兄vs弟 1 ※アイシクル視点
廃鉱の町。
シャスティアの話によると、この町は昔"炭鉱の町"として世界中の人々に知られていた結構有名な町だったらしい。
その当時、この町では近くにあった鉱山洞窟から様々な種類の鉱石が発掘されていて、それを目当てに行商人や観光客が遠路遥々やって来ていたそうだ。そのおかげもあってかこの町は朝から晩まで活気が溢れていた町で、眠らない町としても知られていた。
俺たちが今居るこの闘技場も、昔は町に住む人たちやその観光客たちの娯楽施設兼憩いの場として頻繁に利用されていたようだ。
そんな場所で、現在俺は兄貴と戦っていた。
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「っ、……」
剣を構え直して、荒くなった息を整える。
兄貴との戦闘が始まって、もうどれほどの時間が経ったのだろうか。
「風よ切り裂け!」
「!」
息吐く暇もなく、風の魔法が襲い掛かってくる。急いで防御壁を張ってそれを防ぐけれど、威力が強すぎたせいか壁はすぐに破壊されて無数の風の刃に身体を切り裂かれた。
風圧に押されて、背後にあるコンクリートの壁まで吹き飛ばされる。激突とまではいかなかったが、背中に強く痛みが走って俺は苦痛に表情を歪ませた。
「くぉらああ、トールくん!! いくら本気の勝負やからって本気出しすぎや!! ちったぁ攻撃させてやりぃよ!!」
[わん! わんわん!!]
ローデンさんとケルンの声が聞こえてくる。頬に流れる血を拭いながら声の方に顔を向けると、シャスティアとアンジェラが心配そうにこちらを見ていた。
この闘技場には俺と兄貴を含めて、兄貴が連れてきたローデンさんとアンジェラ、俺と一緒に来たシャスティアとリネアさんとケルンの6人と1匹が居た。アメリアとトウマはこの場には居ない。
「何をしている。防いでばかりでは、戦況は不利になる一方だぞ」
そう言って、兄貴は足元に何度目かの魔法陣を描く。風の魔法を避けながら俺は何とかこの状況を打開する方法を考えていた。
確かにこのままでは兄貴の言う通り不利になる一方だ。何かしらこちらからも攻撃を仕掛けて、少しでも流れを変えないと。
「……っ、炎の力よ!」
兄貴との約束で、この戦いでは精霊の助力は借りられない。それは兄貴も同じ。時の番人の力…っていうのがいまいちよくわかってないけど、その力を使わず兄貴もこの戦いに挑んでいる。
ここまで戦ってきて、明らかにまだまだ兄貴の方が力が上だという事は痛い程わかった。このまま戦っていても絶対に俺は兄貴には勝てない。しかしこの戦いは勝ち負けなどではなく、如何にして俺の今の実力を兄貴に示すかというものだ。だったら、今考えるのは"どう勝つか"じゃなくて"どう立ち回るか"だ。
「刃を焦がし、我に炎傷の力を与えよ!」
眉をひそめて叫び、剣の刃に炎の力を宿らせる。炎の力を宿らせた刃は赤く眩い光を放ち、俺は地面を強く蹴って兄貴のもとへ走った。
兄貴の風の魔法が行く手を阻む。すべてを避けきるのは難しく多少の傷は受ける事は仕方がない。勢いよく向かってくる風の刃を剣で受け止め、その影響で立ち上る爆風にも負けず、ただただ兄貴に近付くという一心で走り続ける。
あと数メートルで剣の刃が届く位置にまで差し掛かると、兄貴は風の魔法での攻撃を止めて、腰にさげていた鞘から剣を抜いた。ガキンという音と共に、兄貴の剣と俺の剣がぶつかる。
「っ、…」
「……」
近くで見る、いつもながらの兄貴の顔。まったく表情を変えずに俺の剣をいとも簡単に受け止めた兄貴は、そのまま剣を振り上げた。その衝撃で俺は後方に足がよろけて、体勢が崩れる。
その隙をつかれて、俺は兄貴に剣先を向けられ攻撃されてしまった。慌てて避けるも、首筋に傷を付けられてしまう。しかし俺は諦めず、剣を構え直して兄貴に向かっていった。
「はあぁっ!」
剣と剣が激しくぶつかる。
兄貴の表情は変わらない。よくそんな無表情のままで戦っていられるよな。こっちはこんなに必死なのに。
[わん!!]
「わああ! すまんトールくん! 乱入犬!!」
カキンッと音が周囲に響く。その時、そこでまたローデンさんの声が聞こえた。
乱入犬? その言葉に、頭の上に"?"を浮かべる。声の方に顔を向けると、彼の居るところからケルンがこちらに向かって駆けてくるのが見えた。そしてそのままケルンは兄貴の手に噛み付く。
「ケルン!?」
噛み付いたケルンを見て、俺は目を見開いた。
「……!」
[グルルルッ]
「こら、ケルン!」
剣を地面に刺して、俺はケルンを兄貴の手から離す。牙が思い切り深く食い込んでいたため、兄貴の手からは血が流れていた。
"わん!"と、ケルンは敵意を剥き出しにして兄貴に吠える。落ち着かせようと頭に手を置くも、興奮しているのか落ち着いてくれなかった。
「ケルン落ち着けって! ケルン!」
[わん! ぐわん!]
「……威勢のいい犬だな。前々から思っていたんだが、そいつはお前が飼っているのか?」
「こいつは別に俺の犬ってわけじゃないよ。俺の傍を離れようとしないから、連れてるってだけだ」
[わん!!]
「……、そうか」
「トールくん! アイシクルくん!」
ローデンさんが近付いてくる。
ケルンを連れ戻しに来たみたいだ。
「すまんなぁ、アイシクルくん。戦いの腰折ってもうて」
「いえ…」
「こら駄目やろケル坊。アイシクルくんたちの真剣勝負の邪魔しちゃあ」
[わん! わん!]
「……すげぇ吠えとる。主人が一方的に傷付けられてんのは見てて辛かったんやなぁ。わかる。わかるで、その気持ち。せやからって噛み付いちゃアカンよ。あんさんの牙はめっちゃ尖ってんやからごっつ痛いで」
「……っ、ローデン。さっさとそいつを連れて戻れ」
「はいはいわかってますよ。わいらの事は気にせんと、戦いの続き楽しんで」
ほな。と、ケルンを連れてローデンさんは笑いながら戻っていく。戻っていく間でもケルンはずっと吠え続けいて、それを見て俺は眉を下げた。
"戦闘中にごめん"と兄貴の方に顔を向ける。ケルンに噛まれた手が痛むのか兄貴は眉をひそめて表情を歪ませていた。顔色も悪くなっているように見える。
「兄貴、大丈夫か?」
「……ああ。問題はない。それより、剣を抜け。戦いはまだ終わってはいないぞ」
「!」
そう言って、兄貴はケルンに噛まれた手とは反対の手で剣を構え直す。言葉に頷き、俺も地面から剣を抜いて兄貴から離れた。適度に離れた位置からゆっくりと振り向いて、同じく剣を構える。
足元に魔法陣を描いて全身に身体能力向上の魔法を掛け、そしていざ戦闘を再開。…しようとしたのだが、見ると、兄貴の様子が少しだけおかしかった。なんだかふらふらしている。
「兄貴!」
「……っ、」
声を掛けるも返事はなく、兄貴はしばらくふらふらとし続ける。そして突然、持っていた剣を鞘に収めた。
その行動に眉をひそめて、俺は頭の上に"?"を浮かべる。その時。
「!?」
一瞬。ほんの一瞬だった。
瞬きをしている間に、ものすごい速さで目の前に兄貴が来る。
あまりの速さに驚いたのも束の間、俺は思い切り兄貴に腹部を殴られてそのまま背後の壁まで勢いよく吹き飛ばされてしまった。
「がはっ、…」
壁が崩れ、周りに散乱する瓦礫に囲まれながら俺は腹部を押さえ表情を歪ませる。咳をしながらこちらに向かってくる兄貴を見ると、やっぱり兄貴は様子は何処かおかしかった。
「兄貴…っ!」
「………」
何度呼んでも返事がない。
痛みを堪えて起き上がろうと身体を動かす。しかしそれはさせまいと兄貴は拳を握りしめ、迫ってきた。
この状態でさっきみたいな攻撃を受けたら、もう怪我だけでは済まない。表情を歪ませたまま兄貴を見つめ、俺はなるべく急いで起き上がって逃げようとした。その時、兄貴と俺の間に防御壁が張られる。
「!」
防御壁の出現と兄貴の拳がほぼ同タイミングで重なり、バリンと大きな音を鳴らす。
そこで聞こえてきたのは、兄貴に向かって怒鳴るローデンさんの声だった。




