迷宮 ガーベラ・スカビオサ 3 ※リィド視点
まさか、精霊の使いの正体がアメリアたちの通う学校の校長先生が飼っているペットだとは思わなかった。
「…ここは?」
「ここだけ少し雰囲気が違いますね」
鉄の扉を開けて中に入ると、そこは広い空間となっていた。空間の中心には巨大な大木があり、近くまで足を進めて俺はそれを見上げる。転送法陣の力によって柱の内部へと来させられてしまった俺は、現在アイシクルと共に出口を探すために果てのない迷宮を探索していた。
行き止まり。行き止まり。行き止まり。罠。行き止まり。行き止まり。罠。と、なかなか正解のルートが導き出せなかった俺たちだけれど、どうにか時間を掛けてここまでやって来る事が出来た。迷路というものを攻略する際には、時に己の運が必要になる時がある。悉く運が悪い俺にとってそれは避けて通りたい道だったのだが、なかなかどうしてそういう訳にもいかないのが迷宮というもので。アイシクルには多大な迷惑を掛けてしまった。猛省だ。
「アメリアたち、ここにも居ない。…一体何処に居るんだ」
キョロキョロと顔を動かして、アイシクルはアメリアたちを捜す。見渡しても彼女たちの姿は何処にもなく、どうやらここには居ないようだ。
ローデンがついてるから心配は要らなそうだけれど、もしアメリアたちも俺たちと同様に誰かと離ればなれになっているのなら状況は少しだけ悪くなる。早めに合流して無事を確かめないと。
「…、リィドさん。扉が」
「?」
巨大な大木の先。アイシクルが先に進むための扉を見つけた。入ってきた時に開けた鉄の扉と同じタイプの扉だ。近付いて開けようと試みも、しかし押しても引いてもビクともしない。鍵が掛かっているみたいだ。
「駄目だ。開かない」
「他に道はなさそうですし、この扉を開けるしかありませんね」
この空間に来るまでの間で、扉の鍵らしきものを見つけられたか。というと、残念ながらまったくそういうものは見ていない。
「うーん…」
顎に手を添えて考える。
見ると、扉には鍵穴が見当たらなかった。もしかしてこの扉は、特殊な仕掛けを解除しないと開かない仕組みなのか。
「…、」
考えながら、ふとアイシクルの方を横目で見る。彼は俺と同じように扉を見つめていて、腕を組みながら眉をひそめていた。最近のアイシクルの様子は、ここまでの旅路と、彼の兄であるトールの話を聞いて大体は理解している。ここまでの俺の感想としては、幼い頃から比べてアイシクルの身体は本当に丈夫になったと思う。幼い頃の彼は病弱で、すぐに体調を悪くする事が多かったから、久しぶりに再会した時のアイシクルの表情を見て少しホッとした。
しかし、いくらあの頃よりも体調面で不安を感じる事はなくなったと言っても油断は出来ない。一応、アイシクルの主治医としてこれからも彼の様子は逐一チェックしていかなければ。
「…ん、」
と、そこで俺はアイシクルの向こうに何かを発見する。行ってみると、そこにあったのは箱だった。様々な色の宝石が施された綺麗な赤い箱。宝箱みたいだ。
「リィドさん、何かあったんですか?」
「ああ…」
しゃがんで宝箱に手を伸ばし、蓋を開ける。入っていたのは二つの橙色のクリスタルが装飾されたペンダントだった。
手に取って、ペンダントをまじまじと見つめる。これはノームの精霊壺だ。そういえば、迷路を攻略する前に試練達成条件としてノエルが言っていた。精霊壺を手に入れる事。それがこれか。
「それは?」
「ノームの精霊壺だ。試練の一つ目達成だな」
口角を上げ、ペンダントをアイシクルに見せる。ノエルの契約者は確かトウマだったから、これはあとで合流した時に彼に渡そう。
立ち上がって、懐にペンダントを収める。その時、突然何処からか大きな音が聞こえてきた。吃驚して音のした方へ顔を向けるとそこには崩れた壁と土煙が。土煙の中には人の姿もあった。
「いっ、つつ…。あんの野郎…っ、首折れたらどうすんねん!?」
「ローデン!?」
「ん? あ、リィ! お前そんなとこに居たんか!」
土煙の中に居たのは、ローデンだった。ローデンは俺の声に反応すると此方を向いて声をあげる。手にはクリスタル・ウェポン、ヨイチが握られていた。それが意味している事は。
「余所見は厳禁よ! 時の番人さん!」
崩れた壁の向こうから誰かがローデン目掛けて物凄い勢いで飛んでくる。ローデンはヨイチを盾代わりにしてその攻撃を防ぎ、力任せに弾き返した。
ローデンから距離を取り、飛んできた誰かは手にしていた武器を構え直す。ローデンを攻撃したのは見知らぬ赤髪の女だった。
「ローデン!」
近付くと、ローデンの身体は傷だらけだった。治癒魔法である程度治してあげると、口角を上げてお礼を言われる。
「あら? 時の番人がもう一人。これは好都合ね。捜しに行く手間が省けたわ」
「君は誰だ…!」
「ふふ。これから死に行く貴方たちに教えても意味はないでしょうけれど、特別に教えてあげる。…私の名前はカルトロ。サラマンダー様に仕える忠実な僕よ」
「サラマンダー…?」
女の言葉に耳を疑う。
「時の番人って、」
「前に名刺渡したやろ? "時間逆行委員会"。あれの別名や」
「俺たちを知ってるのか?」
「ええ。よく知っているわ。貴方たち時の番人についてはすべてね。あと一人の姿が見当たらないけれど、まぁいいわ。貴方たち二人を殺せば、サラマンダー様に良い手土産が出来る。大人しく私の剣の錆びになりなさい」
女、カルトロは武器の剣先を俺たちに向ける。彼女が手にしているのは銃剣と呼ばれる東の国ではあまり出回っていない珍しい武器だった。銃剣は主に南の国で狩猟目的として使用されているもので、使い勝手が非常に難しく、上級者向けの武器として"世界武器名鑑"に登録されている。
銃剣は武器マニアの貴族や初心者狩人たちの憧れの武器としても有名な武器で、かくいう俺も、銃剣は一度扱ってみたいと思っていた。
「ローデン、今まで一人だったのか?」
「…いや。あとシャスティアちゃんとシェルが一緒や」
「二人は何処に?」
「あの壊れた壁の向こう。…ちょいと事故ってシャスティアちゃんが怪我してしもうたから、安全も考えて待ってもろうてるんや」
「怪我? 彼女と戦ったのか?」
「違う。シャスティアちゃんが戦ったのはあいつが従えてた魔獣や。シャスティアちゃんってほんま凄いのな。色んな魔法出して懸命に戦って、一人であんな激強の魔獣を倒してもうた。まぁ、そのおかげで今はめっちゃ傷だらけでおねんね中やけどな」
「そうか…」
ローデンは言う。
こんな状況の中じゃなかったら、ローデンの案内で彼女たちの元に駆け付けるんだが。
「時の番人なら、貴方もクリスタル・ウェポンを持ってるでしょう? さっさと出しなさい。真っ二つにしてあげるから」
「…、」
ふふ。と、カルトロは不敵に笑う。眉をひそめて、俺は懐に手を入れた。取り出したのは紫色の小さなクリスタル。クリスタルの中心には"鎌"の文字が刻まれていた。
「そのクリスタルは」
「…俺のクリスタル・ウェポンだ」
「お。久しぶりやな。リィのそれ見るの」
「こうして手に取ったのが久しぶりだからな。…さて、言うことを聞いてくれるかどうか」
クリスタルを持った手を、カルトロに向けて伸ばす。もしもの時のためにってずっと持っていたものだったけど、まさかこんなにも早く使う事になるとは思わなかった。敵のご希望に応えて使うってのはなんだか癪だけれど、この状況を無事に乗り切るためにはクリスタル・ウェポンの力を借りるしかない。
「……頼むぞ。サイス!」
クリスタルに向けて大きく叫ぶ。するとクリスタルは掌の中で眩く光を放ち、一瞬にしてその姿を変化させた。
クリスタルの中心に刻まれていた文字は"鎌"。身の丈程の長さの柄と歪曲した鋭い刃。一般的に"デスサイス"と呼ばれる死神が持っていると言われている大鎌が、俺の専用武器の変化した姿だった。
「カルトロと言ったな。君の目的は何だ?」
「目的?」
「ここは神聖な精霊の棲み家の一つだ。それをこんな風に破壊して、君は一体何がしたい?」
大鎌"サイス"の刃をカルトロに向ける。
「…そうね。私の目的は二つ。一つはサラマンダー様以外の精霊をぶっ殺す事。あと一つは、サラマンダー様に楯突く貴方たち時の番人をぶっ殺す事。かしら」
そのためなら手段は選ばない。と、カルトロは言う。それを聞いて、俺とローデンは顔を見合わせた。サラマンダーに楯突く俺たち時の番人を殺す…?
「…あー。わいら別にサラマンダーに楯突いてないけど?」
「今はね。けど、近い未来にそうなるのよ。そうなる前にぶっ殺さなきゃ。サラマンダー様の計画のために!」
そして、カルトロは床を蹴り上げ俺たちに向かって突進してくる。銃剣とサイスの刃がぶつかり合い、空間内に金属音が響き渡った。ローデンはアイシクルの腕を引いて、俺とカルトロから少し距離を取る。
「アイシクルくんも加勢頼むで!」
「っ、わ、わかった! …来い、双炎武神!」
ローデンから聞いていたアイシクルの武器。クリスタル・ウェポン"双炎武神"。本来ならばクリスタル・ウェポンは俺たち時の番人以外の使用は禁止されているが、あろう事かローデンは、素人の……それもまだ学生の身である彼に渡してしまった。
緊急事態だったから仕方がなかった。では済まされない事態に、その事を聞いた直後は頭を抱えて怒る気にもなれなかった。
「? あら、その子は新メンバーかしら? 随分若いのね」
「若いからって舐めてもらっちゃあかんで! アイシクルくんはめっちゃ強いんやからな! 実力はわいの折り紙つきや!」
「…そう。なら、私もそろそろ仲間を呼ばないとね」
「仲間?」
ガキンっと金属音を鳴らして、カルトロは俺から距離を取る。次の瞬間、背後から大きな音が聞こえてきた。振り向くと、そこには巨大な黒い魔獣の姿が。
壁を破壊し、土煙と共に現れた魔獣は咆哮をあげ、その場で地団駄を踏む。それを見て、俺たちは目を見開いた。
「は!? なんやあれ!?」
「ふふ。紹介するわ。私の可愛い子犬ちゃんよ」
「あれのどこが可愛い子犬ちゃんやねん!? あれをほんまもんの可愛い子犬ちゃんが見たら吃驚して死んでまうわ!!」
カルトロの言葉に、ローデンは思わず声を荒げて突っ込む。うん。こういう時、ローデンが居てくれて良かった。
「さあ! 子犬ちゃん! そこの時の番人どもを踏み潰してあげなさい!」
カルトロの叫ぶ声に魔獣は咆哮を止める。
そして魔獣は、俺たちの存在に気付いて牙を剥き出ししたまま間髪容れずに襲い掛かってきた。




