が来ていた。この人の事だったのか。遥々北の国からご苦労様です。
「入ってもいいか?」
「…ど、どうぞ」
トールの代わりで来た人を無下に追い返すなんて事は出来ない。小屋の中に入って、扉を閉める。閉めたのはエーデリアさんでも俺でもなく、彼女の背後でずっと静かに佇んでいたメイド姿の女性だった。
メイド姿の女性は持っていた荷物をテーブルの上に置いて、中身を取り出す。出てきたのは俺とローデンの名前が書かれた透明な二つの瓶。その瓶にはおかしな色の液体が入っていた。たぶんあれは薬だ。
「トールからだいたいの事情は聞いている。あいつも酷い怪我だったからな」
「…」
「安心しろ。深くは聞かん。私は、君の様子ともう一人の様子を確認しに来ただけだ。それと、この薬の配達にな」
「…お手数をお掛けします」
「そんなかしこまらなくてもいい。それで、もう一人はどこに?」
「ローデンなら、奥の部屋に」
そうか。と、エーデリアさんは頷いて奥の部屋まで歩いていく。しばらくするとシャスティアの小さな悲鳴が聞こえてきた。いきなり知らない女性が部屋に入ってきたから吃驚したんだろう。
「……、」
自分の名前が書かれている瓶を手に取って、まじまじとそれを見つめる。見るからに苦そうなドロドロした液体だ。
これ、全部飲むんだろうか。それとも塗るんだろうか。どっちにしても薬なら自分で用意出来るからあまり要らないんだけど…。
「…」
「……」
瓶を置いて、ふと隣を見る。
エーデリアさんと一緒に来たメイド服を着た女性。何処に行ったのかと思っていたけど、やっぱりトールの手が届くとこに居たんだな。
「…こ、こんばんは?」
「…」
恐る恐る声を掛けると、彼女は此方に顔を向ける。自分の近くに居るのが"俺"だという事は認識しているのだろうか。
「……」
「…」
軽く手を振ってみる。反応はなし。口元を緩ませて笑いかけてみても、これにも反応はなし。それ以外にも色々やってみるが、どれもにも反応はなく、どうやら彼女は声にのみ反応を示してくれるようだ。
「リィドさん!」
ふむふむ。と、感心する。とある災難にみまわれて心を失ってしまった彼女だけれど、完全に"廃人"になったわけではなさそうだ。これはちょっと嬉しいお知らせ。
するとそこで、奥の部屋からシャスティアが走ってきた。慌てた様子で俺の名前を呼びながらやって来た彼女に"?"を浮かべる。
「シャスティア? どうしたんだ、そんなに慌てて?」
「ローデン様が! ローデン様が目を覚ましたの!」
「……!」
シャスティアは言う。
それを聞いて俺は目を見開き、急いで奥の部屋まで走った。扉が開きっぱなしだったのでそのまま中に入れば、起き上がっていたローデンが俺の方に顔を向ける。
彼は、むしゃむしゃと呑気にリンゴを食べていた。シャスティアが持ってきて剥いたものだ。…なんか元気そう。
「あ、リィ。おはよう」
「……」
「ん? どしたん?」
「…、」
肩を落として、はぁ、と溜め息を吐く。
早足でローデンのもとに近付いた俺は、何も言わずに思い切りパシンと彼の頭を叩いた。
「いった!? なにすんの!?」
「なにすんの!? じゃない! どれだけ心配したと思ってんだ! 一週間以上だぞ!? 一週間以上目が覚めなかったらこんな反応にもなるだろ!」
「だからって思いっ切り叩く!? こちとらリンゴ食ってんねんけど! 詰まったらどうすんの!?」
人の目も気にせず、わーわーと言い合う。
そんな俺たちの様子をエーデリアさんとシャスティアは見ていて、顔を見合わせて止めようかどうか迷っていた。
「はぁ、…ったく。まぁでも、目が覚めて良かった。そんだけ元気があれば、もう大丈夫だな」
「…。なんか、迷惑かけてすまんかった。色々」
「気にすんな。それより、あとでトールに連絡しろよ。俺と同じで心配してたから」
「そうやな。…で、そこに居るんは誰?」
「ん。ああ。彼女はエーデリアさん。トールの代わりでここに来たんだよ」
エーデリアさんの事をローデンに紹介する。互いに自己紹介を済ませているのを見て、俺はローデンが使っているベッドの隣のベッドの上に腰を降ろした。
ローデンの声を聞いたからか肩の力が抜ける。たぶん無意識に気を張っていたんだと思う。何せ、大切な仲間が瀕死の重症を負って生死の際に立っていたわけだからな。
「…っ、」
まったく。
ローデンのせいで痛み止めの効果が切れた。
「リィドさん、大丈夫ですの?」
「…ああ。大丈夫。痛み止めが切れただけだから、また飲めば」
また痛み止めを飲めばなんとかなる。そう言おうとすると、その途中で目の前に瓶がスッと現れる。ドロドロの液体が入った瓶だ。
それを持っているのはエーデリアさんのメイド。無表情で差し出してきて、俺は口元を引きつらせながらそれを受け取った。
「なんやそれ?」
「私が持ってきた薬だ。飲むのも良し傷口に直接塗るのも良しの万能薬だ。…飲む場合は味の保証できないがな」
「……」
エーデリアさんの言葉を聞いて、ローデンは頷く。ローデン用の瓶も持ってきていたようでメイドは彼の分の瓶も渡した。そこでローデンも彼女の顔を見て、ふと気付く。薬を受け取ると俺の方に顔を向けて驚いた表情を浮かべていた。
「ローデン様! もしその薬をお飲みになるのでしたら私が飲ませてあげましょうか!?」
「いや。遠慮しとく。…というか、何でシャスティアちゃんが居るの?」
「お裾分けに来たんですわ。我が国の名産品であるシャーレリンゴが持ちきれないくらいたくさん採れましたので、ローデン様たちにも食べて欲しくて!」
「小屋に来る途中で俺たちが鳥ちゃんに乗って空飛んでるのを見掛けたらしい。…で、ちょうど手も足りなかったし手伝って貰ってたんだ。今日お前が起きるまでな」
「…なるほど。あのリンゴはシャスティアちゃんが持ってきたものなんか」
棚の上に置いてあるリンゴの入ったバスケットを見て、ローデンは言う。
それからもシャスティアは、リンゴの味は美味しかったかとか、すりおろししたものも食べてくださいなど、色々とローデンに食い気味に話し掛け、そんな二人の会話を聞きながら俺は手に持った瓶を見つめる。
「……」
この薬は、飲んでも良し、傷口に塗っても良しの万能薬だとエーデリアさんは言っていた。でも、飲むのはちょっと気が引ける。
良薬は口に苦し。とは言うが、本当に飲んでも大丈夫なんだろうか。こんなにドロドロした液体の薬は今まで生きてきた中で一度も見たことがない。…これは想像だけれど、絶対にお腹には優しくなさそう。
「飲むのが嫌なら塗ってさしあげてもよろしくてよ?」
「え、えと、…それも遠慮するわ。ありがとうシャスティアちゃん」
そう思いながら、俺は意を決して瓶の蓋を開けた。




