妖精獣
「まさか、ファーベルさんがもう居ない人だったなんて…」
エスティールさんの道具屋。
カウンターの奥にある部屋に通され、私たちはそこでファーベルさんの書いた手紙を見つめていた。
テーブルの上に置いたお爺さんに残したファーベルさんの手紙。エスティールさんのひいおじいさまにあたる彼は、もう何十年も昔にこの世を去ってしまっていた。ファーベルさんの手紙と一緒に見せて貰った紙には、黒い羽の絵と黒い羽の生えた女の人の絵。この女の人は一体何なのだろう?
「ミルクティーをどうぞ」
「ありがとうございます」
エスティールさんからミルクティーの入ったカップを受け取る。カウンター越しからではわからなかったけれど、彼女のお腹は大きかった。妊娠しているんだ。
「やはり、これは妖精獣ですわ」
「妖精獣?」
「何それ?」
「シャーレに伝わる伝説の魔獣です。シャーレにしか存在しない魔獣ですので、知らないのも無理はありませんわ」
[妖精獣はこの世に一匹しか居ない幻の魔獣なんだ。シャーレに住んでいる人でも、知っているのは半分も居ないんじゃないかな?]
「幻の魔獣…」
羽の生えた女の人の絵を見て、シャスティアとリネアさんは言う。しかし、今私たちが求めているのは"黒龍の羽"。妖精獣などではない。
私はファーベルさんの手紙を読んで、黒龍の羽について何かヒントはないかと探し始めた。そこで、道具屋の扉の鐘がチリンと鳴り、エスティールさんが離れていく。
「何か書いてあるか?」
「うーん…」
手紙を読み続けて、顎に手を添える。
手紙には、お爺さんへの謝罪とファーベルさん自身の健康の事がつらつらと書かれているだけだった。一見して、超プライベートな手紙。これはあとでお爺さんに渡した方がいいよね。
「でも、どうしてファーベルさんは妖精獣を絵に?」
「それはわかりませんけれど、…何か意味でもあるのでしょうか」
眉をひそめて、私たちは悩む。
黒い羽の絵は黒龍の羽を指しているのだと思うけれど、妖精獣の絵は何のために…?
「トウマ?」
うーん。と、妖精獣が描かれた絵を見つめて私たちは悩み続ける。すると、そこでトウマくんの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。声に気付いて振り向くと、そこには紙袋を抱えた女の人が。彼女の姿を見て、トウマくんは目を見開いて椅子から立ち上がる。
「やっぱりトウマだ。こんなところで何してるの?」
「クロノ!?」
「えっ、よく見ればトールと主さんも居る…! 何ここ!?」
女の人は声をあげて、目を見開きながら吃驚する。緑色の髪を持った女の人。知り合いなのだろうか。私は、アイシクル、シャスティアと顔を見合わせて首を傾げた。
「えと、貴女は…?」
「ん? …あ、ごめんなさい突然。私はクロノ。トウマたちとは、…えっと、友達?」
[大丈夫だよ、クロノ。この三人は私たちの正体を知っているから]
「え? …え!? そうなんですか!? …え? でも、それは絶対に秘密で誰にも知られちゃいけないんじゃ」
[うん。まぁ、そうなんだけどね…。この状態でそのルールを貫いたままにしちゃうと私の存在をどう説明するんだってなるから、彼女たちに関しては特例って事で知って貰ったんだよ」
「俺はどうかと思ったんだがな」
「俺は別に隠すとか気にしてなかったから、主さんのその決定にはすんなり賛成だったんだ。隠し続けてもいい事なんてないし」
[…とまぁ、そういう事だから、クロノもこれからは彼女たちにいちいち隠さなくていいからね]
「はぁ、…えと、はい。主さんがそう言うのなら」
リネアさんの言葉に、女の人…クロノさんは頷く。会話を聞くに、どうやらクロノさんもトウマくんたちと同じく時の番人の一人のようだ。
「それで、主さんたちはここで何してるんですか?」
きょとんとしながら聞いてくるクロノさんに、トウマくんはこれまでの私たちの行動をかくかくしかじかと話す。トウマくんの話を聞いていく度、クロノさんの表情は次々と変わっていった。
持っていた紙袋をテーブルの上に置いてトウマくんの隣に座り、話を聞き終わる頃には、眉をひそめて妖精獣が描かれた紙を見つめる。
「なるほど。最近小屋の方で見掛けないから何処で何してるのかと思ったら貴方たちそんな事をしていたのね」
「クロノは、確かずっとシャーレに住んでるんだったよな? 妖精獣について何か知らないか?」
「うーん。まぁ、知ってるっちゃあ知ってるけど」
「本当ですか? 私たち、妖精獣について知りたいんです。知ってる事があれば教えてください」
言うと、クロノさんは私の方に顔を向ける。その状態のまま、目線をアイシクルとシャスティアの方にも向けて、小さく息を吐いた。
「ここに描かれているのは確かに妖精獣よ。そして、その隣にあるのは貴女たちの欲している黒龍の羽。黒龍の羽は妖精獣の所有物なのよ。だから一緒に描かれているの」
「妖精獣が黒龍の羽を?」
「何故、妖精獣が黒龍の羽を持っているんですの?」
「妖精獣が黒龍だからよ」
「…?」
妖精獣が黒龍?
「妖精獣は、今でこそこの姿だけど、昔は龍の姿をしていたのよ。その名残がこの羽よ。この羽が黒龍の羽なの」
[わお。そうだったのか]
「驚きだな」
クロノさんは言う。
彼女の言葉を聞いて、リネアさんとトールさんはポツリと呟いた。言葉とは裏腹に、二人ともあまり驚いていないように見える。
「妖精獣が何処に居るのかは知ってるのか?」
「ええ。知ってる」
「教えてくれないか?」
「教えてあげてもいいけど、口で伝えるよりも案内した方が早いと思う。……あの子の居場所は口で伝えるにはちょっと難しいから」
[あの子? …もしかして、妖精獣と知り合いなのかい?]
「あ。…えーと、はい。ううん。…知り合いっていうか、前にハンターに襲われているところを助けた事があって、それきっかけで懐かれてしまったんですよ」
ははは。と、眉を下げてクロノさんは笑う。言うつもりはなかった事だったのか、表情が少しだけ堅くなっていた。次々と浴びせられるリネアさんたちの質問に、つい口を滑らせてしまったのだろう。
「案内してくれるのはありがたい事だが、そんな事をしていて"人形"の方は大丈夫なのか?」
トールさんは言う。
人形…?
「心配してくれなくても大丈夫よ。私の子供たちは優秀だからね。少しくらい目を離していても問題はないわ」
「…そうか」
「さて、そうと決まったらこれを置いてこなくちゃね。ちょっと待ってて。5分で戻ってくるから」
言って、クロノさんは紙袋を持って部屋を出ていく。突然やって来て、颯爽と帰っていった。クロノさんが部屋から出ていったのを見て、トールさんも立ち上がる。
「…では、俺もそろそろ行きます」
[一緒に行かないのかい?]
「俺がここへ帰ってきた理由は、ローデンとアンジェラ嬢の様子を見るためです。時間も十分に経ち、傷ももう既に完治しているでしょう。彼らの判断を聞き、それ次第ではこいつらの元へ戻してやるつもりです」
[そうか。それは残念だな]
トールが居ないと寂しいなぁ。
リネアさんは言う。声からして、本当に寂しそうだ。
「トウマはどうする。俺と行くか?」
「主さんたちと一緒に行きます。妖精獣見てみたいんで」
[トウマは"幻"とか"伝説"の類に弱いからね]
「この世に一匹とか言われるとワクワクするんですよ」
表情を明るくさせて、トウマくんは言う。そしてトールさんは"妖精獣の件が終わったら闘技場に来い"とアイシクルに言い残し、部屋から出ていった。その数分後、クロノさんが戻ってくる。
「準備完了よ。それじゃ、行きましょうか」
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ん? どうかした?」
「その、気になったんですけど、…さっき言ってた"人形"っていうのは?」
「…ああ、あれね。人形は人形よ。貴女たちの学校へ貴女たちの代わりに通わせている貴女たちそっくりに作った人形。それがなかったら、今頃貴女たちには捜索願が出されて世界中で捜されてるでしょうね」
クロノさんは言う。
彼女の言葉に、私たちは目を見開いた。
「作るの大変だったんだからね。何せ6人分だから」
[苦労を掛けたね]
「でも楽しいですよ。なかなかこの歳で青春なんて経験は出来ないですからね。だから、貴女たち私に感謝してよね。これだけ学校に行ってないにも関わらず捜されていないのは私のおかげなんだから」
「前にクロノが作ったクロノの人形を見せてもらった事があるけど、…あの出来のままで代わりをやらせてるんだったら少し不安なんだけど」
「大丈夫よ。あれから改良に改良を重ねて本当にそっくりに作れるようになったんだから。あとで見せてあげるわ。吃驚するから」
ふふふ。と、クロノさんは笑う。
私たちにそっくりな人形を、私たちの通っている学校へ通わせている? 言葉を聞いただけではちょっと理解が難しい。
けれど、うん、クロノさんに言われた通り、考えてみれば、もう結構長いこと家にも帰っていなければ学校へも行っていない。それなのに、捜索願や学校側からの連絡が何も無いなんてのはおかしい。生徒が長期無断欠席で行方不明になっているのならば、大袈裟ではないにしても少しは騒がれてもいいだろうに。
「まぁ、そんなわけだから、学校の心配はお気になさらず。人形の貴女たちは今頃頑張ってお勉強中だから」
「……、」
クロノさんの言葉を聞いて、私とアイシクル、シャスティアは顔を見合わせる。
"お気になさらず"と言われましても、少しは気になってしまう。今日初めて会った人に知らない間にご迷惑をお掛けていたわけだし、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。




