空の上からこんにちは ※?視点
「……ん」
「あ、気がついたかい?」
「え? ……うわっ!?」
目を覚まして飛び起きると、目の前には知らない男の人がいた。彼は心配そうにこちらを見つめている。
辺りをきょろきょろと見渡すと、そこはどこかの部屋だった。
「大丈夫かい?」
「えっと……ここは?」
「ここは宿屋だよ。……驚いたよ。突然、空から降ってきたからね」
「……空から?」
男の人の話によれば、俺は空から隕石のように落ちてきたらしい。
そのまま物凄い勢いで海に墜落し、水死体みたいにぷかりと浮かんできたところを、船で助けてもらったのだとか。
……よく生きてたな、俺。
「それは……ご迷惑をおかけしました」
「不幸中の幸いだよ。それより、お腹は空いてないかい? 君が目を覚ましたら食べさせようと思って、用意しておいたんだ」
そう言って、男の人はラップに包んだおにぎりを差し出した。見た途端、俺の腹が盛大に鳴る。
聞けば、落ちてからすでに丸一日以上が経っているらしい。どうりで腹が減るわけだ。
「……いただきます」
「どうぞ」
ぱくっと一口。
塩気がちょうどよく、とても美味しかった。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
「もぐもぐ……トウマです」
「トウマ。君は、空から降りてくる前のことを覚えているかい?」
「……? えっと、うーん」
空から落ちる前のこと。
おにぎりを頬張りながら首を傾げ、考える。
目を覚ます前、俺は何をしていた?
一つずつ思い返す。確か、大学が休みだったから自室で朝からゲームをしていて、それで――
「……ああ!?」
「何か思い出したのかい?」
「俺、吸い込まれたんです!なんか、でっかい手みたいなのにグワーッて!」
「……ぐわー?」
おにぎりを食べ終えたあと、両手を使ってジェスチャーを交えながら説明する。
その時のことを整理すると――。
いつものようにゲームをしていて、そろそろやめようと電源ボタンに手を伸ばした瞬間、テレビの画面が突然真っ暗になった。
数秒後、そこから巨大な手がゆっくりと現れ、俺の頭をわし掴みにして強引にテレビの中へ引きずり込んだのだ。
簡単に説明を終えると、男の人は顎に手を添えて眉をひそめた。
「……手……テレビ……」
表情が険しくなる。
まあ、こんな話を聞かされて普通の顔されても困るけど、そんなに真剣に悩まれるとこっちも不安になる。
「あの……?」
「ん?ああ、ごめん。信じるよ、君の話を」
「……疑わないんですか?」
「? なぜだい?」
「えっと……だいたいこういう話をすると、ゲームの中だったら即座に疑われて“嘘つき”呼ばわりされるのが通例というか……」
下手をすれば、そのまま近衛兵に捕まって牢屋行きになることだってある。
「嘘なのかい?」
「う、嘘じゃないです!嘘じゃないですけど……」
「なら大丈夫。俺は君の言葉を信じるよ」
「……」
男の人はそう言って、柔らかく微笑んだ。
……何この人、めっちゃいい人なんですけど。
「リィドさん、ちょっとええかい?」
そこへ、年老いたお婆さんがやって来た。
男の人の名前は――リィドさん、というらしい。
「夕飯に使うミルクが足りなくてねぇ。今から買いに行くんじゃが、その間、留守番頼めるかえ?」
「いいですよ。気をつけて行ってきてください」
「いつもすまんねぇ」
お婆さんはそう言って踵を返し、歩いていった。
そこで、俺はふと疑問に思う。
「あの、あなたはこの……宿屋の人なんですか?」
「違うよ。ちょっと事情があって、この町にしばらく滞在してるんだ」
事情……?
「旅行ですか?」
「うーん。旅行とは違うかな……この場合、なんて言えばいいんだろう」
リィドさんは眉を下げ、頬をかいた。
人には言えない事情なのか。それとも、ただ適切な言葉が見つからないだけなのか。
「実は、三日ほど前から仲間が帰ってこなくてね。捜しに行くことも考えたんだけど、帰ってこない理由はわかってるから、下手に動かずここでおとなしく待ってるんだ」
「無事に帰ってきたら、顔を合わせた瞬間にお説教するつもりだよ」――リィドさんはそう言って、にっこり笑った。
言葉と表情がちぐはぐで、少し笑顔が怖い。優しい人ほど怒ると怖いってよく聞くけど、リィドさんってまさにそういうタイプなんだろうか。
「あ、そうだ。トウマ。もしここがどこなのか知りたかったら、一度外に出て、町を見てくるといいよ」
「?」
「百聞は一見に如かず、ってやつさ。俺が説明するよりも、君の目で確かめた方がわかりやすいだろうしね」
リィドさんは穏やかに言った。
ふむ。町の様子か。確かにいつまでもベッドの上でぼんやりしているよりは行動した方がいい。
RPGの基本は町の探索と住人への聞き込みからだ。
「わかりました。じゃあ、ちょっと行ってきます」
ベッドから降りて宿屋の扉へ向かう。
木造で建てられた山小屋風の宿屋は、大きすぎず小さすぎず程よい規模で、談笑している人や酒を酌み交わす人など客たちが思い思いに過ごしていた。
「わあ…」
――うわぁ、これ完全にゲームの世界じゃん。どうなってんだ、これ。
服装もゲームでしか見たことないようなものばかりで、現実味がない。
「………………」
宿屋の扉を押し開けて外に出ると、太陽の光に目を細める。視界が慣れてくると、まず目に飛び込んできたのは西洋風の町並み。そしてそこを行き交う人々の姿。
人の声が四方八方から聞こえ、活気に満ちた雰囲気に思わず目を見開いた。
「…ここは……」
「どうだい? 外に出てみての感想は」
背後から声がして、振り返るとリィドさんが歩いてきていた。
「え、えっと…」
何て言えばいいのかわからず、言葉が喉でつかえる。
夢を見ているんじゃないのか、俺?
「言葉にならないって顔だね。まぁ、その気持ちはわかるよ」
――本当に、まるでゲームの世界だ。
試しに頬をつねってみる。痛い。ということは夢じゃない。
「………………」
頭を抱えて整理する。夢じゃないなら、これは現実。状況を確認だ。
あの時、俺は突然現れた巨大な手に掴まれてテレビに吸い込まれた。その後、空から落ちて海に叩きつけられ、リィドさんに助けられて、そして今ここにいる。
……これ、アニメでよくあるやつじゃん。
異世界転生? …いや死んでないから転生じゃない。ただの転移か?
「……あ、ようやく帰ってきた」
「?」
考え込んでいると、リィドさんが顔を上げて呟いた。視線の先を追うと、見知らぬ人影が数人こちらへ近づいてくる。歩み寄るごとにその姿がはっきりしていき、俺は改めて鳥肌が立った。
「…………マジか」
――どうやら俺、本当に異世界に来てしまったらしい。




