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黒龍の羽を手に入れて




 その日は、朝から雨が降っていた。

 私はいつものように学校へ行く準備をして、朝御飯を食べてから家を出る。


 途中、隣のアパートに住んでいる大学生のお兄さんとばったり会って、"同じ時間に出てきたのは初めてだね"なんてお互いに笑いながら、私はお兄さんと駅までの道のりを他愛のない会話をしながら歩く。


 お兄さんと一緒に駅前の交差点に出ると、通勤時間だからか車が多く行き交っていた。横断歩道に差し掛かり、私たちは信号が赤なのを確認して足を止める。


「お兄さん、今日は大学は何時までなんですか?」

「今日は昼までだよ。予定があるからさ」

「予定?」

「先輩に呼ばれててさ。講義が終わったらそのまま遠出しなきゃいけないんだ」

「何処かへ行くんですか?」

「ああ」

「…そう、なんですか」

「…? どうかしたのか?」

「えっ、…あ、いえ」

「…本当は、今日は講義が終わったら即帰宅コースだったんだけどな。先週の大会で優勝しちゃったばっかりにこんな事になっちまった」

「先週の大会…。あ、それ私テレビで見ました! 凄くカッコ良かったです!」

「えっ、あれを見てたの?」


 信号が青になる。足を動かし、私とお兄さんは横断歩道を渡り始めた。


 お兄さんは、恥ずかしそうに口元を緩ませて笑っていた。



+


「ん、……」


 目を覚ます。

 目を覚ますと、そこはベッドの上だった。


「…暗い」


 目の前が暗い。何も見えない。

 どうやら、今は夜のようだ。


「っ、…うぅ」


 ゆっくりと起き上がる。


 まだ頭がボーッとしている。気分も少しは良くなっているけれど、悪いままだ。


「……」


 辺りを見てみる。

 誰も居ないのかな…?


「っ、…」


 力を振り絞り、ベッドから降りる。


 足がもつれて、壁に手が触れた。そのまま壁伝いに歩き始めて、扉を開けて外に出る。扉の外は廊下だったけれど、近くに照明があったためほんのり明るかった。


「…?」


 見渡すと、右側に階段が見えた。階段からは光が漏れていて、その光を目指して壁伝いに再び歩き始める。


 うまく足が動いてくれない。まだ数歩しか歩いていないのに倒れそうだ。


「はぁ、…はぁ…」


 ごほごほと咳をする。立っていられなくなって、その場にペタリと座り込んでしまった。階段まではまだまだ遠い。


 胸が苦しい。

 どうしよう。もう動けそうにない。


「アメリア!?」


 その時、声が聞こえた。

 声の主は、慌てた様子で私に近付いてくる。


「……、」


 近付いてきたのは、トウマくんだった。トウマくんは眉を下げて心配そうに私を見つめる。


 声を出す事が出来ない代わりに顔を上げてトウマくんを見ると、彼は私の顔を見た瞬間に表情を歪ませて勢いよく抱き付いてきた。ちょっと吃驚する。


「…トウマ…くん?」

「良かった。…良かった…っ、目が覚めてくれて」


 トウマくんの声が震えている。

 泣いてるのかな…?


 安心させるためにゆっくりと手を彼の背中に持っていくと、私を抱きしめる力が少し強くなった。



+


「昨日はごめん。ホッとしたら、つい…」


 翌朝。トウマくんが昨日の事を謝ってきた。現在、私たちが居る場所はウォーロにあるエスティールさんの道具屋。


 トウマくんに話を聞くと、あのあと気を失ってしまった私をトウマくんたちはウォーロまで連れて帰ったそうで。そこで頼れる人がエスティールさんしか居なかったため、彼女にお願いして私を休ませるための部屋を借りたらしい。


「私、どのくらい眠ってたの?」

「丸々5日。みんなも心配してた。…あとで知らせないとな」


 そう言って、トウマくんは傍にある棚を見る。棚の上には間接照明とケースが置いてあった。あの時、私が骨の中から手にした透明なケース。ケースの中には黒い羽が入っていた。黒龍の羽だ。ケースを手に取り、トウマくんはそれを見つめる。


「その黒い羽って」

「いつまでもアイシクルに持たせてるわけにはいかないからな。誰にも触られないようにこの中に入れたんだ。…アイシクルたちが帰ってきたら、アメリアの事を伝えないと」

「? …アイシクルたち、居ないの?」

「アイシクルたちは今、この町には居ない。トールさんの所だ。約束だからね」

「約束…。あ、そうか。アイシクルとトールさんの。それじゃあ、私たちも行かないと」

「ああ、駄目駄目! アメリアはしばらくここで休養! 5日も寝っぱなしだったんだぞ? すぐに身体を動かさない方がいい」


 ベッドから降りようとした私をトウマくんは止める。ケースを棚の上に戻して空気の入れ換えのために窓を開ければ、冷たい風がトウマくんと私の髪をなびかせた。


 そこへ、エスティールさんが扉を開けて部屋に入ってくる。顔を向けると、彼女は食事が乗ったトレイを持っていた。


「おはよう、二人とも。朝御飯持ってきたわよ」


 トレイに乗った食事を扉横にある棚の上に置いて、エスティールさんは私たちに近付く。私の額に手を添えて、彼女は笑った。


「うん。顔色がだいぶ良くなったわ。もう大丈夫ね」

「…えと、ご迷惑をお掛けしたみたいで。すみません」

「ふふ。いいのよ。お腹空いてるでしょう? 消化にいいスープを持ってきたから、食べてね。トウマくんの分もあるから」

「ありがとうございます」


 それじゃあ、お風呂の準備をしてこなくちゃ。そう言って、エスティールさんは踵を返して部屋を出ていく。彼女が出て行ったのを確認して扉横にある棚まで歩いていくと、トウマくんはスープの入った二人分のお皿を手に取った。


 渡されたスープはとても美味しそうで、スプーンを片手にそれを口に運ぶ。5日も何も食べていなかったからか、すぐに完食してしまった。


「…ん、」


 そういえば、あの時感じていた目の違和感がなくなっている。黒い渦も目を覚ましてからは一度も見ていない。あれは、何だったんだろうか。あの時妖精獣が言ってた"スペス"っていう言葉も気になっているし…。


「…んー」


 もう一度、会いに行って話を聞く事はできないだろうか。


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