地下道にて
女の人に部屋に閉じ込められてから二時間あまりが経過。
現在、私はどこかの暗い部屋の中にて巨大な魔獣と戦っていた。閉じ込められた部屋ではなくて、別の部屋でだ。
[グアアアッ!]
「炎よ燃えろ! フレイム!」
[雷よ轟け! ライトニング!]
私とプクプが同時に放った魔法が魔獣の身体に少しずつ傷を作っていく。しかし魔獣は痛みを感じていないのか全然余裕そうだった。やはり下級の魔法は大きすぎる魔獣には効果がないのか。
ここまでの経緯を簡単に説明すると【脱出するため部屋の中を見渡す。何もない→窓を開けて脱出を試してみる。失敗→壁をペタペタ触ってみる→隠し扉を見つける→扉の先に進んだら突然眩い光が私を包んだ→謎の場所に移動→道が続いていたため奥に進む→広い部屋に辿り着く。魔獣が居た→プクプが加勢すると言い出す→今ここ】
[グアアアッ!!]
[ぜ、全然効いてませんよアメリアさまぁ…っ!]
「諦めちゃダメだよプクプ! やり続けていけば何とかなる!」
塵も積もれば山となる。という言葉があるように、下級の魔法を魔獣に少しずつ与え続けていればいつか必ず勝機は見えてくるかもしれない。だから諦めては駄目だ。
私は、炎の魔法を続けて魔獣に向けて放つ。魔獣もそれに対抗しようと咆哮をあげて炎を口から吐き出した。青い激しい炎が私を襲う。直撃を喰らう前に後方に避けて難を逃れたけれど、判断が少しだけ遅かったかスカートの裾がちょっと焼けた。
「っ、…」
[アメリアさま!]
「大丈夫。焼けたのはスカートだけ」
眉をひそめて魔獣を見つめる。
魔獣は地団駄を踏み、今にも突進してきそうだった。
[よくもアメリアさまを! 雷よ轟け! ライトニング!]
呪文を唱え、プクプは魔獣に攻撃する。プクプの手から放たれた稲妻が魔獣の身体に巻き付いてビリビリと音を立てた。
しかし先ほども言ったように、大きすぎる身体故か魔獣には全然効いていなくて、地団駄を踏んでいた魔獣は雷をその身体に巻き付けたまま突進してきた。
[グアアアッ!!]
「…っ、水の流れよ! アクア!」
水の魔法を放つ。雷が巻き付いている今なら水を浴びて感電しないかなと思った。けれどそれは無駄な考えに終わり、感電はせず魔獣はまっすぐに私たち目掛けて突っ込んでくる。
慌てて避けるも、魔獣は避けた私を目で追い、前足を使って力強く私を攻撃した。防ぐ術も何もしていなかった私はそのまま吹き飛ばされて壁に激突する。背中を思い切り強打し、私はしばらく動く事が出来なかった。
[アメリアさま!]
プクプが叫ぶ。
グルル、と牙を剥き出しにして魔獣は私の方に身体を向けて再び地団駄を踏む。また突進してくるのだろうか。
「…っ、」
力が入らない。
身体中から血が流れているのか、所々痛みを感じる。お腹も痛い。骨でも折れているのか。
[グアアアッ!!]
魔獣が突進してくる。
身体が動かない。このままでは死んでしまう。早く何とかしないと。
「…は、」
…駄目だ。何も出来ない。
[グアアアッ!!]
[アメリアさまぁ!]
魔獣がだんだん近付いてくる。
頭がボーッとしてきた。私は、ここで死んでしまうのだろうか。
…また、死んでしまう。
ここで死んだらどうなるのだろう。またあの結界の中に飛ばされるのかな。そうなったらきっと、トールさんに怒られるのだろうな。
[グアアアッ!!]
突進してきた魔獣は、ある程度近付いてきた所で前足を振り上げる。プクプが私の名前を叫び、魔獣は鋭く爪を伸ばした。
爪が勢いよく振り下ろされて、私の身体は真っ二つに切り裂かれる。
+
…かに、思えた。
けれどそれは、私の周囲を取り囲む結界によって防がれた。魔獣の爪は結界によって弾かれ、私はかろうじて命を拾う。
「…まったく、世話の焼ける子だこと」
背後の壁に手を置いて、ゆっくりと立ち上がる。あばらが折れているため、動く度にズキズキと痛みが走った。
結界に警戒しているのか、魔獣はゆっくりと後退し、牙を剥き出しにしたまま此方を睨み付けている。それを見て眉をひそめ、私は息を吐いた。
[アメリアさま! 大丈夫ですか!?]
妖精が近付いてくる。
"あの子"が捕まえた妖精。確か名前はプクプだったか。
「…ええ、大丈夫よ。少しだけ油断だけだから」
[…? アメリアさま?]
声を聞いて、プクプは首を傾げる。
[グアアアッ!!]
魔獣の咆哮が響く。
結界を解除し、私は手を伸ばした。
「こんな所で死んでなんていられないのよ。私たちは」
言って、私は足元に魔法陣を描いて詠唱を始める。強制的に魔力を押し上げる魔法。それを使って、私は今ある"この子"の魔力を振り上げられるだけ振り上げた。
魔法陣から放たれた眩い白光が私を身体を包み込む。包み込んだのは一瞬。パンッと光が弾けて、そこから現れたのは、魔力を身に纏って成長した私の姿。数年後の"あの子の姿"って言った方が分かりやすいかもしれない。
[ア、アメリア…さま?]
目の前の私の姿を見て、プクプは目を見開く。初めて見る人にとっては吃驚するわよね。
「…ごめんなさい。あまり説明している時間はないの。あの魔獣を倒したらちゃんと言うわね」
そう言って、私はプクプを後ろに下がらせて再び魔法陣を描き詠唱を始める。
[グアアアッ!!]
魔獣が突進してくる。
真っ直ぐに突き進んでくるその姿は、まるで猪そのものだった。あんなものに苦戦を強いられていたなんて、…やっぱりまだまだ赤ちゃんね、あの子は。
[グアアアッ!!]
「水の流れよ! 敵を葬り去れ! アクアショット!!」
詠唱を終え、頭上に出現させた無数の水の球を魔獣に向けて放つ。連続して放たれたそれは突進してくる魔獣に命中し、魔獣はバランスを崩してその場に倒れた。
ドスン、と大きな音を立てて倒れた魔獣は苦しそうにもがいている。今の魔法でどうやら魔力を使いきってしまったらしく、私は元の姿に戻ってしまった。
[アメリアさま!]
プクプが近付いてくる。
顔を向けると、不思議そうな表情を浮かべて、彼は私を見ていた。
[あ、あの、…本当に、アメリアさま?]
「…ごめんなさい。私は貴方の知っているアメリアじゃないの」
[え!?]
「うーん。何て言えばいいのか……」
顎に手を添えて考える。
上手い言葉が見つからない。幽霊とも違うし、守護霊とも違う。何かいい言葉はないものか。
[…も、もしかして、精霊さま?]
「?」
精霊さま?
[僕、聞いた事があるんです。精霊さまは時々こうやって人間たちの身体の中に入って、困っている人間を助ける事があるって。貴女ももしかしてそうなんでしょ?]
「……」
この妖精が何を言っているのかさっぱりわからないけれど、まぁ、今の私の状況をイチから説明するのは些か難しいから、そう勘違いされていた方が都合がいいような気がする。
「そう、ね。…それでいいわ」
[やっぱり! アメリアさまを助けてくれてありがとうございます、精霊さま!]
にっこりと笑みを浮かべるプクプ。
その時、魔獣が唸り声をあげる。
[グル…ッ]
[! あいつ、まだ生きて…!]
「心配いらないわ。しばらく動けないはずだから」
致命傷は避けているから、あまり油断は出来ないけれどね。
「さて、じゃあそろそろ行きましょうか。この地下道はまだまだ先が長いわ」
[? 精霊さま、この場所知ってるんですか?]
「ええ。ここには何度か来た事があるのよ」
プクプの言葉に頷く。
このフォージアムの地下道は、地上にある街と同様に道が複雑にいりくんでいて迷いやすく、一度足を踏み入れたら最後、地図なしでは出られないと言われているほどの場所だった。
街に住んでいる人ならば地図が無くても進めるそうだけれど、そういう人に会った事はないから実際にはどうなのかわからない。
「だから、この場所では地図は必須なんだけれど、…この子は持ってないみたいね」
[正門で地図を貰っていましたけど、]
「あれは街専用の地図よ。地下道には地下道専用の地図が必要なの」
[それは、何処で貰えるんですか?]
「専門の業者から買うのが一般的ね。…そんな人、この街では見た事ないけれど」
地下道の地図を手に入れるために街の中を血眼になって探してみた事があったけれど、結局何処にもそれを売ってくれる人は見つからなくて、その都度涙したのを覚えている。
思い出して、はぁ、と溜め息を吐く。まぁ、この地下道には何度か来ていて道もなんとなく把握しているから頑張れば外に出られない事もないからいいのだけれど。でも、それでも地図は欲しかった。切実に。
[…今日中に、外に出られるでしょうか?]
「どうかしらね。迷わずに急げばギリギリ行けるかもしれないけれど、魔獣のおかげで時間を喰ってしまったから、最悪今日中には出られないかもしれないわ」
[え、]
この子に与えられた時間は"二十四時間"。それまでにこの地下道を脱出してあの魔法の師とかいう女性の所まで行かなければいけない。
どんな意図があってこの子をこの地下道へやって来させたのかわからないけれど、二十四時間以内っていう時間設定はいくらなんでも意地悪すぎだと思う。間に合わせるようにしたいのなら、今から脱出するには時間でも止めない限り無理かもしれない。
「…ここで話していても仕方ないわね。歩きながら考えましょう」
言って、私は歩き出す。うずくまっている魔獣はそのまま。動けるようになったら少しは反省して大人しくなるだろう。
[あの、精霊さま]
「何?」
[アメリアさまは、今どうしてるんですか?]
「ああ。あの子なら今は眠っているわ。魔法を使って、疲れてしまったのね」
眠っている。というか、気絶していると言った方が正しいのだけれど。
「だから、もう少しだけ私はここに居るわ。あの子が起きるまでね」
[そうですか…]
ホッと、胸を撫で下ろす。
そしてプクプは"疲れました"と言って、イヤリングの中へ戻っていった。
「…、」
一人になって、短く息を吐く。
迷わず急げばギリギリ今日中には外へは出られる。しかしそれで無事に外には出られても、女性の居る屋敷まではどう頑張ったとしても行けない。どんな方法を用いても時間が圧倒的に足りないのだ。
うーん。と、顎に手を添えて、歩きながら考える。さて、どうしましょうかしらね。




