いざ、シャーレへ
サラマンダーの手から逃れ、私たちは命からがらお爺さんの住む小屋へと戻ってきた。地の柱は消えてはいない。精霊ノーム・ノルンの弟であるノエルがまだ柱の中に居るからだろう。
小屋へと戻ってきた私たちがまずした事。それは、"これからどうするか"という相談だった。現在、小屋の中には私とアイシクルとシャスティアとノルンを除いた精霊たち、そしてお爺さんと子供たちが居る。トウマくんとノルン、トールさんは小屋の外でサラマンダーの追跡を逃れるための結界を張っていた。
「ううむ。困ったものじゃのぉ」
白い顎髭に触れて、お爺さんは悩む。テーブルの上には、マジュリアの世界地図が広げられていた。
北の国・フラウィ。東の国・ジハーグ。西の国・セントミア。南の国・シャーレ。真ん中の国・チュウオウ。世界地図には、この5つの国が色別で記されていた。
「まさか、あやつが他の柱の内部にやって来るとは予想だにせんかったわい」
[すまない。もっと私に力があれば…]
「いやいや、おぬしのせいではない。あやつの行動は予期せぬ事が多いからの。仕方のない事じゃ」
[……、]
[それで、これからどうするのですか? 結界を張ったからとはいえ、あの人の事です。そう時間も掛けずワタシたちの居場所を特定してくるでしょう]
[迎え撃つにしても、またさっきみたいに百パーでボコボコにされるだろうしな]
[うーむ。あやつは強い。それに対抗しうる手だてが何かあれぱ良いのじゃが…。! そうじゃ!」
「お爺さん?」
何かを思い付いたのか、お爺さんは慌てて二階へと登っていく。待つ事数分、お爺さんは茶色い箱を持って戻ってきた。
テーブルに広げられた地図の上にそれを置いて蓋を開ける。中には黒い筒と手紙が入っていた。手紙を手に取り、封を開ける。その手紙には、何が書かれているのか。
「何ですの? それは?」
シャスティアが聞く。
「…これは、わしの友人からの手紙じゃ。ううむ。どうやらおぬしたちにはこれから、南の国・シャーレに行ってもらわな駄目なようじゃ]
[は?]
「シャーレに?」
「その国に、この手紙をくれたわしの友人が住んでいるんじゃ。ファーベルというのじゃが、おぬしたちにはこれからそやつに会ってきて欲しいんじゃよ」
[どうしてですか?]
「"黒龍の羽"を受け取ってきて欲しいからじゃよ。既にこの箱に入ってるものと思っていたのじゃが、どうやらまだ受け取りに行ってなかったみたいじゃ。いやはや、うっかりじゃ」
ほほほ。と、お爺さんは言う。
その言葉を聞いて、私たちは顔を見合わせた。
黒龍の羽とは。
[あー、じいさん。いきなり何言ってんだ?]
「黒龍の羽って何ですか?」
「わしにとってもおぬしたちにとってもとても大切なアイテムじゃよ。なに、心配はない。わざわざ港に赴かんでも、この場でポータルを使えばサラマンダーに感ずかれずに行ける。…のぉ、番人の主殿?」
[…あぁ、それは問題はないが]
「うむ。なら決まりじゃの。一旦地の柱の事は忘れてもらって、おつかいじゃ、おつかい。…あー、すまんがアメリア殿。外に居る者たちにもその旨を伝えてきてもらえんか?」
「え? あ、えと、はい」
[じいさん聞いて。あんた何言ってんだ?]
「では、アメリア殿が伝えに言ってる間、わしらはここにある地図でファーベルの現在地を見ておこうかの」
[おいこら、聞けよジジイ!]
どうやら私たちには選択権がないらしい。お爺さんは勝手に私たちの南の国行きを決めてしまった。
お爺さんに頼まれ、その事をトールさんたちに伝えに私は小屋の外へと足を運ぶ。黒龍の羽が私たちにとってもお爺さんにとっても大切なアイテムって、どういう事だろう。
+
小屋の外に出ると、既に結界は張り終わっていた。
キョロキョロと辺りを見渡し、トールさんとトウマくんを捜しながら歩く。しばらく歩いていると、小屋の裏側で彼らを発見した。何やら話をしているようだ。
[ちょっと待ってよ! ノエルを諦めろってどういう事よ!]
「今言った通りだ。あの精霊ノームの中にある闇は限界寸前にまで増幅している。元に戻すのは不可能だ」
[だから諦めろって言うの? 冗談じゃないわ!]
話をしている。というより、あれは揉めているな。
「トウマくん」
「アメリア」
「どうかしたの?」
「…それが、」
近寄ってトウマくんの名前を呼ぶ。声を聞いて彼は私の方に顔を向けた。眉を下げて、困った表情を浮かべている。
聞くと、どうやらトールさんとノルンは地の柱に残してきたノエルの事で揉めているらしい。
[ノエルはあたしの弟よ! あたしが助かったんだからノエルだってきっと助かるわ! あいつを助けるまで、あたしはここを離れないから!]
「それを決めるのはお前じゃない。お前と契約したトウマだ」
[あんたも弟持ちならあたしの気持ちわかるでしょ!? もしこれがあたしたちじゃなくあんたら兄弟の話だったら、あんただってあたしと同じようにするはずだわ!!]
「……、」
声を荒げるノルン。
そんな彼女の姿を見て、トールさんは小さく息を吐いた。そして彼は私の方に目を向ける。
「…それで、何か用なのか?」
「えっ?」
「わざわざこんな無駄話を聞きにここへ来たというわけではないだろう。話し合いとやらは終わったのか?」
[っ、無駄ぁ!? トウマ! あたしこいつキライ!!]
「ど、どうどう…」
容赦のないトールさんの言葉に、ノルンは更に声を荒げる。
「はい。あ、え、えと。話し合った結果、私たちはこれから南の国シャーレに行く事になりました」
「え? シャーレに?」
「うん。そこに住んでるファーベルって人から"黒龍の羽"を受け取ってきて欲しいって」
黒龍の羽がどんなのかはわからないけれど。
「そうか。ならば好都合だな」
「好都合?」
「俺たちもちょうど今、シャーレへ戻ろうと話をしていたところだ。爺さんに使いを頼まれたという事は、地の柱の事はもういいんだな?」
「はい。お爺さんが言うには、地の柱の事は一旦忘れて欲しいと」
[はぁ? ちょっと何よそれ! ノエルはどうするわけ!?]
「今のところは、放置…なのかな?」
[放置って…、もう何なのよ! どいつもこいつも!]
そう言って、ノルンは悔しそうに地団駄を踏む。そこで、背後から私を呼ぶアイシクルの声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには彼の他にもプクプとケルン、シャスティアの姿もあって、"わん!"と吠えたケルンが私の胸に飛び込んでくる。
「居場所がわかりましたわ。ファーベルという方は現在ウォーロに居るそうです」
「ウォーロ?」
「シャーレの東に位置している小さな町の名前ですわ。そこで道具屋を営んでいるそうです」
シャスティアは言う。それを聞いて、トールさんは足を動かしアイシクルに近付いた。
近寄って来たトールさんを見て、アイシクルは眉をひそめる。
「考える時間は与えた。お前の返答を聞こう」
「俺の気持ちは変わらない。俺は帰らない。兄貴が何を言おうと絶対に」
「…そうか」
アイシクルはトールさんを睨み付けながら言う。
考える時間というのは、たぶんこの前の"どうして帰れなんて言ったのか問題"の事だよね。
「どこに行っても、お前の分からず屋加減は変わらんな。呆れて物も言えん」
「…、兄貴」
「なんだ」
「考えたんだよ、俺。どうしたら兄貴に俺を信用してもらえるかって」
「なに?」
アイシクルの言葉に、トールさんは眉をひそめる。深く息を吐き、彼は力強く言葉を続けた。
「…兄貴。俺と戦ってくれ」
「……、」
その言葉が予想外すぎたのか、トールさんは目を見開く。トールさんだけではない。彼の言葉には私たちも驚いていた。
「どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。俺と戦ってくれ、兄貴。今の俺が昔の…弱かった頃の俺とは違うってところを見せたい。兄貴の力には到底及ばないかもしれないけど、これでもあの頃よりは強くなったって自覚はあるんだ。だから」
「…なるほど。力を示せば俺の信頼を得られ、こいつらの仲間として認めてもらえる。そう考えたのか」
「……」
「お前にしては、の発想だな」
小さく息を吐き、トールさんはアイシクルを見る。今の彼の目には、アイシクルはどんな姿に映っているのだろうか。
そして、少し考えてからトールさんはゆっくりと口を開く。
「…シャーレには、今は使われていない闘技場がある」
「?」
「そこでなら、他の迷惑を気にせず戦う事が出来るだろう」
「それじゃあ、」
「戦いの申し出は何があれ断るな。と、主に言われているのでな。仕方がない」
「!」
「ただし、精霊の力は借りるな。俺も、番人の力は使わずに戦ってやる」
「それでいい。ありがとう、兄貴」
「場所はシャーレに到着したら教える。…お前の力がどれ程のものか、今から楽しみにさせてもらうぞ」
そう言って、トールさんは私たちから離れていく。アイシクルに近付くと、彼はトールさんの背中を見つめながら嬉しそうに笑っていた。
でも、それも束の間。アイシクルは"ん?"と首を傾げて顎に手を添える。そんな彼を見て、私は頭の上に"?"を浮かべた。"わんわん"と、ケルンが吠える。
「アイシクル? どうかした?」
「…いや。今、兄貴何て言った?」
「え? アイシクルと勝負するって話でしょ?」
「違う。そうじゃなくて、なんか今兄貴、さらっと凄い事暴露したような気が…。番人とかなんとか」
「あ、…」
「それ、私も気になっていましたわ。みなさん突っ込まれていないので黙ってはいましたが」
シャスティアも近付いてきて同じ疑問を口にする。そういえば、アイシクルもシャスティアも"時の番人"の事はあまり知らないんだった。
「…、」
私はトウマくんの方に顔を向ける。私の視線に気付いて、トウマくんは眉を下げて口元を緩ませた。そして彼は、アイシクルたちにかくかくしかじかと番人についての説明をする。
トウマくんの説明を受けている時のアイシクルたちの表情は終始ぽかんとしていて、見ていて面白かった。




