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まだまだ修行が足りない ※トウマ視点





 サラマンダーの圧倒的な攻撃を前に、俺たちは手も足も出なかった。


[ふん。こんなものか…。ブレイズも居る手前、もう少し抗ってくるものかと思っていたのだが期待外れだったようだな]


 片手を降ろして、サラマンダーは言う。辺りは一面火の海。その中で俺たちは身体の至る箇所から血を流し、苦痛に表情を歪ませていた。


 喉が焼けるように熱い。まともに息が出来ない。なんとか力を振り絞って起き上がれはしているが、立ち上がって再びシヴァリウスを振るう気力は残念ながらまったくない。ここまでの努力がすべて水の泡になっていくのを痛感し、俺は自分に怒りを覚えていた。


[こんなんじゃ、肩慣らしにもならんな]

「っ、…く、そ!」


 自分のもとにやって来たサラマンダーを見上げて睨み付ける。見下すかのように見つめ返してくるサラマンダーは俺の肩に足を乗っけて軽く踏みつけた。身体全体に力が入らない状態の今の俺では、それだけで簡単に地面に倒れ込んでしまう。


「ぐあっ、」

[さて、これからどうしようか]


 サラマンダーの足が、容赦なく肩の傷口を踏みつける。ものすごく痛い。意識がどこかへ飛んでいきそうだ。


[このままさっさと殺してしまってもいいのだが、それではつまらんからな]

[っ、…サラマンダーとやら。君は、…]

[…まだ喋る力が残っているものが居たか。女、いや男か。どっちでもいいが、口を慎んでもらおうか。俺は、思考時間を邪魔されるのが一番嫌いなんでな]

[…君は、今自分が何をしているのかわかっているのか?]


 主さんが口を開き、サラマンダーは主さんの方へ顔を向ける。主さんの身体も傷だらけだ。サラマンダーの攻撃で魔力を大幅に消費し、アンジェラの身体から元の姿へと戻っている。


[くだらんな。そんな質問のためにわざわざ口を開いたのか?]

[…、君は、一体何のためにこんな事をしている?]

[何のため、だと? …ふん。それこそくだらん。貴様の口はもっとまともな質問は出来ないのか?]


 サラマンダーは主さんを睨み付ける。

 一体何のため。それは俺も聞きたい質問だった。ただ単に俺たちを傷付けたいためだけにこんな事をやっているのか。それとも。


[…まぁいい。俺の攻撃を受けてまだ生きながらえている幸運な貴様たちに特別に教えてやろう。俺が貴様たちを襲う理由。それはすべて『    』、彼女のためだ]

[…なに?]

「…?」


 口元を緩ませて、サラマンダーは言う。

 誰のためだって?


「……!」


 その時、地面が大きく揺れる。揺れとともに大きな音も聞こえてきて、俺はゆっくりと顔をあげた。バリバリという音と、ゴゴゴゴという音。二つの大きな音はどうやら後ろの方から聞こえてきているみたいだった。サラマンダーも音と揺れに眉をひそめている。


 次の瞬間、背後にある壁が突然勢いよく破壊された。そこから黒々とした何かが現れ、それは粉々になったコンクリートの破片とともに俺たちのもとへやって来る。離れた地点でベチャッと地面に張り付いたそれは、蛇のように這い回り、ぐちゃぐちゃと音を鳴らした。


[…なんだ?]


 突如現れた黒々とした何かに、俺たちは頭の上に"?"を浮かべる。


 得体の知れないものに時間を割いている暇はない。そう言ってサラマンダーは手のひらに炎を生み、それに攻撃しようとした。しかしその攻撃は、それ(蛇?)の突然の甲高い叫びによって阻害される。


『キャアアアアアッ!!』


 その声は、まるで断末魔のようだった。耳を塞ぎたいが、身体が思うように動かないため防ぐ事が出来ない。鼓膜が破れてしまいそうだ。


「ううむ。相変わらず食す時はその声なんじゃの。うるさくてかなわんわい」


 叫び声に混じって声が聞こえる。その声はすぐ近くから聞こえてきた。サラマンダーも声に気付いて振り向くが、それよりも先に声の主による攻撃で吹き飛ばされる。


 肩に乗っていたサラマンダーの足が無くなって、痛みが消えた。ホッとしていると、突然身体が浮き上がる。"大丈夫?"という声に顔を向けると、そこにはアメリアが居た。彼女の顔を見て、目を見開く。


「えっ、アメリア? …どうして君がここに、」

「黒ゴマに連れてきてもらったの。トールさんとアイシクルも一緒だよ」

[メェ~]

「!」


 口元を緩ませて、アメリアは言う。そのあと、黒ゴマが彼女の背後からやってきて俺の頬を舐めた。


 顔を向けると、アメリアの言うとおりそこにはトールさんとアイシクルも居て、二人はシャスティアやブレイズたちの傷を治している。周りで燃えている炎は、目の前に立っている初めて見る白髪の人が魔法を使ってせっせと消火していた。


『キャアアァァァァ……ッ』


 叫び声が、だんだんと小さくなる。


 ぐちゃぐちゃと出していた気持ち悪い音も無くなっていき、黒々とした何か(蛇)はやがて大人しく静かになった。


「傷、治すね」

「…アメリア。君は確か柱には入れなかったはずじゃ」

「え? ああ、えーと…何て言っていいのか。お爺さんが言うには、あの時の私は、魂だけの存在? だったから、柱に入るのは駄目だったんだって」

「は…? お爺さん?」

「わしがそのお爺さんじゃよ」


 目の前で炎の消火作業に勤しんでいた白髪の人が振り向く。その人は、白い髭が良く目立つお爺さんだった。


 アメリアの言葉の意味がわからず、頭の上に"?"を浮かべる。魂だけの存在だったって、どういう事…? そういえば、アメリアの姿があの白くて丸っこい姿から元に戻っている。


[っ、…油断したか。不意打ちを取られるとはな]


 吹き飛ばされたサラマンダーが立ち上がる。白髪のお爺さんはサラマンダーの方に顔を向けて、白い顎髭に触れながら笑った。


「ほほ。最強の精霊と聞いて身を構えておったのじゃが、呆気なく吹っ飛ばされたのぉ。やはりお前さんも"若造"じゃわい」

[ちっ、…。おい、カルトロ! いい加減起きろ! 休憩するにはまだ早いぞ!]

「あらやだバレちゃった」

「!」


 サラマンダーの声に反応して、どこからか女の人の声が聞こえる。その声は、黒々とした蛇の中から聞こえてきた。


 聞こえてきた声と同時に黒々とした蛇は呻き声をあげて、風船のように膨らみ破裂する。破裂した瞬間、お爺さんの表情が一瞬だけ歪んだ。


「せっかくやられたフリしていたのに。それを見抜くなんてさすがサラマンダーさまだわ」

[…死んだフリをするならもっと上手くやるんだな。気配が駄々漏れだったぞ]

「あれでも精一杯に抑えていたんですけど。まだまだ貴方を騙すには修行が必要なようね。…なかなか面白い使い魔だったわよ、おじいちゃん? でも、あともうちょっとだったわね」

「まさか、あの攻撃を喰らって無傷とは。いやはや恐れ入ったのぉ」

「ふふ。これでも私は貴方と違って色々な経験をしてきているの。あんなの口ほどでもないわ。食べられ続けて吸われ続けてっていうのはあれが初めての経験だったけれど」

「ううむ。それは残念じゃ。あれが効果なしとなると、わしにはもう打つ手がない」


 顎髭に触れながら、お爺さんは言う。あの黒々とした蛇はお爺さんの攻撃だったのか。


[サラマンダー!]


 その時、ブレイズが声をあげる。

 傷が治り、体力を取り戻したようだ。


[…ブレイズ]

[もうこんな事はやめろ! お前はただ操られているだけだ! どうしてそれがわからない!?]

[操られてるだと? 何を言っているのかわからないな。これが本来の俺だ。貴様こそ何故それがわからない? 貴様が俺ならわかるはずだ。俺の中の炎を感じ取っているはずだ。この炎こそが、本来の俺なんだよ]

[違う。…その炎は違う! 頼む! そんな偽りの炎なんかに負けないでくれ!]

[…、]


 眉を下げて、ブレイズは叫ぶ。


 ブレイズの言葉を聞いて、サラマンダーは一瞬だけ表情を無くす。しかしすぐに口元を緩ませて、不気味に笑った。


[くくっ、くはははは! くはははははははは!]

[…何がおかしい?]

[くくく…っ。いや、悪いな。あまりにもくだらん説教だったものだから、つい笑ってしまった]

[……]

[やはり貴様は俺だな。正義感の塊だ。最強の精霊にこそ相応しい正義感だ。なんというか、凄く反吐が出る]

[…、お前は俺を生み出した。それは何故だ? 自分の中に巣くっている"偽り"を消して欲しいからだろ! 自分の中の偽りは自分でなければ消す事は出来ない! だからお前は!]

[いい加減その口を閉じろ偽物が!]

[!]

[偽りは貴様の方だろう。貴様は俺の姿をかたどったただの魔力の塊にすぎん。そんな奴がいっちょまえに(ほんもの)に説教なんぞしてんじゃねぇぞ!!]


 サラマンダーは叫び、手のひらに生んだ炎をブレイズに向けて放つ。炎が当たる直前、白髪のお爺さんが放った防御魔法がブレイズを守った。


「こら! あまり煽るでない! あの若造にはもう何を言うても無意味じゃよ!」

[だが…!]

「事情があるという事はわかっているが、少し落ち着け。こちらまで冷静さを失えば、一瞬でお陀仏じゃ」

[っ、…]

「よう見てみ。先程よりもだいぶ奴の魔力が上昇しておる。このままここに居ると危険かもしれん」


 そう言うと、お爺さんは足元に魔法陣を描き、呪文を唱える。


 呪文を唱えていくにつれて魔法陣は少しずつ大きくなっていき、唱え終わる頃には魔法陣の大きさは俺たち全員が余裕で入るくらいのものとなっていた。


「これは…?」

「わしが作り出した転移魔法じゃ。柱の中から外へ出る方法は、その柱に住む精霊に頼む以外にはない。じゃが、それではちと難易度高すぎじゃからの。精霊に頼まずに外に出れる転移魔法を長年の研究の末に開発したのじゃ」


 血と汗の結晶じゃよ、ほほほ。と、お爺さんは笑う。


 突っ込みたい箇所が何個かあるけれど、それを聞くと長話になってしまいそうな気がしないでもないので、この場では何も言わないでおく。


[ちょっと待って! このまま逃げるって言うの!? まだあたしの弟があそこに居るのよ!?]

「すまぬが、そこまで気を回すほどの余裕はないんじゃ。お主の弟の事は今は諦めるしかない」

[そんな…っ]

[サラマンダーさま! あいつら逃げる気ですよ!]

[わかっている。そう焦るな。…カルトロ]

[ええ。お任せを]


 手に持った武器(鞭)を足元に叩き付け、女の人…カルトロは魔法陣を生み出す。その魔法陣から数匹の魔獣を召喚して、彼女は 魔獣を俺たちに向かって放った。牙を剥き出しにした魔獣たちが、一目散に俺たちに向かって駆けてくる。


 足元に描かれた魔法陣が眩く光を放ち、お爺さんはそれを合図に転移魔法を発動した。次の瞬間、目の前の景色が大きく変化し、俺たちはその場から姿を消して柱の外へと脱出する。転移魔法が成功した直後、俺たちが居た場所に魔獣たちが到着した。


「…あらやだ。逃げられちゃった。ごめんなさい。サラマンダーさま」

[別に構わん。あとを追えば済む話だ]

[まったく! サラマンダーさまを前にして逃げるだなんて! やっぱり姉さんは駄目だね!]

[…、さて。奴らとの戦闘で時間を無駄にしてしまったな。手早く始めるぞ。準備はいいか、ノエル?]

[あ、はい! 大丈夫です、サラマンダーさま!]

[…それにしても、よくこんなになるまで育てたわね。何年掛けたらこんな大きさになるのよ?]

[お姉さんが想像しているより何倍もの時間をかけて大切に大切に育ててきたからね。これも全部サラマンダーさまのためだよ。頑張ったんだから!]

[お前は下がっていろカルトロ。巻き込まれたら助けてやれんからな]

「はーい」

[では、行きますね。ご武運を、サラマンダーさま!]


 巨大樹の前に立ち、サラマンダーは目を閉じる。すると、みるみるうちにサラマンダーの身体は透けていき、その身体は巨大樹に吸い込まれていった。



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