時の番人
「…っ、」
目を覚ます。
ここは、何処だろう。
「まったく、何故こんな事になった」
声が聞こえる。
誰の声だろうか。
「お前らが二人もついていながらどうしてこうなっている。今回は今までの中でも最悪の結果だ」
「そない言うても仕方あらへんやろ。あの子からしてみたら初めての経験だらけやったんや。それに、初めての子に前回以上の結果を求めるのは土台無理な話なんよ」
この声、ローデンさん?
誰と話してるの?
「それで、これからどうするんだ?」
「それは、あの子次第やろ?」
「…チッ」
ローデンさんと話していた声の人は、舌打ちをして、私の方を向く。
ツカツカと歩いてきて、彼は私を見下ろした。仰向けに倒れている私は少しだけ動いて、ゆっくりと顔を彼の方へ向ける。
「…目が覚めていたか」
「…。トール、さん?」
「目が覚めたのならさっさと起き上がれ」
私の元にやってきたのは、金髪の男の人。アイシクルのお兄さん…トールさんだった。トールさんは腕を組みながら、呆れた表情で私を見ている。
起き上がって、キョロキョロと首を動かす。そこは知らない場所だった。
「ここは?」
「ここは、俺たちが張った結界の中だ」
「結界?」
「ここでは、すべての記憶が蘇り、すべての記憶が保管されている。…お前の頭の中では、今はあいつの記憶までもごちゃまぜで詰め込まれてるのだろうな」
トールさんは言う。
記憶がごちゃまぜ。…うん。言われるまでもなく、私の頭の中は知らない記憶がいっぱいだ。これは、私ではなく、彼女の…私になる前のアメリアさんの記憶なのだろう。
「お前は、何故自分がここに居るのかわかっているか?」
「?」
「この場所にやって来るまでに、お前は何をしていた?」
問う。
ここにやって来るまでに、私が何をしていたか。
ここに来るまでに、私は何をしていた?
「………………、」
ああ、そうだ。思い出した。
確かあの時、私は、私たちは地の精霊ノームの力で巨大な迷路のある場所に連れてこられて。その途中で、魔獣に襲われて。それで、それで、……
「…大きな木のある所で、殺された」
「誰に殺された?」
「誰に?」
誰に殺された? 魔獣に?
……ううん。違う。魔獣には殺されていない。じゃあ、誰に殺された?
覚えている。鮮明に覚えている。
あれは、あの人は、……
「あの人は、私の首を斬り裂いて……」
そして、みんなを……
「! そうだ、みんなは!?」
「落ち着け。ここに奴らは居ない」
「居ないって、どういう…。…捜さなきゃ、みんな…!」
「…俺の言い方が間違っていたな」
慌てて立ち上がり、みんなを捜しに行こうと足を動かす。しかしそれは、トールさんに腕を掴まれ阻まれてしまった。
強引に引き寄せられ、私は眉を下げる。
「あいつらは死んだ。俺たちが遺体を確認している。もう居ない。行ったところで無駄だ」
「っ、そんなのわからないじゃない!」
「ちょ、ちょいちょいちょいトールくん! いくら何でも直球過ぎや!」
「お前は黙っていろ」
「いいや! 黙らへん! 冷静になれやトールくん! 相手は女の子やぞ!?」
「………………」
腕を離す。
強い力で掴まれていたため、そこには痛みだけが残った。
「アメリア」
「…リィドさん」
そこで、リィドさんが近づいてきて声を掛けられた。
「……私、は」
"私"は、また、また失敗してしまった。
"私"という存在を変えても上手くいかないんじゃ、…これからどうすれば。
「すべては、お前のせいだ」
「!」
「トールくん!」
「お前の考えに賛同した俺たちも俺たちで同罪だが、今回ばかりは呆れて物も言えん」
「……」
トールさんの言葉は、私に向けられてるのか、それとも"私"に向けられているのか。この場合、間違いなく、"私"の方だろう。今ならわかる。私以外の"私"の記憶が頭の中でぐるぐると回っていて、心が搔き乱されている。
「トールくん、ほんまええ加減に…!」
「ローデン。トールも、少し黙っててくれ」
「……」
リィドさんの言葉に、ローデンさんとトールさんは口を噤む。
「アメリア。突然の事で驚いてるよね。ごめんね。トールも悪気があって言ってるわけじゃないんだ」
「リィドさん、私…」
「わかってる。今の君は少し混乱してるだけだ。自分の物じゃない誰かの記憶が頭の中にあるわけだしね」
「…これが、…この記憶の全部が、あの人の、…アメリアさんのものなんですか、…?」
「…? 彼女を知ってるのか?」
「…はい。えと、以前に一度だけ会った事があって」
「あり得ないな。あいつは消えた。ここには居ないはずだ」
「トールくんは黙っとり!」
「以前に会ったって、何処で?」
「何処、で…」
聞かれて、考える。
"私"。…アメリアさんと出会ったのは、…あれは、何て言えばいいんだろう。精神世界?
「…精神世界?」
「はい。真っ暗な場所で、そこでは私はただの白いだけの人間で、…そこで私はアメリアさんと会ったんです」
「彼女と、何か話した?」
「はい。…でも、何を話したかまでは」
「…ここら辺探せばあるんやないの? アメリアちゃんに関する記憶は全部ここにあるんやろ?」
「生憎だが、ここにそれらしいものは見当たらない」
「? それおかしくないか? 何でないねん」
「さあな。記憶がないって事は、今の話はこいつの嘘なんだろう」
「っ、嘘じゃありません! 私は本当にアメリアさんと!」
「はいはい、トール。それ以上突っ掛からない」
眉をひそめて、トールさんは私を睨み付ける。怖い。いつでも何処でもトールさんは私に当たりが厳しいけれど、アメリアさんの記憶が頭にある状態ならばその理由がなんとなくわかる。
トールさんは、私を恨んでいる。
憎んでいるんだ。凄く。
「そうか。わからないんじゃ、この話は保留だね」
「…あの」
「ん?」
「えと、今さらなんですけど、…何で、私はここに? それに、どうして…」
「は、…」
「はっはー。ほんま今さらやな!」
ローデンさんは笑う。
いや、本当。何で私はここに居るんだろう。ローデンさんとリィドさんが近くに居るのはわかる。どうしてトールさんもここに…?
「俺も、時の番人だからだ」
「え?」
疑問を口にする前に、トールさんは答える。ローデンさんの方に顔を向ければ、彼は"ちなみにリィもそうやで"と頷いた。
「で、お前がここに居る理由は、お前が"選ぶ人間"だからだ」
「選ぶ、人間…?」
「それで、アメリアちゃん。こここらが本題や」
「?」
本題……?
「アメリアちゃんには、これから二つの道を用意する。一つはこのまま死を選ぶ道。もう一つは」
「時を戻し、世界をやり直す道だ」
「トールくん!? わいの台詞取らんといて!」
「…まぁ、どちらを選ぶかなんて問いはお前には愚問な気もするがな」
腕を組んで、トールさんは言う。
「時を戻す…」
時を戻す道。記憶を辿れば、アメリアさんはいつもこの道を選んでいた。アメリアさんの大切な人。アイシクルをサラマンダーから救うために、何度も、何度も失敗して、何度も同じ結末を見続けて。
私の記憶でも、アイシクルはサラマンダーに身体を乗っ取られてしまって、時期は違うけれど、同じ結末となってしまった。
「…、死を選べば、私はどうなるんですか?」
「そのまま、魂となってこの世をさ迷う事になる。アイシクルの姿をしたサラマンダーが支配する世界を幽霊になって傍観する羽目になるだろうな」
「……時を戻した場合は?」
「その場合は、君が体験した事すべてがなかった事になる。君の死も、みんなの死も、アイシクルくんがサラマンダーに乗っ取られたっちゅー事実も、何もかも」
「……、」
「どちらか一方を選べば、どちらか一方の道は消える。後戻りはでけへん。…どうする?」
「……」
ローデンさん、リィドさん、トールさんの目が私を見つめる。
「ちなみに、わいの意見を言うと、わいは君に時を戻す道を選んで欲しいねん」
「?」
「理由は?」
「だって、サラマンダーが支配したあとの世界エグいやん。人間誰も居ないし、なんか全体的に赤いし」
………赤い、とは。
「リィは?」
「え、俺も言うのか?」
「わいだけ言うのは寂しいんで」
「じゃあ言うな」
「トールくんはアレやろ?"責任取って大人しく死を選べ"って、キザったらしく言うつもりなんやろ?」
「まず先にお前に死を選ばせてやろうか」
トールさんはローデンさんを睨み付ける。
ローデンさんはケラケラと笑い、リィドさんの肩をポンと叩いた。
「俺は。…俺も、ローデンと同じかな」
「お、なんか意外」
「どうしてですか?」
「サラマンダーを許せないから。その一言に尽きる」
何度も何度も世界の時間を戻して、何度も何度もサラマンダーと対峙して、何度も何度もサラマンダーという人物を知ってきた。
何度も何度も知っていくうちに、個人的にどうしてもサラマンダーには一言言ってやりたいと思ってしまっているので、そのためには時を戻して再びサラマンダーに会う必要があるから時を戻したい。との理由から、リィドさんは時を戻したいんだそうです。
「せやけど、決めるのは君やから、わいらの意見なんて無駄なんやけどな」
「俺たちの言葉を聞いて、それで決めればいいから」
「だが、サラマンダーをこのまま野放しにしておけばいずれ世界は滅びる。実質、答えは一つだ」
「トールくん。君は彼女を生かせたいのか死なせたいのかどっちやねん」
「…誰も死なせたいとは言っていないが」
「ローデン。お前が喋ると話が進まない」
「すんまへん」
死の道か。それとも時間を戻す道か。
死の道を選んだ場合、サラマンダーがそのまま世界を支配して、やがて世界は滅びる。
時間を戻す道を選んだ場合、世界の時間が戻って、私は生き返る。アイシクルもサラマンダーに身体を乗っ取られる前に戻れる。
「時を戻した場合、リヴィスたちはどうなるんですか?」
「契約したって事実もなくなるわけやから、柱ん中に戻る」
「戻る…」
そうか。まぁ、それはそうだよね。時間を戻すんだもの。私とリヴィスも、出会う前の状態に戻る。なんだか寂しい気持ちだ。
「どうする、アメリアちゃん」
ローデンさんが聞いてくる。
……………。
……私は。
"私"が選ぶ道は……。
答えは、もう最初から決まっていた。




