トールさんの魔法の師
「…うわぁ」
トール先生による、楽しい楽しい魔法の授業。三年と四ヶ月二十一日目。現在私は、トールさんとアイシクルと一緒に北の国の西にある大都市・フォージアムへとやって来ていた。この街に来た理由は、トールさんとアイシクルにとって馴染みの深い人物がこの街の貴族街に住んでいるから。その人に会いに私たちはやって来たのだ。
そこに何故私が同行しているのかというと、トールさん曰く、その人に私を紹介したいのだとか。その人はアイシクルの婚約者が誰になったのか気になっているらしい。
「大きな街ですね。油断してると迷子になりそう」
「勝手に何処か行くなよ。捜すの面倒だからな」
「…こほっ」
さすが、北の国最大の都市と言われているほどの街。建物も多いし人も多い。まだ夜が明けて間もない時間なのに人がいっぱいだ。
私たちが今居る正門から貴族街までは少し距離がある。街に入る時に貰った"来訪者専用の地図"を見て、私は貴族街の位置を確かめた。あ、途中にパン屋発見。
「これから会いに行く人ってどんな人なの?」
「俺もよくわからないんだ。会ったのは一度きりで、しかも物心付く前の頃だっだから…」
「今から会いに行くのは、俺が以前世話になった魔法の師だ」
「魔法の師? トールさんの?」
「ああ」
貴族街を目指して歩き始め、これから会いに行く人がどんな人なのかを聞いてみる。
トールさんに魔法を教えた人。それを聞いただけで、なんだか背筋が伸びそうだ。
「どんな人なんですか?」
「説明はしない。……会ってみればわかる」
それだけ言って、トールさんは黙ってしまった。教えてはくれないらしい。
「……、」
トールさんの魔法の師か。
一体どんな人なんだろう。
+
貴族街に入って数分。目的の場所に到着した。目の前に聳え立つ大きな格子状の門を見て、目を瞬かせる。奥には門と同じ大きさの長い砂利道が続いていて、途中にある噴水を挟んで更にその奥に屋敷はあった。ガチャッと門を開いて、中に足を踏み入れる。目に見えるすべてが規格外に大きな物のため、私はキョロキョロと辺りを見渡しながら、驚きと恐怖に身を震わせていた。
「待っていたぞ。我が弟子とその弟よ」
屋敷の扉がある所まで近付いていくと、私たちを待っていたかのようにタイミングよく扉が開く。そこから黒いメイド服を来た女の人が出てきて、彼女は私たちの顔を確認すると深く頭を下げて私たちを屋敷の中へ招き入れた。女の人についていって、階段を登る。長い廊下を歩いて奥の部屋。黒い扉の前に立ち、女の人はトントンと扉を叩いた。扉を開いて中に入ると、そこには紺色の髪の女の人が居た。女の人は私たちの真正面にある茶色のローテーブルの上にどっかりと腕と膝を組んで座っている。
「お久しぶりです、師よ」
「うむ。お前たちが訪ねて来ると聞いた時は驚いたぞ。何年ぶりだ?」
言いながら、女の人は立ち上がってトールさんに近付き肩を叩く。
この人が、トールさんの魔法の師…。
「もう随分会ってなかった気がするなぁ。会えて嬉しいぞ。さあ、長旅で疲れているだろう。ソファに座ってくれ」
ソファに座るようにと促され、トールさんとアイシクルはテーブルの両端に置いてある黒い革製のソファに腰を降ろす。
私もソファへ座ろうとしたけれど、しかしそれは女の人に腕を力強く掴まれて阻止されてしまった。
「待て。貴様は駄目だ」
「え?」
「何処の誰かは知らんが、持ち主の許可無しに座るのは無礼だぞ」
「あ、…えと、ごめんなさい」
グググと指が食い込み、痛みを感じる。
ソファから離れて、私は逃げるようにアイシクルの後ろに立った。眉をひそめて私を睨み付けている女の人に、トールさんは息を吐いて説明する。
「師よ。紹介する。彼女はアメリア・ラインハーツ。師が会いたがっていたアイシクルの婚約者だ」
「アメリア? …ほぉ。貴様があの男の子供か。あの男に似てイケ好かん顔をしている」
トールさんの言葉を聞いて、女の人は更に眉をひそめる。
あの男の子供…、似ている、とは、もしかしてお父様の事を言ってるのか。
「お父様を知っているんですか?」
「ああ、知っている。……あの男と知り合ったのは、私の人生の中でも最悪の汚点だ」
「汚点…?」
どういう意味だろうと首を傾げると、女の人には聞こえないようにトールさんが教えてくれた。どうやら、お父様と女の人の間には少なからず男女の仲というものがあったらしい。結婚の約束もしていたようだけれど、お父様の両親が彼女との結婚に猛反発して、強引にお父様と彼女の仲を引き裂いたそうだ。代わりに、お父様の結婚相手には両親が決めていた相手があてがわれたが、しかし彼女はお父様を諦めきれず、お父様に"駆け落ちをしよう"と持ちかけ、お父様と一緒に遠くへ行こうとした。けれどお父様はそれを拒否し、半ば彼女を振る形で彼女とお別れをする事となった。それ以来、彼女はお父様に猛烈な恨みを持っているのだそうだ。
なるほど。そんな事情が。…と、素直に頷ける話じゃない。つまり、この人はお父様の元カノという事だ。なるべく、親のそういう話は聞きたくはない。
「ああ、思い出しただけでも腹が立つ!」
頭を抱えながら、女の人は声を荒げる。
「師よ。嘆いていても仕方がない。終わってしまった事にくよくよしていては身が持ちませんよ」
「…はぁ。そうだな。トールの言う通りだ。よし、切り替えよう」
トールさんに言われて、女の人は息を吐く。そして彼女は私の元に近付いてきて、私の腕を再び強く掴んだ。
吃驚して目を見開きながら女の人の顔を見ると、そのまま彼女は何も言わずに私を連れて部屋の外へ。引っ張られるまま長い廊下を歩き、とある部屋の前まで来れば女の人は足を止めた。見ると、扉には小さく魔法陣が刻まれている。
「ここは…?」
「…今から貴様をこの部屋に閉じ込める」
「…は?」
女の人は言う。
私たちのあとを追って、アイシクルとトールさんも部屋の前までやって来た。
「と、閉じ込めるってどういう…っ、わ!」
「アメリア!」
聞く前に、有無を言わさず女の人は扉を開けて私を部屋の中に強引に押し込む。
床に手を付いてすぐさま振り向くけれど、すぐに扉がバタンと閉められて、私は慌てて扉を叩いた。
「ちょ、ちょっと! 開けてください!!」
「二十四時間だ」
「はい?」
「貴様にこれから二十四時間やる。その時間の間にその部屋から脱出し、私に会いに来い」
「はぁ?」
扉越しに女の人は言う。
わけがわからず、首を傾げた。
「念のために言っておくが、私はトールのように甘くはない。…貴様に見込みがないとわかった時点で、私は貴様をこの街から追い出すからな。…まぁ、せいぜい頑張る事だ」
そして、だんだんと足音が遠ざかっていく。ドアノブをガチャガチャと何回か回してみるけれど鍵が掛かっているのか開く事はなかった。
一体、なんなんだこれは。突然すぎて頭が付いてこない。
「……」
女の人は二十四時間って言っていた。
部屋の中を見渡すが、特にこれといって注視するような物は何もない。どこにでもあるような普通の部屋のようだ。
「…あー、もう」
とりあえず、脱出方法を考えるしかないか。




