黒龍の羽を求めて 1
妖精獣は、地下洞窟に居るという。
草が生い茂った扉からお城の中に入り、私たちは階段を降りて洞窟へ。洞窟の中は真っ暗で、先の道が全く見えなかった。
「かなり暗いですわね」
周囲を見渡しながらシャスティアは言う。少し灯りが欲しいなと私も彼女と同じく周囲を見渡していると、視界の端っこで何かが光っているのを発見した。
光の方に顔を向けると、目線の先にはリネアさんが居た。リネアさんが光の魔法を使って周囲を明るくしているのかなと最初は思っていたけれど、そうではなく、どういう原理でそうなっているのか、その光はリネアさん自身から放たれていた。リネアさんの身体の全部。ほんのりと明るい程度の光で、頭の先から足の先まで全部漏れなく光っている。凄く吃驚。
「リッ、リリリリリリネアさん! 何で光ってるんですか!?」
[…すまない。これは私の仕様なんだ。光っていては問題かな?]
「問題なんてもんじゃない。むしろありがたいくらいだ。わざわざ光の魔法を使わなくて済むしな」
[それは良かった]
「…それより、さっきから気になっていたんだが。あんた面白い格好してるな。そういうファッションが好きなのか?」
[ファッション…?]
ゼオンさんが腕を組みながら言う。
ファッションとは。顔を見合わせて頭の上に"?"を浮かべていると、彼のその質問にクロノさんが答えた。
「リネアさんには姿を隠さないといけない事情があるのよ。だから普段からああいう全身タイツを着ているの。蓄光機能付きのね」
「姿を隠さないといけない事情?」
「あ、でも別に犯罪者とかじゃ決してないから勘違いしないでね!」
「…、へぇ。そうだったか。知らなかったとはいえ不躾だったな。ファッションだなんて言って悪かった」
[いいや。私はこれをファッションとして楽しんでいるから大丈夫だよ]
リネアさんは笑う。
ゼオンさんには時の番人の事は秘密。とはいえ、リネアさんのその真っ白な姿を"ファッション"として捉えさせるのはどうなのだろうか。先に言ったのはゼオンさんだけれど。
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「ここだ」
光っているリネアさんを先頭に私たちは洞窟の先を進む。ひらけた場所に辿り着いて、ここが洞窟の最深部だとゼオンさんは言った。じゃあ、この場所に妖精獣が?
「忠告しておく。妖精獣の目を10秒以上見るな。魅了されるからな。それと…」
言いながら、ゼオンさんは上を見上げる。釣られて私も上を見ると、そこには何枚もの黒い羽がひらひらと舞っていた。
そのうちの一枚がゆっくりとゼオンさんの足元に落ち、彼はそれを拾い上げる。近くでよく見ると、羽からは黒い靄みたいなのが放たれていた。
「この羽には触れるな。耐性のない奴がこれに触れると、大変な事になる」
「この羽が?」
「ええ。これが黒龍の羽よ」
「貴方は触れていますけれど、大丈夫なんですの?」
「俺は平気。耐性があるからな。この中では、そうだな。…あんたは触れても問題はなさそうだ」
「俺…?」
アイシクルを黒い羽で指し、ゼオンさんは口元を緩ませる。
[耐性、というのは?]
「"呪い"の耐性だよ」
「呪い?」
「あんたらには聞き馴染みがない言葉かもしれないな。呪いの耐性の獲得には、一度呪いに犯される必要がある。呪いの耐性があるかないかは、俺のこの灰色の目が見抜く」
[その耐性が、アイシクルにあると?]
「そうだ。どこで呪いに犯されたのかは知らないが、良かったよ。耐性がある奴が一人でも居れば、少しはやり易くなるからな」
「……」
そう言って、ゼオンさんは黒い羽を足元へ落とす。
彼の言葉を聞いたアイシクルは、眉をひそめて胸を押さえた。
「ほら、あれが妖精獣だ」
ゼオンさんは言う。
黒い羽が舞う、ずっと奥。蔦が絡み付いた大きな岩の上に妖精獣は居た。背中から生えている黒い羽根で身体を隠し、すやすやと眠っている。
[眠っているようだけれど]
「安心しろ。近付けば起きる」
ゼオンさんのあとに続いて、妖精獣に近付く。
すると、黒い羽根をピクリと動かして妖精獣がゆっくりと目を開けた。むくりと起き上がって、眠たそうに欠伸をする。
[…ゼオン?]
「起こして悪いな。お前にお客さんだ」
[お、きゃく…?]
寝惚け眼で私たちを見て、ゼオンさんの言葉に首を傾げる。どうやらこの妖精獣は喋れるらしい。敵ではない事を伝えて貰い、私たちの代表としてリネアさんが彼女に声を掛けた。
[こんにちは。私はリネア。こんなナリだけれど、怪しい者じゃないよ。今日私たちがここに来たのは、君にお願いをするためなんだ]
[おねがい?]
[うん。そのお願いというのはね]
[…言わなくてもわかる。あなたたちは、わたしの羽を取りに来たんでしょ?]
[え?]
[…別にいいよ。許可なんていらない。勝手に持っていって。減るようなものじゃないし]
[え、ええと…、いいのかい? 本当に?]
[うん。ゼオンが一緒に居るなら、あなたたちはイイ人。ゼオンが信用しているのなら、わたしもあなたたちを信用する。…何枚要るの?]
そう言って、妖精獣は黒い羽根を広げる。
あっさりと交渉が成立してしまった事に驚き、リネアさんはポカンとしていた。
[…ねえ、何枚?]
[ん、…んん、ああ、すまない。…ええと、何枚だろう?]
「とりあえず、一枚でいいんじゃないでしょうか。枚数までは言われていませんし」
[…そうだね。それじゃあ、一枚貰えるかな?]
[わかった]
こくりと頷く。
背中に生えたたくさんの羽根の中から適当な羽を一枚選んで、妖精獣はそれをリネアさんに差し出した。
[どうぞ]
「その羽は、アイシクルが受け取るんだ」
「俺が?」
「さっきも言っただろ? 耐性のない奴がそれに触れると大変な事になるって。そうなってもいいってんなら、そのままそいつが受け取ってもいいけど。俺は保証しないぞ」
「……、」
[アイシクル、頼めるかい?]
「…わかった」
頷いて、アイシクルは妖精獣に近付く。恐る恐る羽を受け取ると、彼の指はそれを持った瞬間黒く染まった。羽からは、宙を舞っている羽と同じく黒い靄が放たれている。黒い靄は黒龍の羽の特徴なんだとか。
「…なんだかピリピリする」
「耐性があるって言っても、まったく身体に害がないって訳じゃないからな。最初こそ変な感じがするだろうが、じきに治まる」
[指が黒くなっているが、これは大丈夫なのかい?]
「安心しろ。羽を手放せば、時間は掛かるが元に戻る」
「一つ思ったのですけれど、その方から羽を受け取らなくても、私たちの頭上を舞っているあの羽を取ってしまえばよろしいのではなくて?」
「それじゃあ意味がない。妖精獣から直接受け取らないと、羽に宿る呪いの効果の恩恵をまともに受けられないからな」
「恩恵?」
「…アイシクル、大丈夫?」
アイシクルに近付く。心配して眉を下げながら顔を覗くと、彼は笑ってくるくると羽を回した。その様子に、ホッと胸を撫で下ろす。
その時、妖精獣が突然私の顔をガッシリと掴んだ。頬と頬に妖精獣の指が食い込み、爪が伸びているのか深く刺さって痛みを感じる。
「痛い痛い痛い痛い痛い…っ!」
「アメリア!」
「ちょっ、何やってるんだお前!?」
[ゼオン! ゼオン! 見つけた! 見つけた!]
表情をパッと明るくさせて、妖精獣はゼオンさんの方に顔を向けて言う。その声音から喜んでいるようだけれど、何をそんなに喜んでいるのか。
けれど今は、そんな事よりも顔から手を離して欲しい。凄く痛い。これは血が出てていてもおかしくはない痛みだ。
[見つけた! 見つけた!]
「見つけたって…、まさか」
「うぅ…っ」
妖精獣の言葉を聞いて何かわかったのか、ゼオンさんは私を見て目を見開く。妖精獣の手を掴んで無理やり引き離そうと試みるけれど、力が強すぎてピクリとも動かなかった。
すると次の瞬間、バンッという大きな音が周囲に響き渡る。音は背後から聞こえてきた。何かと思ってリネアさんたちは顔を音の方へ向ける。私も向きたかったけれど妖精獣がそれを阻んでいて出来なかった。
「はい、ちゅーもーく! お前らそこから動くな!」
声のあとに、たくさんの足音も聞こえてくる。
「何ですの、あの方たちは?」
「あれがハンターだ」
そう言って、ゼオンさんは武器を手に私たちの後ろへ。妖精獣の手は相変わらず私の顔をガッシリと掴んでいた。離してくれるつもりはないらしい。
「あんたらもしつこいな。いい加減諦めたらどうだ!」
「ゼオン、貴様こそいい加減その妖精獣を俺たちに渡せ! いっつもいっつも邪魔ばかりしおって、いい加減にしねぇと本気で殺すぞ!」
ハンターとゼオンさんが言葉をぶつけ合う中、目の前に居る妖精獣は私を見てニコニコしている。何で私こんな風に掴まれちゃったんだろうか。"見つけた"って言っていたけれど、何を見つけたのか。
「あの、手を離して欲しいんだけど…」
極力、優しく声を掛けてみる。
だけど、妖精獣は笑い続けていた。聞こえていないのか。それとも、私の言い方が悪かったのか。
「ん? なぁ、親分。空から何か降ってきますぜ?」
「あん? そんなんあとにしろ。今は目の前の妖精獣の方が大事だ」
「でも、…」
「あれは、羽か…?」
どうやったらこの手を離してくれるのか。うーん。と、眉をひそめて悩みながらじっと妖精獣を見つめる。妖精獣は、ニコニコしているばかりだった。
10秒以上目を合わせちゃいけないみたいだけれど、これでは目を逸らせない。
「ぐっ、…あぁ!?」
するとそこで、誰かの呻き声が聞こえてくる。ハンターの方を向けないってのは凄く辛い。状況を知るには、彼らの方を向いているアイシクルたちを頼るしかない。
「お、親分!」
「なんだ!?」
「は、羽が! 黒い羽が俺たちの中に…!? ぐあぁっ!?」
「おい、どうした!? なんだこれは!?」
ハンターたちの呻き声が止まない。
黒い羽がどうとか言っているけれど、一体何が起こっているのか。
「どうなってるんだ?」
「どうやら仲間の一人が羽に触れちまったみたいだな。可哀想に」
ゼオンさんの言葉を聞く。
羽に触れた?
そういえば、ゼオンさんが言っていた。黒い羽に触れると大変な事になるって。
「ぐあああっ! っっっっ!!」
「う、うわああああ!!」
「くっ、くくくくく、…っ、金、金、かねかねかねかねかね!!」
「おい、お前ら! 一体どうしたんだ!!」
ハンターたちの声が荒ぶっている。そこでようやく妖精獣が手を離してくれた。頬の痛みに表情を歪ませながら、私もハンターの方に顔を向ける。
顔を向けて最初に目に飛び込んできたのは、ハンターたちが奇声をあげながら殺し合いをしている様子だった。




