一体何処で何をしていたの?
あれから、一週間が経った。
未だ、トールさんは目覚めていない。
「メイドさん。それ、私が持っていきます」
「……」
キッチンから出てきたメイドさんを捕まえて、アイシクルの分の昼食を受け取った私は階段を登ってトールさんの部屋へと向かう。トールさんがワープホールから出てきた次の日。メイドさんたちのおかげでなんとか彼は一命を取り留めた。あとはトールさんが目を覚まして、何があったのか事情を聞くだけなのだが。それから一週間、彼の目はまだ固く閉じられたままだった。
あれからアイシクルは付きっきりでトールさんの看病をしていて、ろくに食事も取っていない。少しは食べているようだけれど、このままではアイシクルまでもが倒れてしまうかもしれなかった。
「アイシクル、入るよ」
トントンと扉を叩いて中に入る。
部屋に入ると、昨日一昨日と変わらない景色がそこにはあった。アイシクルは私に気付いて顔を此方に向ける。
「昼食持ってきたよ。私も自分の分のがちょっと残ってるから一緒に食べよ?」
「…うん」
トールさんが眠っているベッドの隣。そこの棚の上に昼食の乗ったトレイを置いて、アイシクルの隣に椅子を持ってきて腰を降ろす。腰に付けていたポーチから昼食時に残していたパンを取り出して、口に運んだ。
「まだ起きる様子ないね」
「…うん」
「大丈夫だよ。一命は取り留めたって師匠も言ってたし。きっとすぐに目を覚ますよ」
「うん」
気のない返事。
無理もない。兄弟だもの。
これがもしお母様かお父様だったらって考えると、私もアイシクルと同じように塞ぎ込んでしまうかもしれない。
「…トールさん、一体何があったんだろう?」
眉を下げて、トールさんを見つめる。
シーツで隠れているけれど、トールさんの身体には沢山の包帯が巻かれていた。
「目が覚めたとしても、兄さんは答えてくれないよ」
「え?」
「…前にも、似たような事があったんだ。その時も、兄さんは傷だらけで家に帰ってきた。気絶するまではなかったけど」
「そうなの?」
「うん。…でも、その時も兄さんは何も答えてくれなかった。いつものようにはぐらかされて、言葉も聞いてくれなかったんだ」
「……、」
「だからきっと、今回もはぐらかされるに決まってる」
アイシクルの言葉を聞く。
以前にもアイシクルからはトールさんとの兄弟間? についての話を聞いた事があったけれど、やっぱり私にはちょっとディー兄弟の話は耳に痛い。
二人には仲良くして欲しいとは思っているけれど、トールさんが時の番人の事をアイシクルに話さない限りそれは無理なのだろう。
「…ん、」
「「!」」
はぁ。と、小さく息を吐く。
すると、そこで目蓋が動きを見せてトールさんが目を覚ました。目を覚ました彼を見て私とアイシクルは目を見開く。
「兄さん!」
「トールさん!」
「…、お前たちか。…ここは何処だ?」
「ここは師匠の家です。ポータルから出てきて、トールさんはそのまま倒れてしまったんです」
どうしてここに居るのかを説明すると、トールさんは痛む身体に鞭を打って起き上がる。無理をしては駄目だと、アイシクルはトールさんの身体を支えた。
「…。そうか。俺は、生き延びたみたいだな」
「トールさん、何があったんですか? そんな傷だらけになって、一体何処で何を…」
「…お前たちには関係ない」
「!」
「…それより、あいつらは何処に居る?」
「?」
あいつら?
「…、そうか。すぐに会いに行く」
「え、ちょ、トールさん!」
ベッドから降りようとするトールさんを慌てて止める。包帯からは血が滲んでいて、とてもじゃないけれど歩ける状態ではなかった。傷口が痛むのか、トールさんは表情を歪ませる。
「トールさん、動いては駄目です! 大人しくしていてください!」
「っ、どけ。俺は忙しいんだ。こんな所で時間を浪費している場合では…」
私たちを睨み付けてトールさんは言う。そんな彼の言葉を聞いてアイシクルは眉をしかめて口を開いた。
言葉を返そうと声を漏らすけれど、しかしそれは私たちの間に伸びてきた手によって遮られる。突然出てきたその手に驚いて顔を向ければ、そこに居たのはメイドさんだった。
「……」
「メ、メイドさん…」
メイドさんは救急箱をベッドの上に置いて、その中から包帯とガーゼを取り出す。そして、邪魔だと言うように彼女は私とアイシクルの前に立って、トールさんの包帯へ手を伸ばした。トールさんは大人しく彼女の手を受け入れる。…わけもなく、包帯を変えようとした彼女の手を払いのける。
「やめろ。その必要ない」
「……」
払いのけられた手を見つめて、メイドさんは眉をひそめる。
いつも表情を変えずに物事をこなす彼女のその表情は珍しく、私は少しだけ目を見開いた。
「…」
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「…っ、」
「…………………」
「…。…はぁ」
しばらくの間、トールさんとメイドさんによる睨み合いが続く。互いに一歩も引くつもりはない静かな攻防に私とアイシクルは顔を見合わせて困惑の表情を浮かべた。
すると、そこでトールさんが溜め息を吐く。痛みもあったのかもしれないけれど、彼はメイドさんから顔を逸らして口を開いた。
「…わかった。大人しくする」
「……」
「だが、あいつらに連絡だけは取らせろ。いいな」
「……」
トールさんの言葉を聞いて、メイドさんは頷く。メイドさんの表情は穏やかだった。
再び手を伸ばして、包帯とガーゼを新しいものに変えていく。テキパキと無駄のない動きで取り替えが終了し、メイドさんは次にトールさんが手首に嵌めている端末に手を伸ばした。。
「アメリア、こんな所に居たのか」
「師匠!」
そこで、師匠が部屋に入ってくる。
そろそろ休憩時間が終わるからと私を迎えに来たようだ。今朝の朝食終わりから始めている剣術の修行を再開するそうです。
「トール、傷はどうだ?」
「…だいぶ痛みますが、休めば動けるようになります」
「そうか。それは良かった。この調子でトールの面倒頼むぞ」
「……」
師匠に言われて、メイドさんは頷く。
「剣の修行って?」
「この間、テッセンさんから剣が届いたでしょ? 剣が届いたら修行を始めるって言われてたから」
「そうなんだ」
「素振りの続き、見させて貰うぞ。良ければアイシクルも見学していくといい。アメリアの素振りは見ていて面白いからな」
「面白い?」
「っ、み、見なくていいから!」
トールさんの状態を見て無事を確認すると、師匠は笑いながら棚の上に置いてあるアイシクルの昼食を持って部屋を出ていく。素振りなんか見ても面白くないから。と、師匠に言われた言葉に顔を赤くさせながら立ち上がり、私はトールさんにまた来ます"と約束してから師匠のあとを追った。アイシクルも"何それ見たい"と目を輝かせながらトールさんに別れを告げてそれについてくる。
私たちが部屋を出ていって扉が閉められたのを確認すると、メイドさんはトールさんに近付いて端末を渡した。トールさんは液晶に触れて、深く息を吐く。
「……」
「…安心しろ。無事を確認するだけだ。それが終われば、これはお前に預ける」
「……」
「…傷が治るまでの辛抱だ。それまでは大人しくしている。約束だ」
眉を下げて心配そうに見つめるメイドさんの頭に手を置いてトールさんは言う。そしてしばらくの静寂のあと、彼は誰かと通話を始めた。




