迷宮 ガーベラ・スカビオサ 4 ※ノエル視点
[もう! 遅い! 何やってるよのあの子たちは!!]
姉さんが怒っている。
それは無理もなくて、僕たちがトウマさんたちをこの迷宮に連れてきてから、もう既に2時間以上は経過していた。そんなにこの迷路は難しく造っていないはずなんだけれど、一体どうしたんだろうか。
[まぁまぁ。姉さん落ち着いて]
[どうして落ち着いていられるのよ! 人間でも簡単に出来るように造ったのに、何でまだ来ないの!?]
[…うーん。確かに遅いよね。何してるんだろう? …本当に簡単に造ったの?]
[造ったわよ! 行き止まりも罠も極力無くして分かれ道も無くして、基本入り口から真っ直ぐ進めば着くようにしたわ!]
[…なら、精霊壺探しに苦労してるとか?]
[精霊壺も見つかりやすい所に置いてきたわ! こんな優しい迷路造れるのは私くらいのもんよ!]
[……]
顎に手を添えて考える。
姉さんの言う"簡単"がどの程度のものなのかはわからないけれど、いくらなんでもこんなに長い時間来ないなんてのはちょっとおかしい。様子を見に行った方がいいかな。
[姉さん。僕、ちょっと様子を見てくるよ]
[え?]
[もしかしたら、何処かで詰まってるかもしれないでしょ? そうだったら手助けしてあげないと]
[…あんた優しいわね。そんな事しなくてもあの子たちなら大丈夫なんじゃないの?]
[そうかもだけど、念のためだよ]
そう言って、僕はその場から歩き始める。
部屋の出入口扉を開いて、僕は姉さんの方に顔を向けた。
[じゃあ、行ってくるね姉さん]
[まったく。お人好しなんだから]
[すぐに帰ってくるから]
姉さんに笑い掛けて、パタンと扉を閉める。真っ直ぐに伸びた道。分かれ道も何もないその道を見つめて、僕は自身の頭上に魔法で地図を出現させた。地図上で赤く点滅しているのが僕。緑色に点滅しているのがトウマさんたちだ。
[…ん?]
トウマさんたちが居る位置を確認する。彼らは、ここからそう遠くない場所にある"ノームの大樹"がある部屋に居るみたいだ。
しかしそこにはトウマさんたちの他にも誰かが居るようで、黒い点が2つ点滅している。黒い点滅って、何を意味してたっけ…。
[………!]
そうだ。確か黒い点滅って。
[こうしちゃいられない!]
頭上の地図を消して、僕はその場から慌てて走り出す。
先を行くと見えてきた鉄の扉の鍵を強制的に開いて大樹のある部屋の中に入ると、そこには目を疑う光景が広がっていた。
「っ、ぐあ!」
「ふふ。あとは貴方だけになったわね新人さん?」
「…、双炎…!」
「あら。駄目よ。それは使わせない」
「…っ」
部屋の中を見渡せば、目に映ったのは大きな獣の黒い魔獣とその近くで血を流しながら倒れているローデンさんたちの姿だった。魔獣の足元にはアイシクルさんが居て、アイシクルさんは魔獣の前足に身体を押し潰されている。離れた所には、アメリアさんやトウマさんたちも居るようだ。
[姉さん! 姉さん聞こえる!? 緊急事態発生! すぐにこっちに来て!]
姉さんに連絡して、足を動かす。
トウマさんたちの居る所まで走っていって声を掛けると、トウマさんたちは僕の方に顔を向けた。
[トウマさん! アメリアさん! リヴィスさん!]
[ノエル!]
[リヴィスさん、大丈夫?]
[ええ。私は。ですが、アメリアとトウマさんが]
「わ、私は平気。それよりトウマくんとアンジェラが…」
アメリアさんたちの身体は傷だらけだった。その中でも、トウマさんとトウマさんの腕の中にいる女の人の傷が一番深く、血もたくさん流れている。
僕はすぐに2人に近寄って、治癒魔法を掛ける。一体何が起こったのかと聞くと、どうやらこの状況は"サラマンダー様の僕"と名乗る人物が生み出したものらしい。
[サラマンダーって、あのサラマンダーさん?]
[ええ。あのサラマンダーさんよ]
[………]
リヴィスさんは頷く。
サラマンダーさんの僕。じゃあ、あの大きな黒い獣の魔獣もサラマンダーさんの?
「ん、」
[あ、トウマさん!]
「…君は、」
[さっきぶりです。ノエルです。大丈夫ですか?]
「ああ。うん。俺は平気。だけど、この子が」
[安心してください。今、治します]
僕は次に、トウマさんの腕の中にいる女の人の治癒を始める。
聞くと、この女の人はアメリアさんのお友達で、名前をアンジェラ・シーエンスと言うそうです。じゃあ、この人が姉さんが選んだ次の契約者……?
[…トウマさん。精霊壺は?]
「え、と…それは」
「それなら…、俺が持ってる…」
[! リィドさん!]
「ノエルの分と、ノエルの姉さんの分…っ、」
トウマさんに聞くと、トウマさんが答える前にリィドさんの声が聞こえてきた。リィドさんは足を引きずりながらゆっくりと僕たちの元にやって来て、懐から二つの精霊壺を取り出すと僕にそれを渡す。見ると、彼は傷だらけだった。
自分で少しは治療したみたいだけれど、それでも身体中には無数の傷と痣があった。治癒の手助けをすると、ありがとうとお礼を言われる。
「…、少し、聞いてもいいか?」
[?]
「あの魔獣は…、君たちが用意したのか?」
[…いえ。用意はしていません。…あの魔獣は、いつの間にかここに住み着いてて。それを姉さんが見つけたんです。…でも、僕たちの力だけじゃ退治は出来なくて]
どうしようかと二人で悩んだ末に魔獣は封印する事にして、誰にも見つからない、且つ、僕たち以外は誰も行く事が出来ない場所に隠した。
「それで、試練のために封印を解いた?」
[? 試練のため?]
「試練内容の二つ目。…あの魔獣を倒す際は地の魔法を使えって。君が言ったんだろ?」
[…えと、僕そんな事言った覚えは……]
リィドさんの言葉を聞いて、首を傾げる。僕がトウマさんたちに与えた試練の内容は一つだけ。精霊壺を手に入れるという事だけだ。精霊壺を手に入れたら最深部で僕と姉さんと契約して、それで試練は終わり。これは、なんて事のない簡単な試練なんだ。
試練のために魔獣の封印を解くだなんて、そんな危険な事するわけがない。
[ノエル!]
[あ、姉さん!]
[ちょっとこれどういう事よ! 緊急事態って言ってたけど、あの魔獣は何!? 何で封印が解けてるのよ!?]
そこで、姉さんがやって来た。
姉さんは慌てた様子で魔獣を指差して声を荒げる。
「……本当に、封印を解いたのは君たちじゃないんだね?」
[違うよ。誓ってもいい。ね、姉さん?]
[封印なんて解くわけないでしょ! 解いたら全部破壊されちゃう!]
「……………」
顎に手を添えて、リィドさんは眉をひそめる。僕は姉さんと顔を見合わせて、リィドさんから受け取った精霊壺を見つめた。精霊壺を見つめながら強く頷き、僕はトウマさんの方に顔を向ける。緊急事態なのに、しきたり云々言ってる場合じゃない。
「さて、そろそろトドメといきましょうか。悪く思わないでね」
サラマンダーの僕と名乗る女の人が言う。
ローデンさんとアイシクルさんは、血の流しすぎと重みで、その場から動けずに居た。




