外に出ると夕方だった
睡蓮の洞窟を脱出し、私たちは訓練場へと戻ってきた。足元にあった魔法陣は消え去り、柱も、いつの間にか絡まっていた巨大な蔦によって跡形もなく崩れ去った。
ウンディーネ曰く、睡蓮の洞窟は柱の中に存在していた洞窟のようで、なんでも、主である精霊が洞窟内から居なくなってしまった事から洞窟全体を覆っていた"精霊力"が消え失せ、その影響で柱に蔦が巻き付いて崩れてしまったのだろう。との事。現在彼女はイヤリングの中に居る。柱に巻き付いた蔦が何処から現れたのかというのは、彼女にもわからないらしい。
「アメリアさん!」
「! アンジェうぶっ!」
「ああ、良かった! 突然居なくなってしまうのですもの! 私とっても心配しました!」
「あー、うん。ごめん、アンジェラ。……っていうかいきなり抱き付かないで。吃驚する」
言いながら、抱き付いてきたアンジェラを引き離す。
すみません。と言ったアンジェラの目には涙が浮かんでいた。泣くほど心配していたらしい。あとでパンを奢らせてください。
「…やれやれですわ。やっとお戻りになられたのですね」
「シャスティア!」
「まったく、遅いですわよ。…もう下校時刻を過ぎています。あと少し遅かったら帰っていたところですわ」
はぁ。と、息を漏らしてアンジェラのあとからシャスティアが歩いてくる。
腕を組みながら眉を下げて、シャスティアは呆れながらそう言った。
「…待っててくれたの?」
「ふふ。シャスティアさんとても心配なさっていたんですよ? 帰らずに待っていようと言ったのもシャスティアさんですし」
「! ア、アンジェラ! 口が軽いですわよ! 私は別に心配してなど…!」
くすくすと笑うアンジェラに、顔を赤くさせて否定の言葉を返すシャスティアの姿は、まさに典型的ツンデレ。
口元を緩ませて笑うと、彼女は私の方に顔を向けて更に顔を赤くさせた。
「下校時刻過ぎ…って。俺たち、洞窟に何時間居たんですか?」
「柱が現れたんは4限目の途中。ほんで、出たのが今やから…。って、今何時なん?」
「先ほど時計を確認したら、ちょうど5時でしたわ」
「5時? え? わいら3時間近くも柱の中に居たん?」
[わん!]
シャスティアから時間を聞き出して、ローデンさんは吃驚する。
アイシクルの足元に居た犬が鳴き声をあげ、その声に気付いたアンジェラとシャスティアが犬の方に顔を向けた。
「…犬?」
「わぁ! 可愛い!」
しゃがみこんで頭を撫でると嬉しそうに尻尾を振り、その様子をアイシクルはじっと見つめる。
その時、彼を呼ぶ声が訓練場の外から聞こえてきた。
「アイシクル」
「!」
声に気付いて顔を向けると、そこには金色の髪の男の人が立っていた。男の人は私たちの元まで歩いてきて腕を組む。
その人の顔を見て、アイシクルは目を見開いた。
「兄貴…!」
「……、知らぬ顔も居るようだが、こんな所で何をしている?」
「あ、えと、色々ありまして…」
男の人は眉をひそめて私たちを睨み付ける。鋭い眼光に肩をピクリと動かし私は眉を下げた。
アイシクルの名前を呼んで近付いてきたのは、最高貴族・ディー家の長男"トール・ディー"さん。金色の髪と紅い目を持った背の高い男の人で、アイシクルとは5つ程年の離れたお兄さんだ。
「こ、これはトール様! ごきげんようですわ…!」
犬に触れていたシャスティアが、慌ててすっと立ち上がる。
それを見てアンジェラも立ち上がり、トールさんの顔を見た。
「…アールのご息女か。久しぶりだな。先日は世話になった」
「! い、いえ! お、覚えていてくださり光栄ですわ!」
シャスティアの顔が若干強張っている。
緊張しているようだ。
「…アイシクル。お前がここで何をしていようと咎めはしないが、平民と共に居るのだけはやめろ」
「え?」
平民。そう言って、トールさんはローデンさんの方に顔を向ける。彼は少しだけローデンさんを睨み付けていた。
「平民って、もしかしなくてもわいの事か? まぁ、確かにわいは貴族ちゃうけど…」
「……、」
「兄貴、紹介する。この人は」
「名など言わなくてよい。平民の名など、すぐに忘れてしまうからな」
「…はは。キツイお言葉やな」
「それより、さっさと帰るぞ。今夜はアストーレ家との大事な会食がある。今日こそはお前にも出席してもらうぞ」
「あ、…それで、迎えに来たのか」
言って、トールさんは早々に踵を返して離れていく。そんな彼の背を見つめて、アイシクルは眉を下げた。
相変わらずの態度だなぁ。と、小さく息を吐く。
「…ああっと。なんやあれ? えらい機嫌悪かったのう」
「すみません。気に障ったんなら謝ります」
「あ、いんや。別にええよ。気にしてへんし。貴族様ってのは大体が平民に対してはあんなもんや。いちいち気にしてたら身が持たんよ。……あ。アイシクルくんらはちゃうで? 君らはええ子たちやし」
ローデンさんは笑う。
申し訳なく、アイシクルも笑って肩を落とした。そのあとで彼は、ハッと思い出したようにポケットに手を入れる。
「あ、そうだ。ローデンさん、これ…」
「ん? ああ。それはもうアイシクルくんのもんやから、返さんでええよ」
「…いいんですか?」
取り出したのは、洞窟内で貰った歪な形の宝石。クリスタルの中心部分には"双"という文字が刻まれていた。
「詳しくはあとでちゃんと話す。それより早く行かんと。兄ちゃん待たせたらアカンよ」
「あ、…あー、うぅん」
「? どないしたん?」
「……いえ。そうですね。じゃあ俺はここで」
「うん。またな」
そしてアイシクルは私たちに背を向けて、先を歩いていったトールさんを追いかけるように走っていく。当たり前のように犬も付いていった。
トールさんが言っていた"アストーレ家"というのは、ディー家と並ぶ最高貴族の名家であり、そこに住むバルバトレイス・アストーレ伯爵の一人娘"ライラ・アストーレ"さんは、トールさんの婚約者だったりする。これは結構有名な話だから、この国で知らない人は居ないだろう。
「はぁ…。まさかまたこの目でトール様が見られる日が来るなんて…私倒れてしまいそうですわ」
「ふふ。シャスティアさんは本当にトール様の事が好きですものね」
「当たり前ですわ。あの眉目秀麗な顔立ちを見たら誰だって好きになるに決まっています。……はぁ。ライラ様が羨ましいですわ」
頬に手を付いて、うっとりしているシャスティアをアンジェラが微笑ましく見つめる。
眉目秀麗な顔立ち。というのは否定しないけれど、……うーん。これは好みの問題だろうけれど、私から見れば、トール・ディーさんという人は"ザ・冷徹"っていう印象しかないんだよね。口調とかキツくて結構怖いし。
「ふーん。人気者なんやなぁ」
「人気者どころではありませんわ! トール様はこの学校の全女子生徒の憧れなんですのよ!」
「憧れ?」
「ええ! 憧れ中の憧れですわ! しかもトール様はこの学校の卒業生。頭脳明晰で在学中は常に成績トップだったと聞いております! 未だにファンクラブが存在し、 何を隠そうこの私もトール様ファンクラブの会員ですの! それくらいあの人は私たちの中では欠かせない存在なのです! ねぇ? アメリアさん?」
「え、あ……」
早々と言葉を捲し立て、シャスティアは言う。いや、"ねぇ"と振られましても、私はそんなに。
……というか、全女子生徒の憧れってのはちょっと大袈裟な気がする。
「あー、……と、なるほど。それは凄いわ」
「シャスティアさん。あまり目上の方を困らせるものではありませんわ。それに、本当にそろそろ帰らなければアンディさんが来てしまいます」
アンジェラが、ポンとシャスティアの肩を叩く。
相変わらずトールさんの事となると熱いな、この子。
「それではアメリアさん。私たちは先に行って待っていますね」
「あ、うん…」
「あ、ちょっとアンジェラ! 話はまだ終わってませんわ!」
「はいはい。お話は私が聞いてあげますから」
言って、アンジェラはシャスティアを連れて歩いていく。
離れていく彼女たちの背を見つめて、私は眉を下げて口元を緩ませた。
「…そんじゃ、わいもそろそろ行こうかな」
「? 行くって何処へ …? …! まさか"土の中"とか言わないですよね!?」
「阿呆か。なんでわざわざあんな暗いとこに行かなアカンねん。わいは土竜ちゃうわ」
腕を組んで、呆れたようにローデンさんは言う。
これは失礼。ちょっとホッとしました。
「ちいと、この近くに知り合いの家があるんや。今日はそこに泊めて貰おうかと思うとるよ」
「知り合い?」
「せや。なが~~~~~い付き合いの奴がおんねん」
そんじゃ。ほなな。また明日。
そして、ローデンさんも私に背を向けて歩いていく。
その場に1人になってしまった私はしばらくぽつんと立ち尽くし、手首に嵌まっている腕輪を見つめた。腕輪に付いた宝石が夕日の光でキラキラと輝いている。
「…ねぇ、ウンディ」
[アメリア。ワタシの事は是非"リヴィス"とお呼びください]
呼び掛けると、イヤリングから声が聞こえる。
「リヴィス?」
[ワタシの字です。魔獣との戦い以外では、ワタシの事は是非その名前でお呼びください]
「…どうして?」
[その方が何かと都合がいいからです]
「……都合?」
[はい。都合です]
「……。…よくわからないけど、わかった。これからは"リヴィス"って呼べばいいんだね」
[はい。そうしていただけると幸いです]
そういえば、ローデンさんが1回だけ彼女の名前をそう言ってたな。
リヴィス、か。ウンディーネより言いやすいからありがたい。
[では、ワタシたちも帰りましょう。体力が著しく低下していますので、今夜は早くお休みになられる事を推奨します]
「わかるの?」
[はい。ワタシはもう貴女自身でもありますので。これからは体調面でもし不安な事がありましたらワタシにお申し付けください。その辺のやぶ医者よりは役に立つはずですので]
「……う、うん。ありがとう」
わぁ。それは便利。




