突然の弟子認定
「…………、眩し」
地下道の外に出る。本来ならば、魔獣の群れを倒しながらの脱出を想定していたのだろうが、予想だにしなかった不足の事態(時間停止)によりそれはいとも簡単に破綻し、この地下道攻略は赤子の手をひねるよりも簡単な楽勝なものとなってしまった。
この場所に来るまでの間で、止まっていた魔獣を見たのは数十匹ほど。体力があまり回復していない状態での連戦ほどツラいものはないから、本当に止まっていてくれて助かったと言える。地下道を難なく脱出出来た事に少なからず歓喜しながら、私は小さく息を吐いた。
[時間停止解除。時間停止解除]
「!」
するとそこで端末から声がする。機械音声が教えてくれたのは時間の再開を知らせるものだった。
確かに耳を澄ませてみると、街から生まれる騒音や風の音など今まで無音だった音たちがうるさいくらいに聞こえてきていた。
「…さて」
これからどうしようかと顎に手を添えて考える。
このまま屋敷に戻ってもいいような気もするけれど、"私のまま"で行ったとして果たしてそれはこの子のためになるのか。
「…、」
どうにかこの子を起こせないかと、頬をつねってみたり腕をつねってみたりしてみる。しかしそれは特に意味はなく、ただ私が痛いだけだった。ただでさえ骨が折れていて歩くのもやっとだったというのにこれ以上どこかを痛める事はしたくない。
最後にパンッと頬を叩いてみてもこの子が起きる感覚は微塵も無く、せっかく予定よりも早く地下道を脱出出来たというのにこれではまったく意味がない。残った時間があとどれくらいなのかわからないけれど、…早いところこの子を起こす方法を見つけなければ。
「アメリア!?」
「?」
しかし、いつまでもここには居られない。屋敷の手前付近になってもこの子が起きなかった場合は、仕方がないので私が代わりに話を進めておこう。
うん。そうしよう。と、私は1人頷いて足を動かす。するとそこで声がした。顔を向けるとそこにはアイシクルが居て、彼は私を見て慌てた様子で近付いてくる。
「アメリア! 良かった、無事だった!」
「アイシクル? どうしてここに?」
「どうしてって、…心配だったんだよ! 兄さんたちから事情を聞いて! でも、今の君を見るにそんな心配する必要はなかったみたい?」
言葉を紡ぎながら私の身体を隅々まで眺めて、彼…アイシクルは言う。
「うん。骨が折れてるって事を除けば平気だよ」
「そっか。良かっ…え? 骨が折れてる?」
「アイシクル。アメリア」
「!」
私の言葉を聞いて、アイシクルは"ん?"と首を傾げる。そこにトールさんがやって来た。
「トールさん」
「兄さん、どこ行ってたんだよ?」
「少し野暮用が出来てな。それはともかく、どうやら無事に抜けられたようだな」
「あ、…はい。大変でしたけれど…」
「そうか」
時が止まった事、トールさんもわかっているはず。もしかしたらあれはトールさんの仕業なのかもしれない。
あとで聞いてみない事にはわからない事実だけれど、でもそのおかげで骨が折れただけで地下道を出られたわけなのだから万々歳だ。
「…!」
その時、視界がふらっとぐらつく。どうやらあの子が起きたようだ。
私の出番はこれで終わりってわけね。もう少し"こちら側"に居たかったのだけれど、仕方ないわ。そう思いながら私は目を閉じ、あの子と意識を交代した。
+
「…随分早かったな」
地下道を脱出し、私は屋敷へと戻ってきた。どうやってあそこを突破出来たのかまったく覚えていないけれど、今ここにこうしているのだからあまりそこは気にしない方がいいのかもしれないと思い、私は現在屋敷の応接室という場所でトールさんの魔法の師と顔を合わせていた。
アイシクルとトールさんは別の部屋で待機してもらっている。これは彼女の命令でもあった。
「時間にして3時間31分。計算ではもっと掛かるかと思っていたが、大した奴だ」
「ど、どうも…」
よくわからずに頷く。
褒められたらとりあえず理由がわからなくても頷いておけってよくお父様に言われています。
「一体どんなトリックを使ったのかはわからんが、まぁいいだろう。…合格だ。証を受け取れ」
「あ、ありがとうございます。…えと、これは?」
「私の弟子だと一発で見抜くためのバッジだ。お前は今この時から私の二十九番目の弟子だからな。これから私の事は師匠と呼ぶように」
「で、し…?」
受け取ったのは、緑と白の二つの色が使われた小さなバッジ。女の人は笑っていた。弟子とは一体。
「これからお前には、一年間この屋敷で生活してもらう。その一年の間で私はお前に剣術のすべてを教えてやろう」
「…は?」
女の人…師匠の言葉にポカンとする。
「あの、それはどういう…?」
「安心しろ。お前の両親にはあとでメイドから連絡させる。必要な荷物も早急に届けさせよう」
そう言いながら、師匠は本棚から適当な本を5冊手に取って、それを私に渡す。
分厚い本が5冊。どれも剣術に関する本のようだった。
「それは私からのプレゼントだ。大切に取っておけ。それから、…これも」
「…わっ!」
積み重ねられた本の上に、小さな植木鉢が置かれる。植木鉢には綺麗ね装飾が飾られたクリスマスツリーが植えられていた。
植木鉢の重みが加わって、少しだけバランスを崩しかける。
「く、クリスマスツリー?」
「それはただ単に私の趣味だ。弟子になった奴らには全員に渡している。トールにももちろん渡したぞ。一瞬で燃やされたがな」
「……、」
腕を組んで言う。
その光景が一瞬にして頭に浮かんだ。
「さて、じゃあ今からお前を部屋に案内する。付いてこい」
「あ、…」
言って、師匠は応接室の扉を開けて廊下に出る。本の上に置かれた植木鉢を落とさないように振り返り、扉が自然に閉じてしまう前に慌てて私も応接室を出た。
トントン拍子に話が進んでいて何が何だかよくわからない。とりあえず今わかっているのは、私はこれから一年間この屋敷で暮らしていかなければいけないという事実だけだ。
「そのクリスマスツリーは落とさないようにな。落としたら破門だ」
廊下に出ると、師匠が待っていた。植木鉢のせいで前が見えないけれど、注意して歩けば転ぶ心配はないだろう。
師匠が案内すると言っていた部屋があるのは屋敷の三階。この状態で階段を登るのかと思った時、ちょっと憂鬱な気分になった。
「あの、…トールさんたちは?」
「お前を部屋に案内したら帰らせる。だが、帰らせるのはアイシクルだけだ。土産を持たせてな」
「トールさんは?」
「あいつはまだお前の師だからな。あいつも今日からここで暮らしてもらう。嬉しいだろう? 師と弟子の共同生活ってわけだ」
「……、」
ははは、と笑う。
何が面白くて笑ってるんだろうかこの人。先ほどからおいてけぼり感が凄いんだけれど、気のせい?
「さぁ、ここが今日からお前の部屋だ。ぶっ壊す以外なら好きに使ってくれていいぞ」
そして、三階にある部屋に案内される。階段を登ってしばらく歩いた所にあった黒い扉。今日からここが私の生活拠点だそうです。
扉を開けて中に入る。机と椅子とベッドは備え付けで、それ以外は何もなかった。あとは自分で揃えろって事だ。
「朝食は7時。昼食は12時。夕食は8時。基本的には自由だが、これだけは守ってもらうぞ。あと、お前の他にもこの階には弟子が三人ほど生活しているから、あとで挨拶してくるといい」
手に持っていた本を机の上に置いて、換気のために窓を開ける。
開けた瞬間、大量の埃が舞い上がって盛大に咳き込んでしまった。
「すまないな。何せ長年使ってなかった部屋だから埃が溜まってるんだ。メイドに掃除道具を持ってこさせる」
「ごほっ、…。あの、本当にここで暮らしてかなきゃいけないんですか?」
「…なんだ、不服か?」
「…いえ。別に嫌とかそういう訳じゃなくて…。ここで暮らしていくとなると、学校とかはどうすればいいのかなって」
「学校? …、ああそうか。そういえばお前は学生か。…ふむ。そうだな。ここからお前が現在通ってる学校まではだいぶ遠いか」
顎に手を添えて考える。
学校の事、考えてなかったんですか。
「…まぁ、そこは追々済ませる事にして」
「追々…」
「今日は疲れただろう。ここからは自由にしていい。ゆっくり休むのも良し。屋敷を探索するも良し。お前の好きにしろ。夕食の時間になったらメイドに呼びに行かせるから」
片手を振って、師匠は部屋から出ていく。パタンと閉じられた扉を見つめ、私はしばらく動けなかった。追々って、そんな適当な…。
「…。」
ゆっくりと辺りを見渡す。
あれよあれよという間にとんでもない事になってしまった。
「…はぁ」
肩を落として、溜め息を吐く。
これからここで一年間。まだ見ぬ他のお弟子さんと一緒に。トールさんも含めて。師匠と暮らす。ここから一年間。ここで。この部屋で。
「…うぐぬぬぬぬ」
頭を抱えるが、悩んだ所でもう私がここで一年間暮らすというのは決定事項なのだから"やっぱり辞めた"と覆りはしない。
うぅ、すっぱりと受け入れられる精神力が欲しい。
「仕方ない。寝るか」
考えていても答えなんて出ない。そう思った私は、大人しく寝る事にした。
ベッドにうつ伏せにボフンと倒れると、やっぱり埃が舞う。喉が悪くなりそう。
「……」
でも、私は自分が思っていた以上に相当疲れていたようだ。そのまま目を閉じて深い眠りについてしまう。
すーすー。と規則正しい寝息がして、少し経てば窓から入ってくる風が机の上に置いたクリスマスツリーの飾りをなびかせ、チリンと小さな音を鳴らした。




