時間停止2 ※トウマ視点
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「…え?」
パチパチと目をしばたたかせながら、目の前で起こっている事態に困惑する。
何故なら、魔獣が空中で動きを止めたまま浮いていたからだ。
「「……」」
肩を落として、クロノと顔を見合わせる。恐る恐る近付いてみるも、魔獣はピクリとも動かなった。
トントンと叩いてみても、何の反応もない。
「…どうなってんの、これ?」
「…。これは、時間停止の魔法?」
「時間停止?」
「時間停止の魔法は、時の魔法の中でも最上級の魔法よ。唱えれば、世界中の時が停止してしまうわ」
「最上級。…そんな凄い魔法を一体誰が?」
「わからないわ。…、まさか、クロノ石?」
「クロノ石?」
ポケットに手を入れて、クロノ石を取り出す。
見ると、石は白く光輝いていた。
「光ってる…」
「やっぱり。これは凄い事よ! トウマ!」
クロノは言う。その声はなんだか嬉しそうだ。
その時、ピーピーと何処からか音が鳴り響く。何の音だと思いながら自分の周りを見てみると、どうやらその音はローデンさんがくれた腕時計からしているみたいだった。液晶に触れると、そこにローデンさんの顔が映し出される。
「ローデンさん?」
『ああ、トウマくん。すぐに出てくれて良かったわ』
「どうかしたんですか?」
『いや、別に大した用じゃないんやけど…。トウマくん、クロノ石は手に入れたんか?』
「はい。ここにあります」
『そうか。それは良かったわ。…なら、間違いはなさそうやな』
「ん?」
ローデンさんは言う。
間違いない。とは、一体。
『トウマくん。君、時間止めたやろ』
「!」
ビクッと肩が震える。
時間停止の魔法を唱えると世界中の時が停止すると言っていた。だとすれば、時が止まっているのはここだけではなくローデンさんやリィドさんたちの周りの時間も止まっているという事になる。
ローデンさんの問いにどう答えていいのかわからず、俺は眉を下げてクロノに助けを求めた。俺の視線に気付いたクロノが代わりに彼と話し始める。
「違うわ、ローデン。これはトウマがやったんじゃない」
『クロノ? ああ、そういや居るの忘れてたわ。…トウマくんがやったんじゃないってどういう事や?』
「時間を止めたのは、クロノ石よ」
『クロノ石が?』
「多分だけれど、石はトウマを守りたかったのよ。だから時を止めて、襲ってくる魔獣から彼を守った」
『…魔獣? 守るって。あの石コロがか? それはあり得んやろ。石コロが自分の意思で時の魔法を使うなんて、そんな話聞いた事ないで』
「でも実際に時は止まっているわ。現に今、トウマの手のひらの上で石が光っているもの」
『……』
会話に入ってきたクロノの言葉を聞いて、ローデンさんは驚きの表情を浮かべる。二人の会話から察するに、どうやらクロノとローデンさんは知り合いのようだ。
二人の会話はそれからもしばらく続き、一区切りついた所でローデンさんは溜め息を吐いて眉をひそめた。
『…まぁええわ。クロノ石を手に入れたんなら早う戻ってき。話の続きはそれからや』
そして、ローデンさんは通話を切る。
ローデンさんとの会話を終えたあと、クロノは小さく息を吐いて俺の方に顔を向けた。
「…早く戻って来いだって。それじゃあお言葉通り、トウマ。私たちもここから出ましょうか」
言って、彼女は歩き出す。
振り返る事なくどんどんと先に行ってしまう彼女を見て目を見開き、俺は慌てて彼女を止めた。
「え。ちょ、ちょっと待って! 戻るのはいいけど、それよりこの魔獣は? このままでいいのか?」
「? ああ。大丈夫よ。念のために防衛システムを作動しておくから心配ないわ」
「…防衛システム?」
クロノは言う。
防衛システムとは一体。
「ほら。早く行くわよ」
「…、う、うん」
話している時間が惜しいのか防衛システムについての説明はないらしい。なんだか凄く気になるけれど、俺は仕方なくクロノの言葉に頷いて歩き始める。
振り返って空中で止まっている魔獣を見ると、それはとても異質で、不気味さを感じる異様な物体となっていた。
+
「………なんだか、変な光景だな」
洞窟を出て、森の中を歩く。
辺りを見てみると、木も魔獣も動物もみんながみんな全部止まっていて、その場で動いているのは俺たち以外には居なかった。
「なぁ、時間停止の魔法って世界中の何もかもが止まるんだよな? 何で俺たちは動けてるんだ?」
「時間停止の魔法は時の番人には効果がないからよ」
「そうなのか?」
「ええ。…それと、時間停止の魔法は、魔力の量で効果時間が変わってくるの。魔力の量が少なければ少ないほど時を止められる時間は短く、あればあるほど時間は長く止めていられるのよ」
「魔力の量で…。クロノ石の魔力ってどれくらいあるんだ?」
「さぁ」
「…さぁ?」
「聞かれてもわからないわ。まったくの未知数。でも、そこそこの量は宿してるんじゃないかな。あの洞窟を出てしばらく経っているけれど、解けていないもの」
「……」
クロノの言葉を聞いて、眉を下げる。魔法の効果は魔力の量次第。魔力が多ければ多いほど効果時間は長く、少なければ少ないほど短くなる。
石を見つめるが、石はまだまだ光輝いている。もしこのまま時間が止まったままだったら…。そう考えるとかなり恐怖を感じてしまう。
「な、なぁ、…もしこのまま時間が止まったままだったら?」
「それは流石にないわよ。主さんが許さないもの。…そうね。五時間くらい経ってもまだ時間が止まっているようなら、主さんが動いて強制的に解除してくれるわ」
「五時間…」
口元を引きつらせる。
それでも五時間ですか。長いなぁ。
+
「…なんや。クロノも来たんかい」
「私が来たら悪い?」
「いや、別に悪い訳じゃないけど。持ち場は大丈夫なんか?」
「大丈夫よ。防衛システムを作動してきたから」
「防衛システムって、…あのエグい奴か。なら大丈夫か。…、大丈夫か?」
小屋に戻ってきた。
小屋の中で、俺たちはローデンさんと話を再開する。未だに光るクロノ石をテーブルの上に置くと、ローデンさんはそれをまじまじと見つめた。
「…光っとる」
「リィドとトールは居ないのね」
「リィとトールくんは別件や。なんや、会いたかったんか?」
「まぁ。顔を見れたらいいなって思ってたけど、居ないなら仕方ないわ」
残念そうに、クロノは眉を下げる。
リィドさんとトールさんとも知り合い。という事は、彼女も時の番人なんだろうか。
「じゃあ取ってくるから、ちょっと待ってな」
「?」
取ってくる?
言って、ローデンさんは俺たちから離れる。しばらくして戻ってきた彼の手に握られていたのは、大工仕事などでよく使われているハンマーだった。ハンマーなんて持ち出してきてどうするつもりなんだろうかと見つめていると、ローデンさんは思い切りそれを振り上げる。
「…あー。これ、このままやっちゃって大丈夫やろか?」
「大丈夫じゃない?」
そのままの体勢でローデンさんはクロノに話し掛け、そして、少しだけ心配そうな表情を浮かべながらも、彼はテーブルの上に置いたクロノ石をハンマーで勢いよくぶっ叩いた。
「!?」
窓ガラスが割れてしまうんじゃないかというくらいの大きな音が小屋中に響き渡る。突然の大きな音に吃驚して、俺は目を見開いた。
「かったい…!?」
ゆっくりとハンマーを石から離す。石は光は消えたものの割れずにそのまま残っていた。
それを見て、ローデンさんはハンマーを持つ手を抑えながら口元を引きつらせる。
「なんやこの石めっちゃ硬ぇ」
「大丈夫?」
「心配あらへん。痺れてるだけや」
ローデンさんは言う。
その時、ガシャンッと何かが落ちた音がした。それと同時に端末から"時間進行再開"という音声が聞こえてくる。視界も黒と白から元に戻り、俺とクロノは顔を見合わせた。
「…時間進行再開?」
「どうやら時が動き出したみたいね。ハンマーでぶっ叩いたからかしら?」
「なんにしても、時が動いてくれて何よりや」
石を見つめる。
石は、ふるふると震えていた。光っていた時はまったく動いていなかったのに…。
「…じゃあ、しゃーない。このままでええか」
時が動いてくれて喜んでいるのも束の間、ローデンさんは言って息を吐く。
「ハンマー以外に使えそうな物は何かないの?」
「生憎、ここにはハンマーくらいしか使えるもんはあらへんよ」
「チェーンソーは?」
「こんなちいちゃな石コロにあんなデカ物騒なもん使えるか」
「…なら、このまま?」
「このままやな」
石を見つめて、クロノは眉をひそめる。
何の話をしているのか。
「…よし。じゃあトウマくん」
「はい」
「この石を舐めるんや」
「はい。…はい?」
ローデンさんの言葉に返事をする。けれどその言葉に違和感を感じて、俺は首を傾げた。今、舐めろって言った?
「…今なんて?」
「だから、その石コロを舐めるんや。大丈夫。たぶん塩味やから」
ローデンさんは言う。
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
「な、舐めるんですか? これを?」
「心配あらへん。時の番人なら誰しもがやる通過儀礼や。わいもリィもトールくんもやったんやで。石コロそのままやなかったけど。…はい。どうぞ」
石を受け取る。
石は、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「……」
石を見つめて、表情を歪ませる。
この石を舐めなければ、時の魔法は使えないらしい。こんな事になるなら興味を持つべきではなかったのかもしれないとちょっと後悔。
「さぁさぁトウマくん。ぐっと。これは勢いが大切やで」
「……」
言いながら、ローデンさんは笑っている。
笑ってないでくださいイラつくから。
「すぐに終わるわ。だから頑張って、トウマ」
「…、」
はぁ。と、息を吐く。
ローデンさんとクロノが見守る中で、もはや"舐めない"という選択肢はないみたいだ。
「…っ、」
意を決して、俺は石を口の中に放り込む。
すると次の瞬間、舌の上で石がぶるぶると大きく震えて、パキンと割れた音がした。




