迷宮 ガーベラ・スカビオサ 1
三度目の柱の中。
慣れたか慣れないかで答えるなら、まったくと言っていいほど慣れてはいない。
「…ここも行き止まりだ」
[これで行き止まりに行き着いたのは四度目。ただ闇雲に真っ直ぐ進むのは止めた法がよろしいですね]
「……」
ペチペチとコンクリートで出来た壁を叩く。黒ゴマによって三度目の柱訪問を果たした私たちは、現在迷路の中をさ迷っていた。
転送法陣による眩い光が私たちを包み込んで数秒足らず。光が収まり目を開けると、そこにはトウマくんの姿しかなく、それと一緒にまったく知らない景色がそこにあった。リヴィスが言うには、ここは柱の内部でローデンさんたちはおそらく私たちとは別の場所に居るのだろうとの事。
「戻ります?」
[戻って、左の道に行くか右へ行くか。アメリア、どうしますか?]
「うーん。…右、かな?」
[根拠は?]
「根拠? えと、…右手法?」
「ああ。よく言うよね。迷路か洞窟かなんかでもし迷った場合はとりあえず右にばかり曲がっておけばいずれは出口に辿り着くって」
「そう。それ」
トウマくんの言葉に頷いて、踵を返して来た道を戻る。地の精霊ノームから与えられた試練の内容は二つ。一つは、この迷路の何処かにある宝箱の中から精霊壺を手に入れる事。もう一つは、その手に入れた精霊壺を使って迷路の奥地に巣くっているという凶悪な魔獣を倒す事。二つ目の魔獣討伐についてはトドメを刺す際には必ず地属性の魔法を使用するようにとの条件付きだ。
「あ。また行き止まり」
戻って、三股の道を右に行く。分かれ道もなくただただ真っ直ぐ進むと、またも行き止まりに行き当たってしまった。右手法でまたまた来た道を戻り、今度は左の道に行く。真っ直ぐ進むと次もまた行き止まりだった。
「えー…」
ペチペチと壁を叩いて、眉を下げる。
三つの道が全部ハズレって、そんなのアリですか。
[右手法は無意味でしたね]
「この方法なら行けると思ったんだけどなぁ」
「なら、壁を登って上から見てみる?」
「? そんな事出来るの?」
「任せて」
言って、トウマくんは私たちから距離を取る。ある程度離れた所で立ち止まって、彼は私たちに合図を送るように手を挙げた。
「行きまーす!」
何をするんだろう。と思いながら見ていると、トウマくんはそこから足を蹴って走り出し、私たちの目の前にある壁をトントンと登る。有言実行。いとも簡単に壁を登ってみせた彼はその場にバランスよく座り、キョロキョロと辺りを見渡した。壁を登ったトウマくんを見て、私は驚いて目を見開く。
「トッ、トトトトトトウマくん!?」
「ん? 何ー?」
「何じゃなくて! ど、どうやったの今!?」
「…ああ。俺、パルクールやってた時期あったから、こういう壁を登るのは得意なんだよ!」
「…、ぱる…?」
トウマくんの言葉に首を傾げて、頭の上に"?"を浮かべる。
パルクールって、何……?
[トウマ。そこから何が見えますか?]
「えーと、…あ、向こうの方に何かあります! あれは、…木か?」
[木?]
「はい。でっかい木が一本だけ…って、え!?」
「トウマくん?」
「下に誰か倒れてる!」
言って、トウマくんは壁の向こう側へ降りていく。壁をペチペチと叩いて声を掛けると、トウマくんの焦った声が聞こえた。
「女の子だ! 女の子が倒れてる! …怪我をしてるみたいだ!」
「えっ、」
それは大変。
「リヴィス!」
[どうやら、急を要する事態のようですね]
「どうするの?」
[壁を破壊します。…トウマ、怪我人を連れて離れていてください]
「え? あ、えと、わかりました!」
[アメリアも離れていてください」
「う、うん」
リヴィスに言われ、壁から少し離れる。何をするんだろうと思いながら見ていると、リヴィスは壁に掌をくっ付けて目を閉じた。しばらくするとくっ付けた掌から水の波紋が生まれ、それは少しずつ壁全体に広がっていく。波紋が壁全体を覆うと、数秒もしない内にビキビキと大きな音が壁の中から聞こえて、次の瞬間には一気に壁全体が崩れ落ちた。
「!?」
土煙と共に、崩れた壁の破片が足元に転がってくる。声を掛けると、リヴィスは私の方に顔を向けた。
[どうですか、アメリア?]
「あー、ええと…どうですかと言われても」
凄いの一言しか言えない。
壁が崩れた事で向こう側の道が拓かれた。これで先に進めるけれど、ノームはこの状況を想定していないだろうな。というかこの技があるならわざわざトウマくんが壁を登る必要はなかったんじゃないか。
「アメリア! リヴィスさん!」
トウマくんの声が聞こえる。
声の方に向かうと、怪我をしているらしい女の子を抱えてトウマくんはその場にしゃがんでいた。
[…、この方は]
「え、…」
トウマくんが抱えている女の子を見て、目を見開く。彼女は、私のよく知る人物だった。
「アンジェラ…?」
「知ってるのか?」
「う、うん。アンジェラって、言うんだけど…」
トウマくんが抱えている女の子は、アンジェラだった。近付くと彼女は、頭や顔、腕に足と至る所に傷を負っていて、私は慌ててその傷を治すために両手をかざす。
リヴィスの力を借りての治療だから、そんなに時間は掛からないとは思うけれど、どうしてこんな…。それに、どうしてアンジェラがこんな所に…?
[……! …アメリア。詮索は後に。何かが近付いてきています]
「え?」
リヴィスの言葉に顔をあげる。リヴィスは一方の道を眉をひそめてじっと見つめていた。
「リヴィス? …、!」
耳を澄ますと、微かに音が聞こえてくる。
この音は、足音……?
[トウマ、ワタシたちの後ろに]
「え、あ、はい」
「リヴィス」
[戦闘準備を、アメリア。この気配は]
言葉の途中で、リヴィスが見ていた方向から大きな声が聞こえてくる。声が聞こえてから数秒も経たずに、それは私たちの元へ姿を現した。
[グルルル……ッ]
「っ、あれは」
私たちの前に姿を現した声の主。それは、黒い獣の魔獣だった。以前、ゼラニウム遺跡にて私たちの前に現れた魔獣と同じタイプのそれは、牙を剥き出しにして私たちを睨み付けている。私とリヴィスは、背後に移動したトウマくんたちを守るように身を構えた。
[グルルル…ッ]
「魔獣、…まさかアンジェラは、あの魔獣に?」
[その可能性が高いかと。彼女に付いていた傷はほとんど切り傷でした。おそらく、あの魔獣の爪によって負わされたものだったのでしょう]
「……」
眉を下げて、アンジェラを見る。
疑問に思う事だらけだけれど、それはアンジェラが目を覚ましてから考えた方が良さそうだ。
[グルルル]
今にも襲い掛かってきそうな雰囲気の魔獣に、その場に緊張感が走る。
リヴィスの手が伸ばされ、私たちの周りに水で作られたバリアが張られたその時、魔獣は私たちに襲い掛かってきた。




